人類最強のおさなづま二日目(1/4)

家が本格的に傾き始めたのは、わりと最近だ。弟が生まれる前までは貧乏ながらもそれなりに普通に暮らせていたし、ノブレスオブリージュとは言わないが慈善活動もしていた。巨人に親を喰われた孤児に下がりの服を与えたり、菓子を焼いて配ったり、細々と貴族の義務とやらを果たしていた。しかしそれが、弟という跡取りが生まれた我が家に追い打ちをかけた。他人の面倒などとうに見ることができない程家は圧迫していたのに、貴族であろうとする誇りが慈善活動を続けさせ、生まれた長男を立派な跡継ぎにするという愛情が惜しみなく弟に注がれ、私は結婚することとなった。
全ては家のため。
お前は家のために生きるのだと、母に教わった。


「………ん、」


誰だろう。
誰かが私の頭を撫でている。懐かしい、気持ちいい、もっと、このままで。最後に頭を撫でてもらったのはいくつの頃だろう。私の親は滅多に人を褒めないし、甘やかさない。もちろん自分の子供に対しても。だから、最後に親に頭を撫でられたのはもう随分と昔の事だ。いくつの頃に撫でられたかもあやふやなくらいで。
―ああ、でも。
親ではないけれど、幼い私の頭を撫でてくれた人がいた。


(誰だっけ……)


思い出そうとしても、頭に靄がかかり上手く思い出せない。そもそも、記憶が幼い頃だからか、あまりはっきりと思い出せない。しかもまだ起きたくないという眠たさも手伝って、頭がまだ覚醒してくれない………。
そう、朝日が瞼裏を眩しくさせても、まだ起きたくなくて。


「おはよう。」

「………………おはようございます。」


目にかかる朝日の強さがいつもと違う。どうしてだ。
うっすら瞼を持ち上げると、その原因がわかる。一度瞬きをすれば今までから昨日のことが一気に押し寄せ、いっそフライパンか何かで頭を打ちつけたいと強く願った。


「す、すす、すみません…。」

「いや。」


くあ、と猫のように大きく欠伸した目の前の人と、私の距離が近い。寝る前は絶対人一人分は空けて寝ようと意識していたはずなのに、こうも距離が縮まっている。…いや、撫でられる手が気持ち良くてつい寄り添ってしまった記憶がなくもない。
…そもそも、私は彼に撫でられて、いた…?


「あ、あの……」

「なんだ。」

「…いえ、やっぱりなんでもありません。」


寝起きの人類最強(至近距離)の迫力は凄まじかった。目が、怖い。まだ寝ていたいと思っていた頭が急速に冴えた。
ああ…、彼にぴったりと添ったまま起きたことにショックだが、それよりも旦那様よりも後に目を覚ましてしまった自分にショックだ。


「も、申し訳ありません…、す、すぐ朝食の支度をして参ります。」


未だベッドに横になりながらも、ずりすり体を後退させる。とにかく距離を取ろう。


「いや、まだ早いだろう。昨日は遅かったし、まだ少し寝ていても平気だ。」

「いえ…いえ…。」


遅くまで仕事をなさっていた夫よりも遅くに目を覚まし、あまつさえ二度寝をかますなどとても…新妻のすることではない。しかもあの、人類最強のリヴァイ兵士長の手前で。

そう、そうだ。

私は昨日から、人類最強のリヴァイ兵長の妻として、新生活を迎えている。

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