■ 緑間くんとキスするお話
「緑間くん、……キスが、したい、です…。」


憧れの緑間くんとお付き合いし始めて五ヶ月とちょっと。いつもバスケ部の練習が大変な緑間くんとこうしてお家で勉強デートできるのは、今のテスト期間中くらい。(こ、これってデートって言えるのか激しく不安だけど、二人っきりだし、緑間くんのお家だし、緑間くんから誘ってくれたし、緑間くん私服だし、私も私服だし、緑間くん私服もかっこいいし、私が嬉しいからデートでいいよね、ってことで片付けておく。)
足が折り畳み式の小さな机の上に教科書とノートを広げてずっと問題集を解いていた緑間くんの手が止まった。向かい合うように座る私は言った手前もう一歩も引き返せないのだけど、内心うわああ言ってしまった…!言ってしまった…!!って思いっきり逃げ出したくてたまらなかった。
お付き合いを始めて五ヶ月とちょっと。手を繋ぎ始めたのは三ヶ月前。告白をしたのは私。階段でこけ落ちそうになったところを緑間くんに支え助けられた時からこの恋は始まった。それまでは緑間真太郎くんって背が高くて高圧的で高尾くん従えててめっちゃ怖い人だとか思ってたんだけど、階段で助けてもらって「怪我はないか。気を付けるのだよ。」と言ってもらえてから、緑間くんめっちゃいい人じゃん。って彼の事が気になりだした。
バスケの練習が大変でカップルらしいことなんて手を繋ぐくらいしかしたことないけど、私は緑間くんと手を繋げるだけですごく嬉しいし、バスケを頑張ってる緑間くんが大好きなのであまり問題視してなかったのだけど、高尾くんから「もうキスとかした?」ってからかわれた時、顔真っ赤にして何も返せなくなっていると、高尾くんがこの世の終わりみたいな顔して「まじかよ真ちゃん…」って頭抱えたので五ヶ月でキスしてないのは相当ヤバイらしい。って高尾くんが。


「だ、だめ、かな…。」


どうしよう。
緑間くんめっちゃ固まってる。プリントから顔をあげて私を見詰めたそのままで固まってる。
言ってしまった手前、私はもう一歩も引けない状況なんだけど、でも内心逃げ出したくてたまらなかった。だ、だって緑間くん固まったままシャーペン落としたこと気付いてないし、ころころ転がったシャーペンを私が拾って、また緑間くんの手に握らせてもまだ固まってるから、ど、どうしよう、緑間くんフリーズしちゃった。さ、再起動のスイッチとかあるのかな、眼鏡とかに仕込んであるのかな、なんてありもしない事も考えてしまう。


「や、やっぱ…い、いや、かな…。」


固まったまま見詰められて、逃げたくても行き場のない目をもじもじとさせてる机の下の手に落とす。な、なんでこんな事いってしまったのだろう。だって高尾くんが…―。ううん、高尾くんは言い訳にならない。正真正銘、わ、私が緑間くんと、き、キスをしたかったから、言ったのだ。かあっと頬が急激に熱くなるのを感じて、こ、これは間違いなくほっぺ赤くなってる…!恥ずかしい…!!もうなんて恥ずかしい子なんだ自分…!あのね緑間くん、き、キスしたいって言ったの是非忘れてください無かったことにしてください記憶の部分削除をお願い申し上げます!と口を開きかけた時。
ずっと固まっていた緑間くんがはっと息を吹き返して(いや死んでなかったけど)口を開いた。


「い、嫌じゃないのだよ…っ」


嫌なんかじゃ、ないのだよ…。そう言って緑間くんは、私と同じく顔を赤くさせて、それまでずっと見詰めたまま固まっていたのに今更ぷいっと顔をそらした。耳まで真っ赤にした緑間くんの様子に、なんだか私もつられて耳が赤くなっている気がする。というか、全身から湯気出そうなくらい、あ、熱いのですけど…。でもそれよりも、緑間くんが慌てたように返事をしてくれたのが嬉しかった。
そ、そっか…、い、嫌じゃないのだよ、か…。そっか…、そっかぁ…!


「よ、よかったぁ…。」


ふにゃりと顔が緩む。だって、緑間くんが嫌じゃないって言ってくれた。良かったぁ。私となんて嫌以前の問題かと思ってたから、嫌じゃないなんて、嬉しいなぁ。良かったぁ。緑間くん私のこと嫌いじゃないんだ…ってほっと肩をおろした。


「嫌じゃないんだね、うん、そっか。うん、わかった。ありがとう、嬉しい。緑間くんありがとう。」

「……………。」


えへへ、緑間くん、私とキスするの嫌じゃないんだって。良かったなぁ。ずっと私の片思いだったから、手繋いでくれただけでも私天国にいる気分になったんだよなぁ。そんな緑間くんから嫌じゃないのだよって聞けただけで私人生全ての幸せを今ここで受け取った気分だよ。これならテスト全部0点でも私大丈夫。心折れない。ありがとう緑間くん、ありがとう、大好きです。えへへ。
さ、勉強の続きしよっか!って言っても私幸せすぎて勉強に身が入るかわからないけど。ってシャーペンを握ってノートに再度向き合えば、向かいの緑間くんが低い声で「おい」って私を呼んだ。


「…なぁに?」

「…………キス…、するんじゃないのか…?」


顔を真っ赤にさせた緑間くんが睨むようにして私をまた見詰めていて、私は声にならない声をきゃーーーーってあげた。ま、声に出てないのですけど。ただガタガタって机から体のけぞらせただけなんですけど。


「い、いいの……?」

「いいも何も、お、お前から言ってきたのだろう…!」


そ、そうでした…!!
緑間くんが嫌じゃないなんて嬉しいことを言ってくださるから、わたし、そ、それにすっごい満足してしまって、キスしたいなんてダイタン発言を自分からしたことをすっかり忘れてしまいました…!!
え、…え、ど、どうしよう…!私キスしたいなんて緑間くんに言ってしまった…!今更ながら本当にすごい発言してる自分…!!なんだろう!断れるだろうな前提で言ってしまったから、こ、心の準備が整ってないよどうしよう高尾くんどうしてこんな時に居てくれないの!いつも緑間くんとニコイチのくせに…!!


「キ、キス、するのだよ…!」

「ふえっ!?え、あ、う、うん…!」


緑間くんがそう言って机の上の教科書やらシャーペンやらを片付けたので、私もそれにならって片付けをした。机の上を綺麗にしたら、今度はその机をいったん脇に寄せてどかせる。私と緑間くんの間に何も隔てるものがなくなって、あ、あれ、緑間くんと私こんな近い距離で勉強してたんだってものすごくどきどきしてきた。そして二人して正座で座り直して、膝をすり寄せるようにして距離を今よりも縮めた。
目の前に緑間くんの綺麗な顔があって、緑間くん睫毛本当に長いなぁ、かっこいいなぁ、どうしよう心臓が口から出そうだよ。真剣な顔をして私を見下ろす緑間くんにどうしようもないくらい心臓がばくばく鳴った。


「す、するのだよ…」

「う、うん……」


緑間くんの両手が私の両肩に置かれて、ああ!わたし緑間くんと本当にキスするんだ!って喉がからからになって引っ付きそうになった。きっと今私達二人を横から見たら少女漫画のワンシーンみたいな感じになってるんだ!ってどきどきしていたのだけど、緑間くんのキスはなかなか待ってても来なかった。あ、あれ…、まだかな…、なんて薄目を開けると、緑間くんは大きな大きな溜息をして肩を落としていた。


「み、緑間くん…?」

「……すまないのだよ…。」

「え…?」


…あっ…!や、やっぱり、だ、駄目なのかな…!いざとなって私のキス待ち顔がブサすぎて嫌になったのかな…!そ、それは仕方がない!キスする時に変な顔されてたら嫌だよね!地顔なら尚更だ!し、仕方がないよ緑間くん!あ、あのね、私、緑間くんが私とするの嫌じゃないって言葉聞けただけですっごく嬉しかったら大丈夫だよ!三途の川でクロール一本泳げるくらい嬉しかったら大丈夫です無理しないでください生理的に無理なものって誰かしら必ずあるよね!って言ったら緑間くんが「ち、違うのだよ!」って顔をあげた。


「…こ、こういうことを、苗字から言わせてしまった事を、俺はとても申し訳なく思っているのだよ…。」


ど、どうして…?と聞けば、「こういう事は、普通男からするものだろう…?」と緑間くんは言った。え、で、でも、実際してくれてるのは緑間くんだし、わ、私はしたいって相当我儘な願望を訴えただけで、緑間くんが申し訳なく思うことは全然ないんだよ。って言えば、それでも緑間くんは「苗字に、恥をかかせてしまったな。」と言ってくれて、み、緑間くんは本当に、本当のほんとうにかっこよくて最高に優しい人だと再認識した。緑間くん、優しい。すごく優しい人だ彼は。だって、恥をかかせてしまったなんて、誰もが言える言葉じゃないよ。人の気持ちを奥底まで読んでる人だけが言える言葉だよ。私なんてそんな言葉、絶対言えない。
緑間くんの手が私の肩から腕に落ちてきて、それから膝の上でずっとぎゅっと握ってた私の手に触れた。綺麗にテーピングされた左手が私の手に触れてくるのを感じながら、私はその強張りをといていく。すると、緑間くんの指が一本一本私の指の間に滑り込んできて、息をするのもはばかれる距離に緑間くんの顔がそこにあった。
ああ今度こそ緑間くんとキスしちゃうんだ私…と綺麗な緑間くんの顔を見ながらその唇を待つ。前髪と前髪が触れそうな距離に縮こまってしまう。でも、緑間くんのそれはまだ来ない。緑間くんはまだ何か躊躇っているようだった。少しでも動いたら間違いで触れてしまいそうな距離に(間違いも何も今まさにキスするんだけど)心臓を高鳴らせながらも、緑間くんを待つ。緑間くんは言った。


「………眼鏡は、外した方がいいのだろうか。」

「あ……、ど、どうだろう…。ふれちゃう、かな。」

「…一応、外そう。」

「そ、そうだね…!」


繋いだ手のまま緑間くんの眼鏡を外して、再度緑間くんを待つ。
あ、うわ、ど、どうしよう、眼鏡外した緑間くん美人さんが更に美人さんすぎて、わた、わたし、

どきどき。どきどき。


緑間くんとキスするお話

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