大侵寇・その後(膝丸)

飛び込んできた小さな体を抱き止め、三日月宗近は柔らかく目を細めた。胸に埋められた顔からぐすぐすと泣く声が聞こえ、微笑んだ目から審神者と同じような滴が零れそうになってはっとした。
あの時、確かに折れてもいいと思えたというのに、この本丸に戻り、小さな両腕に抱き締められて、嬉しいと感じている。
「すまなかったな、主。心配かけた」
しゃくりあげるようにして震える背中を撫でると、三日月の衣を握り締める手の力が強くなった。白くなるまで握られている手を見て、本丸を、審神者を守るためといえど、随分勝手な行動をしたというのに、ここまで心配してくれていたのかと思うと、三日月の中で歓喜が吹き荒れた。
それは視界を塞ぐような、激しい桜嵐だった。花弁は散らしたそばからまた新たな花を咲かせ、その嵐は絶えることがない。この花風吹に乗じ、ひとときでも、自分とこの小さな存在だけの世界に飛んでしまえたらと考えたが、腕を広げたそばからひりつくような視線を感じて、力任せに抱き返そうとした腕を緩めた。
代わりに背中を撫でると、顔を埋めていた審神者が勢いよく顔を上げ、涙をたっぷり浮かべた目で三日月をきつく睨んだ。
「絶対に、許さない……、許さないから……っ! 三日月はしばらく出陣も遠征も内番も禁止! 謹慎にします! そんなに勝手に動きたいのなら、何もしないという暇を与えます!」
キッと眼尻をつり上げて怒る審神者の姿に、三日月は瞬きを繰り返す。ここまで感情をむき出しに声を上げられることがあっただろうかと驚いていると、審神者は三日月に向けてびしっ! と人差し指を突きつけた。
「せいぜい、ゆっくり! まったり! 過ごすといいわ!」
「主、それはいつもと変わらな……、――……行ってしまったか」
踵を返した審神者は振り返ることなく、階を上がっていった。階を上がりきったところで、審神者が慌てて足袋を脱いだのを見て、履物も履かずに駆け寄ってくれたのかと三日月はまた頬を緩めた。
簀子の上で足袋を脱ぎ、そそくさと去っていく審神者の後ろ姿を見送り、嬉しさに浸っていると前を遮るようにして黒い影が立った。
黒い衣装に身を包み、白緑の髪を揺らした影の正体を見ると、自然と胸の内の花吹雪が止んだ気がした。影が、膝丸が、目の前に立ったと同時に。
膝丸は左手に下げた刀を持ち上げ、その柄尻を三日月の胸にとん、と置いた。
「次はない」
「………………」
梔子色の双眸が真っ直ぐと三日月を捉える。
次はないと口にした言葉は、今回の件だろうか。
それとも、審神者を抱き返そうとしたことか。
どちらだ? と問いかけるように曖昧に微笑めば、膝丸も同じように微笑む。わかっているだろう、と目で言われてしまえば、三日月は長い睫毛をゆっくりと下ろすしかなかった。
「心得た」
――こちらはあの娘に対して、親愛しか抱いていないというのに。
それだけを告げ、審神者のあとを追う膝丸の背中を見詰め、三日月は苦笑した。
「……狭量な男だ」
いい。今はそんなひとときさえも、愛しいのだと。

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