鳥の鳴き声は

ほっそりとした腕に一羽の鴉が留まった。
羽を休めたと思えば、その鴉は留まった腕の持ち主へと嬉しそうに身を寄せ、小さな目を閉じた。腕の持ち主は甘えるような仕草を見せる鴉に一言二言話し掛けては小さく笑い、鴉へと頬擦りをした。
まるで仲良しの内緒話を見せつけられているようで、少し離れたところでそれを眺めていた義勇は足先をそちらへと向けた。
「……お前の鎹鴉だな」
掛けた言葉は確認というよりも、何故隠であるなまえが鎹鴉を持っているのだと問うものであった。
鎹鴉とは、本部からの通達を鬼殺隊の隊士へ伝える役割を持つ鴉だ。戦闘の事後処理部隊である隠が鎹鴉を所持しているのは珍しい。いや、隠をそれほど注視したことがなかったから今知っただけかもしれないが。
「冨岡様……」
今日は出陣がないのか、それとも人気のない森近くにいるからか、なまえは隠である頭巾を外していた。しかし、素顔を見せるなまえの顔は義勇を見るなり陰ったものへと変わった。
「ええ……、以前から私の鴉だったものを隠である今も引き継がせてもらっています」
表情の明るさを落としたなまえに眉を寄せたのは義勇だけでなく、腕に留まる鴉も首を傾げては心配そうに主を見上げていた。
「……それだけお前に懐いているんだ。違う誰かへ与えても指示が通りにくいだろう」
「まさか。この子はとても素直でいい子ですよ」
ね、と同意を求めれば鴉は嬉しそうに小さな頭をなまえへと押し付けた。なまえは鴉の首を人差し指で撫でては穏やかな笑みを浮かべていたが、義勇が隣に立つと和らげた表情を曇らせた。
「あの……何か……」
義勇が側にいることでなまえが居心地悪そうに距離を取る。少し後退りしただけだったが、義勇はその距離を詰める。なまえの腕に留まる鎹鴉が小さな目で義勇を見た。
「鎹鴉を引き続き使用することに許可を得ているのか」
「はい、本部の方に相談して……。本部の方も、よく懐いているようだからと言ってくださいました」
「そうか」
――鎹鴉が一鳴きした。
なまえが距離を置くたび追い詰めるように近寄る義勇に「いい加減にしろ」と吠えるように。
鴉ではなく、番犬だったか。と義勇は鴉を見下ろしながらも、思えばこの鴉は事あるごとに頭や手を突かれた記憶がある、と目を細める。主人思いは今も健在のようだ。
「ならば、俺も本部へ相談に行くとするか」
「……はぁ……」
一体、何を……? と不思議そうにするなまえをまた一歩追い詰める。
「俺によく懐いているはずの鳥が勝手に離れた。手元に連れ戻していいか、と」
なまえがそうしていたように、人差し指でなまえの顎裏を撫でる。顎先を擽るようにすれば、なまえの頬が赤く染まり、義勇は僅かに口角を上げた。……なまえにしかわからない程僅かにだが。
「……その鳥は、自らの意志で貴方から離れたはずです……。呼び戻すなど、いかがなものかと……」
顔を反らして義勇の指から逃れようとするなまえに、鴉がまた鳴く。なまえの言葉に「そうだ!」と同調しては、「その手を離せ、主から離れろ!」と叫ぶかのようにけたたましく鳴いた。
義勇はなまえの顎を捉えたまま、反対の手で鴉の長い嘴を挟み込む。
「うるさい」
「冨岡様っ!」
何をなさるのです、と詰め寄った鳥の唇は自らの唇で塞ぐ。
この鳥は、口付け一つで静かになるから可愛げある。そう甘く唇を食んでは、義勇は囁いた。
「主人の名を忘れたか、なまえ」
――もう一度この唇で啼いてみろ、義勇と。

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