マカロン

「なまえー、お菓子、いる?」


グレンの従者である小百合が菓子を焼いたので、よければと数個頂くことになった。皆で食べるようにと作ったはいいが作り過ぎたらしく、小百合から余った分を深夜が貰い受けた。義妹であるなまえは甘いものが大好きだ。こんな時代、あまり贅沢は言っていられないが、甘いものを目にしたなまえはもうそれが大好きでたまらないとばかりに目を輝かせるものだから、深夜は甘いお菓子を見付けたり手にする機会があればすぐさま彼女にあげていた。今日もそんなこんなで、なまえの元へと顔を覗かせた深夜だが、深夜の狙い通り(?)彼女は『お菓子』という単語に目をきらきらと輝かせた。


「お菓子、ですか…?」


なんて、落ち着いた声と反応は教養ある柊家のお嬢様らしいものだが、深夜の手にあるハンカチに包まれたお菓子に目が釘付けになっている。まるでおやつを前にしたお利口な仔犬のような彼女の仕草が、深夜は好きで好きで仕方が無かった。ゆえに甘い物イコールなまえの図式が上がっていて、見付けたらすぐに彼女のことを思い出す。


「そ。作り過ぎたみたいでもらってきた。食べるでしょ?」

「え…ええと…、」

「確か、マカロンって言ったかな。」

「まかろん…っ!」


今度は我慢も抑えもなく、目も表情も輝かせたなまえに深夜はにっこりと微笑んだ。深夜は室内のソファにゆったりと腰掛け、自分の膝をぽんぽんと二回叩く。それになまえは何の合図だと首を傾げるが、再度深夜が膝を叩くと、深夜が何を促しているのかわかって慌てて首を振った。


「や、す、座りませんよ!?」

「えぇ〜。昔は僕の膝に座ってたじゃない。」

「いつの話をされてるんです!いつの…!」

「座らないと、これあげないよ?」


ぎくりとなまえの細い肩が揺れる。どうやらよほどこのお菓子に興味関心があるようだ。深夜の横でまだ躊躇いがちにしているなまえの手を深夜はさっさと取り、引き寄せてなまえを自分の膝上に座らせた。無理矢理に近いような座らせ方だったが、座らせてしまえばこちらのものだ。なまえは眦を強く上げて深夜を見上げるが、にっこりと微笑む深夜に何を言っても無駄だと経験上わかっているのか、渋々大人しく座り直した。「重くないですか?重いですよね?」「いいや全然〜。」というお決まりの会話も添えて。


「さて、食べよっか。」

「うう〜…」


まだ不満そうに唸っているなまえだったが、なまえの膝の上でハンカチの包みを開くと、その声は嬉しそうな声に変わった。


「わぁ…!本当にマカロン…!すごい!小百合様ですか?」

「うん。すごいよね〜これ作れちゃうなんて。」


パステルカラーの色合いが可愛らしいお菓子だった。クリームを膨らんだクッキーのようなもので挟んだ丸い形をしていて、それになまえは今までにないくらい目を輝かせていた。少し興奮気味ななまえの姿に、後で小百合にお礼を言おうと深夜は心に決めた。
深夜はその一つを手に取り、なまえの口元まで持っていく。
そう、深夜はこれがしたかったのだ。


「はい、あ〜ん。」

「…………すると、お思いで…?」

「あー駄目ダメ。僕の手からじゃないと、食べさせないよ?」

「あっ、おにい、さまっ!」


低く、呆れたような諦めているような声でなまえは言った。深夜の「あ〜ん」を無視し、深夜の手(いつの間にか手袋を外されていた)からマカロンを取ろうとしたなまえだが、取ろうとしたところで深夜の腕がその両手を塞ぐ。抑えるようにしてなまえの両手をお腹あたりに押し付ける。すぐに批難めいた視線を向けるなまえだが、あいにく彼女の睨みなど深夜には可愛いものだ。むしろ悔しそうにこちらを見るなまえなんて逆にずっと眺めていたくらいだ。


「はい、あ〜ん。」

「〜〜〜っ」


再度、深夜がなまえの口元にそれを持っていく。なまえは「う〜」だの「あ〜」だの繰り返していたが、きゅっと両目を強く瞑って覚悟を決めたように見開いた。
そして、おそるおそる小さな口を開いて、はむっと深夜の手からマカロンを食した。


(…一口小さいな。可愛い。)


(行儀を気にしなくていいのなら)深夜だったら一口でいってしまいそうな菓子をなまえは半分ほど残して食べた。そんな些細なことに愛らしいと目を細めている深夜だが、マカロンを食したなまえはこくりと小さく喉を鳴らした後、ほう、と溜息をついた。


「…美味しかった?」

「く、口の中で溶けてしまいました…。」


とても、美味しかったです。と深夜の膝上で深夜に食べさせてもらったことなど忘れたかのようになまえはマカロンの美味しさに浸っていた。さっくりとした見た目とは違い、雪解けのような食感のようだったと彼女は言った。


「ほら、もう半分残ってるよ?」

「はい。いただきます。」


余程美味しかったのか素直に残り半分を食したなまえの姿を深夜は満足そうに眺めていた。マカロンを食していないので小百合の作ったマカロンがどんな味なのかはわからないが、なまえの幸せそうな反応で十分食した気分になれる。もう一個食べさせようとマカロンに手を付けようとした深夜だが、自分の手のひらにマカロンの欠片がついているのが目に入った。同じくなまえもそれが目に入ったようで、互いに目が合って、先に反応したのはもちろん深夜の方だった。


「…食べる?」

「………………、」

「…っ!」


なんて冗談半分で言ったのだが、なんとなまえは深夜の手のひらに(詳しくは手のひらについた欠片)に口付けていた。思いがけない展開に深夜は声をあげそうになったが、ここで声をあげるとせっかくのなまえからの口付けという嬉しい状況を逃がしてしまう、と懸命に堪えた。
ちゅ、と僅かに触れるなまえの柔らかい唇に、深夜は柄にもなく胸を高鳴らせていた。菓子を食べるにも躊躇うような控え目な性格の彼女が、深夜の手についた食べかすを口付けるように一つ一つ取っていく。小さな舌の感触が、深夜の手に残る。伏し目がちに欠片を吸い付き、口付け取っていくなまえの姿に深夜は下肢がぞくぞくとするのを感じていた。
いいのだろうか、なんて自分からさせたことに背徳を感じつつも、深夜はこわごわとなまえの唇に自分の指をあててみた。すると濡れた瞳のなまえが深夜を一瞥した後、ちゅ、と指先に口付けていく。
彼女は、欠片を取っているだけで、他意はない。決してない。絶対に。絶対に。と自分を戒める深夜だが、指先までも舐めるなまえに待ったがかけられない。


(やばい、それは、すごく、えっちだよなまえ…。)


思わずなまえの両手を抑える手に力がこもる。なまえの柔らかい唇、小さな舌、伏し目がちで濡れた瞳に目が離せない。
溜息なのか、それとも喘ぎなのか自分でもよくわかない吐息が深夜から出る。


「ごめん、なまえ…。あの、勃った。」

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