恋しさに包まれる

日差しが暖かい。
義勇の帰りを待ちながら縁側に腰掛けていると、麗らかな日差しに誘われうとうとしてきた。
なまえは小さく頭を振った。
(いけない。義勇が戻ってくるまで起きていなきゃ。それにこんな時間に寝たら夜に眠れなくなる)
蝶屋敷に身を寄せてから、せっかく規則的に眠れるようになったというのに、たった一晩寝床を変えただけで元通りになってしまうのはいけない。しのぶに迷惑をかけてしまうし、何より義勇を心配させてしまう。
(それは駄目……。義勇に心配かけないために、離れたのに……)
義勇が戻ってきたらすぐに蝶屋敷へ帰る旨を告げて出て行かねば。ここに居続けたら優しい義勇は自分をいくらでも甘やかす。それは駄目だ。駄目なのに……。
襲い来る眠気になまえの頭がふらつく。なんとか起きていなくては、と強く目を瞑っては瞬きを繰り返した。その時。
「我慢するな。横になればいいだろう」
後ろから温かいものに包まれる。穏やかな声がすぐそこに聞こえたものだから、後ろから抱き締められたのかとなまえは肩を縮めたが、腕に触れる感触は軽い。よく見ればなまえの体には義勇の羽織が掛けられていた。
「義勇……おかえりな、さ……」
抱き締められたわけではないことにほっとしつつも、少しだけ寂しい気がして肩に掛けられた羽織を握る。そしてすぐに、いや何が寂しい気がするだ……! と思い直して慌てて姿勢を正した。
「い、いえ、おかえりなさいませ。冨岡様」
両手をついて頭を深く下げたなまえだが、何も言わずこちらを見下ろす義勇の気配にそっと顔を上げた。そこには不満そうに目を細める義勇がおり、何が不満なのかわかりつつも、なまえは機嫌をうかがうように首を傾げて見せた。
「冨岡、様……?」
名前を呼べば、義勇がその場で膝を折り顔を近付けた。思わず口付けられるのだと身構えたなまえだが、次の瞬間訪れたのは浮遊感だった。
「……っ!」
「ここでは体を冷やす。中で休め」
そう言って部屋の中へと連れ込まれる。義勇は床に落ちている座布団を足で並べては、その上になまえを下ろした。そして肩に掛けた羽織を胸の前へと掛け直し、寝かし付けるようになまえの頭をそっと撫でた。
「布団を敷いてくる。待っていろ」
そのまま寝ていても構わない、と撫でる義勇の手は優しく、なまえの胸はきゅうと切なくなる。撫でられる心地よさに思わず目を細めれば、義勇がそっと微笑んだ気がしてなまえはぱっと視線を外した。
「あ、足で座布団を寄せるなんて、行儀が悪い……」
無理矢理むすっとした顔で取り繕えば、照れ隠しで目をそらしたのがバレバレだったのか、ますます義勇の笑みが濃くなった気がした。まあ、義勇の笑みなど高が知れているのだが。
もう一度、ぽんぽんと頭を撫でられ、義勇は部屋の奥へと入って行った。
一人取り残されたなまえは義勇の羽織に顔を埋めては体を小さく丸めた。
(恥ずかしい……、これじゃあ、どんなに取り繕っても義勇の事が好きなのがわかってしまう……)
どんなに距離を置いても、所属を変えても、毅然とした態度を見せても、義勇を前にすると全てが崩れてしまう。敷かれた座布団の上に力なく頭を預け、なまえは小さく溜息をついた。
眠気は義勇の登場にすっかり吹き飛んでしまったが、奥からは布団の準備をしてくれている音がする。柱である義勇に何をさせているのだ、と思いつつも、布団を敷くことくらい彼は何とも思っていないとわかっているので止める気も起きない。
結局義勇に甘えてしまっている自分にじわじわと自己嫌悪が襲い掛かり、なまえは羽織を握り締めた。
(…………あ……)
渋い香りがなまえの鼻を擽った。
苦味がありつつも、穏やかな渋み。羽織を掛けられた際、後ろから抱き締められたと勘違いする程、自分に染み入る香りになまえは一人頬を染めた。
「義勇の匂い……」
もうここを出なくては。居心地の良いここをはやく出て、蝶屋敷に戻らねばしのぶに心配をかけてしまう。もうしのぶは自分がここにいることなどわかっているかもしれないが、それなら尚更はやく戻らねばならない。
でも……。あと少しだけ。
あと少しだけ、この香りを愛しく思わせてくれ。
そう、なまえは羽織ごと寝返りを打った。
すると、衣擦れの音と共になまえの体に硬く重たい何かが巻き付く。硬い何かは逞しい腕で、その腕は腰に巻き付いたと思えばぐっと引き寄せられた。後ろからなまえを抱く義勇の胸へと。
「何だ、寂しかったのか」
「……っ」
ふ、と吐息と共に義勇の声が耳に触れる。今度は羽織ではなく、間違いなく義勇に抱き締められたことになまえの胸は甘く締め付けられた。
「俺の匂いが恋しければ、ずっとここに居ればいい」
「こ、恋しくなんて……っ」
「羽織を嗅いでいた」
「かっ、嗅いでない!」
「俺の匂いだと、言っていた」
「言ってない!」
「俺を好きだと、お前の目が訴えている」
「う、うったえて、ない…………」
頬擦りするほど顔を寄せられ、覗き込まれる顔になまえは腕で目を覆った。しかし覆っていない頬が隠し切れないほど赤く染まっていくのを自分でも感じ、その羞恥も相俟ってますます顔が熱くなる。
それを見た義勇がなまえの体を仰向けにし、その上に覆い被さる。
恥じらう腕をそっと取っては、弱々しく目を潤ませるなまえの目尻を義勇の指の背が撫でた。
「胡蝶には、明日の朝戻すと言った」
義勇のそれは、明日の朝戻すというよりも、明日の朝まで戻れると思うな、と言っているように聞こえた。優しいのか、酷いのか。見下ろされる藍色の目になまえは射止められた。
「やはり今は起きろ。夜、共に眠ればそれでいいだろう」
彼から香る苦味のある、穏やかで渋い香りに包まれ、なまえはそっと目を閉じた。

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