鳥籠

遠征から戻り、着替えに取り出した内番着の質感がなんだか普段と違うような気がして、山鳥毛はひとり首を傾げた。広げてみれば、やはり色合いが違うし、そもそも丈が少し足りていない。
「山鳥毛、入ってもいい?」
これは、誰のものだ……? と不思議に思っていると、部屋の外から声をかけられ、その声の持ち主に山鳥毛はすぐに返した。
「小鳥か。構わない」
手に取った内番着のズボンを抱えて部屋の入口に向かえば、同じくジャージを抱えた審神者が立っていた。審神者は山鳥毛の抱えたものを視界に入れては「あ」と短く声を上げ、にこりと笑った。
「ちょうど良かった。髭切の内番のズボンが一文字のものだったから届けにきたの。丈感からして山鳥毛かなって思ったんだけど、合ってて良かった」
「ああ……、これは髭切のものか」
「洗濯物畳んでるときお喋りに夢中になって、これだけ混ざっちゃったみたい」
ごめんね、と謝った審神者に山鳥毛は小さく首を振った。そして、昨日洗濯物を畳む審神者を見掛けたのを思い出した。取り込んだ洗濯物を広間に広げ、審神者を囲んで皆が楽しそうに談笑していたのだ。審神者と皆の笑い声が耳に心地よく、通りかかった場所でしばらく聞いていた。
――小鳥の声は、一際心地良い。
そう耳を澄ましていると、ふと視線を感じて山鳥毛は色眼鏡の奥で目を細めた。洗濯物を畳む審神者と皆の側に、手伝いはしないものの、審神者に寄り添うよう腰掛ける近侍がいた。その梔子色の双眸と目が合えば、山鳥毛は細めた目を和らげるしかなかったのだが……。
「……何故、小鳥が髭切の内番着を?」
「えっ……、あ……、あの、ほらっ、洗濯物畳んだの、私だから……!」
「ああ……、そうだったな」
わかりやすく焦りだした審神者に山鳥毛は微笑んだ。気分転換に内番を手伝うことはあっても、着替えの取り違えまでは気付くわけがない。そもそも本丸の洗濯物の量は膨大で、個人の洗濯物の管理は各々で、と言われている。つまり審神者が洗濯後の男士の衣服に触れることは、まず無い。
そうなると、審神者は髭切の内番着を手に取った際に取り違いに気付いてくれたのだろうが……。さて、どうして審神者が髭切の内番着を手にすることがあったのか。
「すまない、からかうつもりはなかった」
「!」
嘘や誤魔化しが苦手なのか、頬を染めた審神者の反応に思わず笑みが溢れる。微笑ましい、とはこのことかとくすくす笑うと、審神者は交換した内番着に顔を埋め、目だけをこちらに寄越した。
「……わ、私、そんなにわかりやすい……?」
じんわりと赤く染まった目尻に、山鳥毛は一瞬だけ動きを止めてしまった。からかわれたと、その目は少しだけジトリとしたものだったが、またそれが愛らしいなどと口にしたら怒られるだろうか(それは誰に? というところでもあるが)。
「……いや。見ていてとても微笑ましいと思った」
「それ、褒めてるつもり……?」
「褒めている。皆も、私も、小鳥たちの仲の良さは知っている」
「うう……」
それはそれで恥ずかしいよ……、と言った審神者の頭を撫でたくなるのを堪える。山鳥毛は柔らかい髪の感触を想像するだけにとどめ、審神者を色眼鏡越しに優しく見下ろした。少しでも、彼女と自分が隔てるものがあって良かったと思う。これがなければ、少しでも触れてしまいそうだ。その指先にあるのはもちろん慈愛だけなのだが、それは、同じ物として、男として、許せないものがあるだろう。
「おやおや、何やら楽しそうだね」
ちょうど、鬼の声を聞いた気がした。審神者を耳で愛でるのも、目で愛でることも許さない、とびきり美しいかたちをした白い鬼。
――啄むな、とも聞こえたそれに顔をあげると、その先には梔子色の双眸をした白い鬼が立っていた。
「すまない、私が引き止めた。小鳥は私の内番着を届けにきてくれたのだ」
その声掛けに間違いはないと山鳥毛は思った。何故なら。
――この小鳥は、目を離せば誰かの籠にさらわれてしまう。
「ああ……。もしかして、僕が間違えて君のを持ってきてしまったのかな」
「いや、私も気付かなかった。よく似ているから仕方ない。次からはわかりやすいよう、名札でも縫い付けておくといい」
「そうだね、そうしようかな」
「いやっ! 膝丸が悲しむからやめなよ!」
髭切と、山鳥毛が交わした視線の行方を審神者は知らない。
内番着に名前を縫い付けることを想像した審神者だけが止めようとしたが、交わされた言葉の真意は別のところにある。
「さあ、小鳥。迎えだ、行きなさい」
「ひ、髭切! せめてタグに書くとかにしよう……! ね!」
「さあて、どこに縫い付けようかなあ」
「名札は駄目だよ! 後で私が膝丸に怒られる! なんで止めなかったんだって言われる! 絶対!」
小鳥を手元に戻した髭切が、その愛らしい囀りに穏やかに微笑んだ。ふわりと香ってきそうな、花が綻んだような笑みに山鳥毛は目を奪われた。
――なんと。白鬼はあのように笑うのか、と。
普段浮かべている笑みに比べ、なんだかむず痒くなるような擽ったい表情だった。仲良くこの場を去っていくふたりを見送りながら、山鳥毛はひとり肩を竦めた。
「あれは……、見せびらかしにきたのか」
鳥籠は既に用意があると釘を刺しにきたのかと思えば、あの男はある程度小鳥を自由にさせている。それはあの小鳥が必ず自分の元に戻るとわかっててのことなのだろうが、そうだとしてもあの笑みはまるで……。
「ふ……、愛でられているのはどちらだ」
遠ざかるふたりの囀りを聞きながら、山鳥毛はこみ上げる苦笑を呑み込んだ。

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