悪くない。
エレンを囲うための古城生活では、食事等の役割は一応当番制である。しかしエレンの訓練などにあたるリヴァイ班を見ると、自然とだいたいの食事番をなまえが行っていた。
今晩の夕飯は野菜のミルクスープだ。皆訓練後で疲れているだろうから思いっきり豪勢に、ということはできないが、あるだけの野菜を細かく刻み、彩りを与え優しいミルクの味でまとめる。スープの他にパンとチーズを用意して今夜の細やかな晩餐の出来上がりだ。
(あとはふかした芋と…)
最後にあらかじめ蒸かしていた芋の具合を見ると、白い湯気と一緒に芋の甘い香りが鼻腔を擽り思わず微笑んでしまう。するとそんな匂いにつられたのか、それとも頃合いを見計らったのか、誰かの腹の虫が鳴った。
「なまえ、何かあるか。」
「リヴァイ兵長…」
腹が減った何か寄越せ、と言わんばかりの目になまえは苦笑する。何かあるか、と同時に何か食わせろと近付いたリヴァイになまえは丁度いいとばかりに芋を一口すくった。
「蒸かした芋がありますよ。」
「…そっちのは。」
「スープは皆が揃ってからです。で、皆は?」
「もう少ししたら戻ってくる。」
なるほど、今日の訓練は終わりらしい。では皿の準備をしなければ、と思ったがその前に目の前で腹を減らした上司だ。
「はい、芋で我慢してください。すぐ夕飯にしますから。」
「…手が汚れる。」
「口に入れるものですから汚くありません。」
「指が、」
「それ以上言うなら何も出しませんよ。」
「………」
リヴァイは余程腹が空いているのか、それ以上は返さなかった。その事になまえは苦笑し、手に乗せてあげるのは勘弁してあげようと一口大の芋をリヴァイの口元に持っていった。
「はい、口をあけてください兵長。」
「………ん。」
大人しく口を開けたリヴァイに(まだ少し熱そうだが大丈夫だろう)芋をゆっくり入れてあげる。すると(やはり)熱かったのかリヴァイが小さく「熱…」ともらしたが、(やっぱり)大丈夫だったのだろうもぐもぐと咀嚼し始めた。
「どうですか?」
もぐもぐ。
もぐもぐ、と。
あの顔で咀嚼している姿が、どことなく可愛い。(しかも空腹という欲求が多少満たされているからかどことなく機嫌が戻っているさまもまた可愛い。)
「悪くない。」
「そうですか、良かった。」
芋をのみ込んだリヴァイがそう言い、なまえはにっこりと返した。しかしリヴァイはその一口じゃ満足しなかったのか…。
「もう一個」
「だーめーです。それ以上食べたら味見じゃなくてつまみ食いです。」
「スープの方の味見をしてやる。」
「兵長の分、減らしますよ?」
「………」
ぴたりと口を閉じるリヴァイが可愛い。それでもリヴァイは不服そうになまえをじっと見詰め(リヴァイに慣れていない人物からしたらそれは睨んでいるように見えるのだが)もう一口と無言でせがむ。そしてそんなリヴァイに、というか彼自身に弱いなまえは小さく溜息を吐き出しついついスープをお玉ひとすくい分すくってしまうのだから、リヴァイという男は本当に……
(…ずるい。)
野菜の旨みとミルクの甘味が混ざり合ったそれに何度か息を吹きかけ湯気を飛ばす。
「はい。それ以上は夕飯まで我慢ですからね。」
「なんだ食わせてくれないのか。」
「お、た、ま、で、ど、う、ぞ。」
「………」
再び何か言いたそうなリヴァイにこれ以上絆されてはいけない(というか絆されてたまるか)と顔をそらすも、静かに啜るリヴァイをつい横目で窺ってしまう。するとその視線に気付いたリヴァイがスープを飲みほしたお玉を鍋に戻し、もう一口をすくいあげる。
「あ、兵長!」
まだ食べるか、とその手を制そうとするが、リヴァイの口元に持っていかれると思ったお玉は予想を裏切り、なまえの口元へと運ばれた。
「へい、ちょ…?」
「味見、お前もしろ。」
「え……」
一瞬何か間違った味付けをしてしまったかと思ったが、リヴァイの表情を見る限りそうでもないらしい。なまえは首を傾げながらもリヴァイの言う通り、お玉を受け取りスープを一口啜る。
口の中に、優しい甘さと旨みが広がる。
「…悪く、……ない、ですよね?」
「ああ、」
おかしくない。全然おかしくないし、自分で言うのもなんだが美味しいと思う。
そう確認を取るようにリヴァイを見上げると、彼の整った顔がすぐそこにあったことに驚く。そしてそれよりも先に、リヴァイの舌先がスープの残滓をすくうようになまえの唇を撫でた。
「…美味い。」
悪くない。
「リ、リ、リヴァイ…ッ!!」
「飯の準備してろ。あいつらを呼んでくる。」