Lonely call
今日はやけに冷える、とそこら辺にあった上着を羽織れば、机の上の携帯が着信メロディである校歌を流しながら光り、雲雀は待受に書かれた名前に少し笑ってから電話に出た。
「もしもし。」
『雲雀さん?』
電話越しから聞こえたのは雲雀の愛しい彼女の声だった。彼女の声の向こう側から「お疲れ様」と聞こえ、彼女も「お疲れ様です」と返していた。バイトが終わったのだろう。(そう言えば、今日はバイトがあると言っていた。)
「バイトが終わったのかい?」
『はいっ。今さっき終わって…今出るところです。』
学校が終わってからすぐにバイトに行ってこんな遅くまで働いていたというのに…、電話越しのなまえの声は少し明るい。雲雀は小さな体でよく動くなまえの姿を思い浮かべ、また小さく笑った。彼女の声を聞くと、ついつい顔が緩んでしまう。
「で、どうしたんだい。」
『…へ?』
こんな遅くに、しかもバイト終わりに彼女が電話をしてくれたのだ。きっと何か要件があるのだろうと雲雀はなまえに言ったが、なまえの声を聞く限り電話向こうの彼女はきっと首を傾げている。
「何か用事でもあったんじゃないの?」
『えっ、…あ、特に用事という用事は…、』
「じゃぁ、なんで電話したの。」
と雲雀が言えばなまえは歯切れ悪く、しかも声のトーンが下がり、「えっと、あの、」を繰り返し、ポツリと言った。駅の改札の機械音が聞こえてくる。
『電車が来るまで、電話の相手をしてもらってもいいですか…?』
「ワオ。僕は暇潰し相手かい?」
『えっ!?あ、ち、違いますっ!そんなつもりじゃ…、』
「わかってるよ。」
慌てた声のなまえに雲雀は優しく目を伏せて、羽織った上着に手を通した。それからバイクの鍵をポケットに入れて玄関に向かう。なまえの声と一緒に、階段を上がる音が聞こえる。
『あの、雲雀さん…。』
「なんだい?」
『雲雀さんは、要件がないと電話とか…して欲しくない人ですか?』
「まぁ、そうだね。」
基本は、そうだ。基本は要件もなしに電話をされたら後日電話をしてきた奴は即咬み殺す。(そもそも僕の番号を知っている奴は少ないけど。)でもキミからの電話なら…、と雲雀が言おうと口を開きかけた時、電話越しのなまえが雲雀よりも先にこう言った。
『じゃぁ、あの、…私が寂しいっていうのが要件……というのは駄目でしょうか…?』
控え目に聞こえてきた声と一緒に電車が通過したのであろう音が聞こえた。雲雀は携帯を肩で挟み、靴を履いてから玄関を開けた。今日はやはり冷える。雲雀は携帯を持ち直してから真っ黒な夜空に浮かぶ真っ白な月を見上げた。
「ねぇなまえ。寂しいっていうのは要件には入らないよ。」
そう雲雀が言えば、電話のなまえが「そう、ですよね…」と言って肩を落としたのがわかった。きっと寂しそうな顔を更に寂しそうにして駅のホームに立っているのだろう。想像しただけでも笑ってしまう。(寂しいという感情だけで、電話をしてくるキミが可愛いくて、)
「だって今から僕がなまえを迎えに行けば寂しくなくなるでしょ。」
『えっ…!?』
「今どこ、何駅?」
『迎えにって、…雲雀さっ』
「寒いから早く言って。咬み殺すよ。」
『えっ!?えっと…!!』
「ていうか今、外にいるんですか雲雀さん!?」と電話から聞こえる声が擽ったくなる程愛しくて、耳だけがやけに温かい。雲雀はなまえの慌てたような、でも少し嬉しそうな声に白い息を漏らして微かに笑った。
「わかった。今から行くから。」
『は、はいっ。』
「いい子で待ってるんだよ。」
そう言って、彼女からの電話を切った。この季節にしては肌寒い風を肌で感じながら、雲雀はバイクに跨がり愛しい彼女のためにバイクを嘶かせた。
今日はやけに冷える。
体よりも心を冷やした彼女を早く温めてあげよう思った。
会いたいに聞こえた。