躾不足

巨人化する力を持つエレンを調査兵団に入団させるべく、リヴァイが行った『躾』行為は間違いなく一方的な暴力だった。彼曰く、エレンに必要なものは言葉による教育ではなく教訓だそうで。審議所でリヴァイはエレンの歯がぶっ飛ぶほどの蹴りを喰らわせた。一度ではなく、何度も。その過剰な『演出』のおかけでエレンは憲兵団に解剖されることなく、巨人化する能力を活かす調査兵団への入団が決まった。
今エレンはリヴァイの躾による治療を、彼の補佐官から受けていた。


「一応一通り手当てはしたけど、他に痛むところはある?我慢しないで。」


リヴァイ兵士長補佐、なまえ。
エルヴィン団長に紹介されるまで彼女があの兵長の補佐官だと気付くことはなかっただろう。
明らかに戦闘職ではない優しげな顔立ちに柔らかい声。治療をしてくれる手だけでなく掛けてくれる言葉も温かい。救急箱を抱えて駆け付けてくれた時、調査兵団先輩幹部達に囲まれ畏縮していた肩が少しだけほぐれた。ほっと息がつけたのは彼女がエレンの怪我をみてすぐにリヴァイに向かって目をつり上げたからだ。別に彼女がリヴァイに対して怒ったことで気がスッとしたとかそういうわけでなく(あれがエレンを調査兵団に入団させるための演出だということはエレンも十分に理解している)、彼女がリヴァイに対して怒ったことで場の空気が和らいだ気がしたからだ。エルヴィン、ハンジ、…ミケは変わらなかったが、この二人は明らかに表情が柔らかくなった。そしてあのリヴァイでさえ、纏う空気が少し変わった気がした。…リヴァイが女性に怒られているという想像さえもできない光景を見たからだろうか。


「エレン…?」

「あ…、すみません、もう大丈夫です。」


丸い瞳が自分に向けられ慌てて返した。するとなまえは「そう、良かった」と微笑んだ。


「…それにしても、ごめんなさい。」

「…え?」

「貴方を調査兵団にいれるべく実行された作戦だとしても、こんな怪我をさせてしまって。」


湿布を貼った頬になまえの手が優しく触れた。まるでエレンの受けた痛みを分かち合うかのように辛い表情をみせたなまえを、エレンは何処かで実際感じたことがある気がした。何処でだろう…?


「こんな怪我を負わせて…歯も駄目にしてしまったけれど、あの人は、あの人達は決して貴方を憎くてこんなことをやったわけではないの。悪く思わないで、というのは無責任だけれど、私達を信じて欲しい。」

「それは、もちろんっ…です。あれがあの場で必要な行為だというのは理解していますし、…歯だって、なんかもうはえてきちゃってますし、俺は、大丈夫です。なまえ兵長補佐。」


リヴァイの行為を、調査兵団の行為を謝罪するようにエレンの前に膝をつこうとしたなまえを慌てて止め、本当に大丈夫だとぎこちなく笑ってみせたが、切れた口内が痛み顔が歪んだ。痛む口内、頬を抑えると、その抑えた手に白い手が重なった。見上げるとふわりと微笑んだなまえがそこにいて、エレンは思い出す。

ああ…この人は、


「ありがとうエレン。優しいのね。」


この人のぬくもりは、
母さんに似てるんだ…。


なまえの微笑みに母を重ねた瞬間、ひやりとしたものを背筋に感じたエレンはその正体を確認するべく部屋の扉をみた。


「エレンよ、」

「リ、リヴァイ兵長…!?」


開けられたドアの枠に腕をかけてゆらりと現れたのはリヴァイだった。なまえが治療をするからと部屋から人を追い出したあと、また戻ってきたようだ。
そして普段据わっている目が今、更に据わっているように見えるのは気のせいだろうか。


「歯をもう一本無くしたいと見える。躾が足らなかったか?」

「…は!?」

「それとも躾がたりなかったのはお前の方か?なまえ。」


ぎらりと細められた目が何を言っているのかエレンにはわからない。ふ、とエレンに触れていた手が離れ、なまえがリヴァイに向かって姿勢を正した。


「馬鹿なことを仰らないでください。エレンにこんなことをして何が躾ですか。」


あのリヴァイに対し、馬鹿と…!
ピシャリと言い放ったなまえは救急箱に湿布と薬を押し仕舞い、大きな音をたて蓋を閉じた。そしてこの部屋に駆け付けたときのように救急箱を抱えリヴァイの横を通り過ぎる。


「……オイ、なまえ」


つん、と顔をそらしたなまえは何も交わさず救急箱を抱え直し部屋を出ていってしまった。


「エレン…」

「は、はいっ」

「……いや、なんでもない。」


何かを言い出そうとしてすぐに打ち消したリヴァイは踵を返し、何事もなく部屋を出ていった。出ていった方向をみると、多分なまえに何か用があったのだろう。ゴツゴツと少し早足のブーツの音が遠ざかっていく。


躾不足


次の日、エレンは手当ての礼をなまえに告げたが、告げられたなまえは誰かの視線を気にすように辺りをきょろきょろと見渡し、思いっきりしどろもどろに「これくらい、なんとも、ど、どういたしまして」とそそくさエレンの前から姿を消した。

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