オオカミ青年
「トリックオアトリート」
ナマエの小屋の扉を開けると一緒に本日の合言葉を言った。俺の魔女さんはその合言葉に目をきょとりとさせていて、目を丸くさせた可愛い表情に内心ガッツポーズをした。よっしゃ、ナマエは今日がハロウィンだって事知らないみたいだな。となると…。
「どうした?お菓子くれないと、イタズラになるぜ?」
しばし固まったままのナマエの腰を抱いて顎を持ち上げる。いつもはツンと澄ました表情が少し驚いたような顔になってて、表現が古いが本当しめしめという状態。では、お言葉通りに……、とナマエに唇を寄せると、
「……おい。」
むに、と。
ナマエの唇が………、ではなくナマエの指が俺の唇を押さえる(いや、それやられてもナマエの指細くて小さいし柔らかいから気持ちいいんだけど、俺としてはナマエのあれそれが欲しかったわけで)。
固まってたはずの魔女さんは、いつの間にか俺の腕の中で(悔しいことに)実に魔女らしい意地悪そうな笑みを浮かべていた。
「あら、いつ私がお菓子持ってないなんていったかしら?せっかちな狼さん。」
きゅっと軽く鼻を摘まれて、ふがっと声をあげればナマエはくすくすと笑ってエプロンから手のひらほどの小さな紙袋を取り出した。取りだされた薄茶色の紙袋から香ばしい焼き菓子(クッキーと、マフィンか?)の香りが一気に香って、ああ、もう、うそだろ……と肩を落とした。
「んだよ、お菓子用意してたのかよ…。」
「なぁに?いらないならレイヴンにあげるけど。」
「いやいやそれとこれとは話が別。欲しいって、欲しい、です。」
「素直でよろしい。」
まるで犬のように頭を撫でられて少し拗ねてしまう(…ナマエが撫でやすいように屈んでる俺はどうせ飼いならされた犬…いや狼だ)。でも、ナマエからもらったお菓子は、それはそれで嬉しい。薬の調合と似ているからお菓子作りは得意だと彼女は言うし(薬と同じカテゴリかよ…)、それなりに美味い。
「で?ローウェル。」
「…ん?」
「次は私の番よ。トリックオアトリート。」
「………は…?」
「あらやだ。自分だけお菓子もらっといて私にはないの?」
「…いや、ちょっと待て、まさかアンタから言われると思ってなかった。」
「用意してくれてないのね。」
「待て待て、ちょっと待て、なんだったら今から森行って…」
「じゃ、私からのイタズラね。」
到底、街にいるようなお淑やかな女とはかけ離れた、いかにも悪知恵たくさん知ってますと言わんばかりの『にやり顔』をされて毛が逆立つ。まずい、魔女に悪戯される何されるんだマグログミか…!!と身構えた俺にナマエは背伸びをした。
「………!」
突然触れられた唇と唇は俺に目を瞑る余裕も与えてくれなく、すぐに離れてしまった。
触れあった唇はナマエの柔らかい感触を残してじわりと熱を帯びる。
「お菓子くれなかったから、イタズラ、ね?」
目を細め首を横に倒した魔女さんに、俺は今日も骨抜きにされた。
(くそ…!くそぉっ…!!)