蔀の奥の嵐

生ぬるい風を吹かせていた外は、夜になると叩きつけるかのような激しい暴風雨へと変わり、本丸を揺らしていた。
「本当にひどい嵐ね……」
屋根を引き剥がさんばかりの強い風の音と共に、波飛沫でも浴びているかのような雨音が外から聞こえてくる。審神者は、朝になったら本丸の何処かが破損していないか皆に確認してもらわねば、と考えながら布団の上へと腰を下ろした。予報では、嵐は寝ている間に静まり、明日の朝には何事もなかったかのように治まるだろうということであったが、こんな暴風雨を子守歌に聞かせられたらゆっくり眠ることもできない。
「明日の掃除が大変そうだな」
不安そうな審神者の肩へ膝丸が羽織を掛けた。体を冷やさぬようにと羽織を掛けてくれた膝丸は、審神者を安心させるように小さく笑みを浮かべていた。審神者はそんな膝丸へ笑みを返しては、側に座るよう体を少しずらす。
「掃除で済むのならいいわ。誰かの部屋が壊れたりしなければいいのだけど……」
「蔀戸を全部下ろさせた。倒木が吹き飛んでくるようなことがなければ大丈夫だろう」
「もう、怖い事言わないで」
普段は吊るしてある格子状の板戸を雨戸として全て下ろすように命じたが、それでも激しい風雨は聞こえてくる。おかげで膝丸の冗談も冗談として聞こえない。脅かさないでくれ、と腰を下ろした膝丸の手をぺちりと叩けば、指先から伝わった膝丸の体温に審神者は目を見張る。
「……やだ、膝丸の手すっごく冷たい」
「うん? そうか?」
本人は気にしていないといった顔で首を傾げたが、審神者が両手で包んだ膝丸の手はひんやりと冷えていた。
「……私に羽織を掛ける前に、自分を心配して」
蔀戸が全部下りているのを最後に確認してまわってくれたからだろうか。膝丸の手は冷え切っており、審神者は膝丸の手に息を吹きかけては擦った。本当は審神者が最後の確認に本丸内をまわろうとしたのだが、膝丸から「体が冷えるだろう、俺が行く」と言われて止められたのだ。
「俺は元々体温が低い方だ。気にするな」
「気にするよ……! もう、膝丸はすぐ自分のことを後回しにする」
そう言って審神者は膝丸の手へと何度も息を吹きかけては両手で擦った。膝丸は懸命に自分の手を温めようとする審神者の姿を見下ろしては、愛おしげに目を細める。
そして、自分の手を包む小さな手を取り、審神者の温かい心と体温に擦り寄るように指を絡めた。
「聞いてる? 膝ま……」
膝丸が取った手を引き寄せ、すくい取るようにして審神者の唇へと口付けた。長い睫毛がぎゅっと下りるのを見詰めながら、柔らかい唇へと何度も吸い付いた。すると、審神者の体が僅かに後ろへと仰け反っていく。膝丸は反っていく体を自分の方へと戻すように審神者の頭裏に手を添え、また角度を変えて唇を重ねた。
「んっ……ぅ」
外の雨音に負けてしまう可愛らしい声を聞きながら、膝丸は小さな頭裏に添えた手をするすると下へとおろしては細い髪をくぐって白い首へと指先を滑らせた。
「冷た……っ!」
ひやりと冷えた膝丸の指先に審神者がびくっと震えた。すかさず膝丸は審神者の唇を塞ぎ、口付けながら審神者の温かい肌へと指を滑らせる。指先から審神者の肌が粟立つのを感じ、膝丸は唇を重ねたままくつくつと笑って見せた。
「……君はあたたかいな」
「ひ、膝丸〜っ」
うーっ、と愛らしく唸る審神者を布団へと優しく押し倒し、膝丸はその上へと覆い被さる。見下ろした審神者は恥じらいに目をそらしたが、まだ柔肌のぬくもりが足りていない手で頬を撫でてやれば少し視線を彷徨わせた後、そろりと膝丸を見上げた。
手が冷たい、離せ、とでも言い出しそうな審神者を鼻で笑っては、膝丸は意地悪に目を細めてみせた。
「温めてくれるのだろう?」
「…………や、やさしく……ゆっくりさわってよね……」
冷たさか、それとも擽ったさからか、触れる指先に審神者は身を捩った。膝丸の手は温かい審神者の肌の熱を求めるように、着物の合わせ目へと忍び入る。
「ああ。嵐で良かったな」
膝丸が楽しそうに唇を舐めた。
今宵の嵐は、多少の物音は掻き消してしまう程に激しい。

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