海老名サービスエリア
そこら辺で拾ったグラビア雑誌を広げながら、五士は良い天気ですねとばかりに言った。
「なまえ様は水着とかそういうの、お召しにならないんですか?」
言った瞬間、貴族殲滅作戦の集合場所である海老名サービスエリアに鈍い音が響き渡った。
「っっっ〜〜〜〜!!!!」
五士は今しがた殴られた頭を両手で抑えながら声にならぬ叫び声を上げた。先程まで両手にあったグラビア雑誌がばさりと地に落ち、その雑誌を美十が豊かな赤毛のポニーテールを揺らしながら踏み潰した。
「誰に!何を!言っているんです!!」
何を言われたのか理解していないのだろう、ほわわんと微笑むなまえを背に隠し、美十は五士の頭を殴った拳をわなわなと震わせ叫んだ。ついでにその横でそのやりとりを見ていた小百合と時雨も信じられないものを見るような、呆れたような目を向けていた。
「いや…なまえ様だって…、年頃の、女の子だし…水着くらい、着てみたいんじゃないかって、」
「まだ言うか!」
鐘をついたような激しい痛みに耐えながら続ける五士に美十は吠えたが、その後ろでなまえが小さな手をぱちりと叩いた。
「水着、いいですね。一度は着てみたいです!」
「おお!まじですか!」
「ごーしー。お前、死ぬ気かぁ?」
それを後ろ目で見ていたグレンが口を開く。細められた目は明らかに彼女に纏わる「何か」を訴えていて、五士は小さく笑う。
「いーや。俺まだ死にたくはないから、見るならもちろんこっそり、だけど。」
「アイツがこっそりも許すと思うか?」
「ま、無理だろうな。」
彼を差し置いて彼女の水着姿を見るなんて手の込んだ自殺行為の何物でもない。
そう苦笑していると、サービスエリア入口から真っ赤なスーパーカーが入ってきた。それを見た瞬間、なまえは美十の背中に引っ付くようにして慌てて身を隠した。その車はエンジン音を響かせながらグレンの前に駐車し、ガルウィングドアを肩翼だけ広げた。
「おへろー」
出てきたのは、食パンを口に突っ込みながら手を振る、噂の柊深夜少将だった。パンをくわえながらの登場はなかなかに間の抜けた登場だったが、見た目が良い分、それが霞む程度には似合っている。五士がスーパーカーに目を輝かせながら駆け付ける。
「深夜様!その車なんですか?」
「放置されてたから乗り換えちゃった。イカすでしょう?」
「頭の悪そうなお前によく似合ってるよ。それより何しにきた?」
グレンは笑みを浮かべながらも鋭く言うと、深夜はくわえていた食パンを片手に肩を竦めてみせた。
「暮人兄さんから聞いたよ?キミ達完全に捨て駒じゃないの。たった100人で吸血鬼の貴族殺してまわるとか、正気の沙汰じゃないよ。」
「……………。」
「だから、まぁ、頭の悪い僕も手伝ってあげようかなってね。はい、ありがとうは?」
にっこりと深夜は笑い、グレンに何かを促す様に手を差し出した。向けられた手にグレンはヘッと小さく笑った。
「…うるせぇよ。」
そう言って深夜に踵を返し、美十へと歩み寄る。いや、正確にはその後ろに隠れているなまえに、だ。身を隠すように体を縮めているなまえは見下ろされるグレンの視線に小動物よろしく肩をびくつかせたが、こればかりは仕方がない。諦めろ、とばかりに苦笑してなまえの手を取った。
「テメーの目的の九割はこっちだろうが。」
「きゃっ…」
なまえを引き摺り出し、片腕を広げたままの深夜へと放り投げる。深夜はいきなり放り投げられたなまえの小さな体を落とすことなく胸で抱き止め、逃がさないとばかりになまえを背中から抱き締めた。
「…掴まえた。」
「し、しんや、おにいさま…」
低く、耳元に這わされた深夜の唇になまえはびくりと体を震わせた。
「僕の呪術を解いてまで脱走するなんて、」
―悪い子だね。
カリ、となまえの耳に小さく歯を立てた。
一瞬にも満たない動作だったから、きっと美十達には優しい兄が大事な妹を保護して強く抱き締めたくらいにしか見えなかっただろう。
しかし、二人だけにしか聞こえない遣り取りを、グレンは唇の動きだけで読み取った。それに気付いた深夜が蒼の瞳をほの暗く輝かせてグレンに微笑む。その笑みに、正気の沙汰じゃないのはお前もだ、と心の中で返した。