全然なってない。

巨人から身を守る壁と、生きるために当然必要となる水源から離れた場所に旧調査兵団本部はあった。元は古城を改装した施設であり、今の本部がある前は普通に使われていたということで外観は荒れていたが中身は然程心配はいらなかった。巨人化するエレンを訓練するための当分の根城と言えば聞えはいいが、正真正銘、エレンを囲う檻である。
なまえ含むリヴァイ班は当面ここで生活することになったのだが、古城生活一日目は、綺麗好きのリヴァイによる大掃除で無事終わりそうだ。が、しかし、率先して掃除に取り組んでいたリヴァイは目の前のそれに小首を傾げていた。
数分前、エレンより上の階の清掃が終了したと聞いたリヴァイはきちんと清掃が済んでいるのか確認するために上の階に上ったのだが、上がったすぐそこの部屋で、リヴァイの補佐官であるなまえが戸棚の一番上に目一杯指先を伸ばしていた。
何をしているのだと聞くよりも先になまえに近寄れば、目標物を取ろうとして必死なのか、なまえは振り向かずにリヴァイにこう言った。


「エ、エレン…?わ、悪いんだけど、こ、この、一番上の箱、取ってくれる、かなっ…」


爪先立ちでひょこひょこと飛ぶなまえは後ろにいるのがリヴァイだとは気付いていない。
周りには台になりそうなものはなく、確かにエレン程の身長があればあの箱は取れるだろう。
しかし、なまえの後ろに立っているのは紛れもなく彼女の上司である、リヴァイだ。
リヴァイはそのまま何も声を発さずなまえの後ろに立ち、箱目掛けて伸ばす指先を絡み取り、はっと息をのんだなまえの首筋をぺろりと舐め上げた。


「っっっ!?!?」

「俺だ。」


条件反射で体を離そうとしたなまえだが、後ろにはリヴァイ、前には戸棚で、結果戸棚にはり付くようにして顔だけリヴァイに向けた。


「り、り、りば、いへいちょ、」

「エレンに言われて上の階を見に来た。掃除は終わってると聞いたが。」

「あ、えっと、一応、はい。一緒にやったので、終わってます……」


なまえの上に覆い被さるようにして、リヴァイは目を細めた。


「一緒に……?」

「ええ、兵長の元で初めて掃除する子は、いつも私と一緒にやってます、が…」


だって兵長掃除に関して厳しいじゃないですか…と呟くなまえに違うそうじゃねぇだろ…とリヴァイの瞳が鋭くなる。


「随分とエレンを可愛がっているようだな。」

「…特別気にかけているつもりはありませんよ。」


そう、少しむくれた顔をするなまえに、そういえばそうだなとリヴァイは胸の内で嘆息する。
なまえは真面目だ。真面目で、優しく、面倒見がいい。かつてペトラを班に初めていれた時も、なまえは彼女をすごく可愛がっていた。なまえ元々の戦闘スタイルもあるが、その時は基本討伐補佐にまわり、ペトラが討伐できるよう動き回っていた。リヴァイの補佐もしつつ、ペトラの面倒もみる。彼女の優しさと面倒見の良さは目を瞠るものがあるが、だいたいが仇になることが多い。ペトラの討伐補佐にまわっていた時も、心臓が冷える瞬間が多々あったし、まだまだそれが治ることはなさそうだ。


「下の面倒は俺が見る。お前は俺の面倒だけ見とけ。」

「…な、なんですいきなり…。な、なんか口説き文句みたい、です。」


リヴァイを軽く睨んでいた眼が僅かに怯み、ぷいっと顔をそらした。しかしそらしたせいで、リヴァイの前に赤くなった耳が現れ、リヴァイは喉奥で微かに笑いそこに噛み付いた。


「っ、ちょ……、へいちょ…!」

「いちいち言わないとわかんねぇのか。口説いてやってんだよ。」

「っ〜〜〜!」

「なまえ、こっち向け。」


耳奥にわざと擦れた声を響かせ、ぴくんと揺れたなまえの肩を掴んで向き直させる。戸惑いがちに睫毛を震わせるなまえに息を吹きかけ、きゅっと目を瞑ったところで唇を重ねる。
気に食わない。その一言につきる。なまえがペトラを可愛がっていた時期(多少今もだが)もつまらんと思ったがそれは女だからまだ許せた。しかし今のなまえの矛先はエレンという男だ。おまけにエレンは新米兵で、巨人の力を持ち、性格も一癖二癖あるやつだ。これからどうなるなんて、想像したくもない。


「お前、俺の補佐としての自覚あるか?」

「は、はい」


ほぼ、唇が重なったまま囁く。
触れた唇になまえがそれ以上話すのを躊躇った。


「それと同時に、俺の女という自覚は。」

「……っ」

「おい」

「う、うん……」


特にこれといった動作もなく簡単に重なる唇。
控えめに応える小さな舌先。微かにもれる、声。
唇がやっと離れるとなまえはくったりとリヴァイに凭れかかった。そんななまえの腰から背中を満足そうに撫でると、その手つきに身を捩らせながらも、なまえは恥ずかしそうにリヴァイを見上げた。


「兵長…、あの…」


ぽってりと濡れた唇は、実に美味そうだった。
そう、なまえの唇をじっと見詰めたリヴァイだったが、なまえはどこまでも真面目な女だと、次の一言で覚めた。


「あの箱取りたいので、エレンか誰かを呼んできてくれませんか…?私…達じゃ取れない、ですよね…?」


リヴァイのこめかみに青筋が立った。



全然なってない。



「オイ…エレン。」

「は…はい!!」


階下に戻り、ペトラと何やら話しこんでいるエレンにリヴァイは声をかけた。リヴァイの声にすぐ姿勢を正したエレンは、真っすぐ立った分だけリヴァイを見下ろす形になってしまう。その瞬間、先程のなまえの言葉がリヴァイの脳裏に過り、リヴァイは眉間の皺を深く深くさせた。


「全然なってない。すべてやり直せ。」

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