エルド・ジン独白

俺は、あの方達を見るのが好きだった。それは戦闘面においても、普段の業務面においてもだ。早くなまえ補佐を内地送りにしたいリヴァイ兵長に、そんな兵長を補佐したくてお守りしたくてそこだけは断固として譲らないなまえ補佐。一見、ちぐはぐな二人の想いは、傍から見ると互いを「守りたいだけ」の同じ想いだ。そんな二人を見守るのが、俺は好きだった。多分、俺だけじゃなくて、リヴァイ班全員、好きだったと思う。


エルド・ジン独白


いつもの時間よりも早く大学に着いた。次の講義まで時間があるから、ラウンジで携帯でも弄ってようと向かうと、そこにはあの方がいた。


「兵長」


声を掛けると、紙カップをあの持ち方で飲んでる兵長がゆっくりと振り返って「エルドか」と短く呟いた。兵長も次の講義待ちだろうか。意外と几帳面な方だから時間前に来てくつろいでたり、そんなところだろう。


「隣いいですか。」

「ああ」


たまたま人が居ないのか、それとも兵長がいるからたまたま居ないのか。ラウンジには俺と兵長の二人だけだった。


「で、どうですか。塩梅は。」

「なんのだ?」

「なまえ補佐のことですよ。」

「あぁ…。特に何もねぇよ。」


つい、と紙カップを仰いだ兵長の横顔は、いつ見ても兵長のもので、こんな人が今では同じ大学生をやっているなんて、やはり到底思えない。
だからこそ、昔と今の兵長を一緒に考えてしまって、何故か寂しく思ってしまう。この方の隣に、あの人が居なくて。
俺らはあの時代から生まれ変わった。生まれ変わって、この時代に生きている。何の意味があってかわからないが、前世の記憶を引き摺って。


「兵長は、辛くないですか…?なまえ補佐のこと。」

「あ?できるなら今すぐあいつブチ犯してぇよ。」

「あ、そっちですか…。」

「なんだ違うのか。」

「違いますよ。ペトラにど突かれる。」

「違いねェ。」


俺は精神面とかメンタル的な事を聞いたつもりだったんですけど。
昔の彼と彼女の間柄なら肉体的ストレスも精神的ストレスも一体だったかもしれない。でも今は、兵長一人だけがそれを抱えている。全部。
今年、俺らは兵長となまえ補佐に出会えた。兵長は大学の先輩として、なまえ補佐は同学年として。二人とも変わらずだった。すぐあの人達だとわかった。でも、何故か。


「なんで、なまえ補佐だけ記憶無いんでしょうね。」

「さぁな。頭から食われたからじゃねぇか?まぁ、記憶ないやつなんてごろごろいる。なまえだけじゃない。だいたい、生まれる前の記憶持ってる俺らの方が稀だろう。」

「そうですけど…。その前に、なまえ補佐、頭から食われたんですか。」

「ああ。」


確かに、世界の中で生前の記憶を持って生まれてるやつなんて稀だ。俺だって、自分の前世の記憶持ってるなんて気味悪すぎてグンタに会うまで誰にも言えなかった。でもここに来たら、皆に会えて、皆と共有することができて、本当の再会をすることができた。
だからこそ、彼女だけ記憶が無かったことに寂しさを感じた。まるであとワンピース足りないパズルのように。
貴女はそこに居て欲しいのに。あって欲しいのに。
リヴァイ兵長の、隣に。


「なんか…意味があるんだろ。アイツに記憶がないことに。」

「…はぁ。」

「それに、思い出して『良い思い出』なんかねぇしな。」


それは…、どうだろう。
確かに壁に囲まれ、巨人にいつ喰われるか、いつ殺られるかわからん日々を過ごしてきた日々は決していいものではない。でも、俺らの記憶はそれだけじゃないはずだ。
だからこそ、ここで再会できたことは、俺にとって特別なものだった。


「随分、らしくないことを仰いますね。」

「そうか。」

「ええ、随分、弱気な台詞に聞こえます。」

「ほう」


兵長の言葉に、ちょっと、ビビる。
でも、と俺は兵長の方へちょっと向いて座り直す。


「そんな事、昔のなまえ補佐に言ったらグーパンされますよ。」


『良い思い出』なんかない。なんて、きっと、いや絶対、昔のなまえ補佐が聞いたら兵長にでもグーで殴ってきそうだ。「そんなことないです!そんなこと!」って、ちょっと泣きそうな顔で言うんです。ほら、兵長。想像できますでしょう?
そう、兵長に言った。


「エルドよ、」


すると、兵長の目がスッと細くなって、今度こそ俺の背がぞっとした。


「随分、アレに対して知った口をきく。」

「ッ!!あ、い、いや、べべべべ別に、そういうわけじゃっ、」


やばい!なんか変な地雷踏んだ…!
そう慌てて弁解するも、なかなかいい弁解が見付からない。いや、見付かってもあまり意味はない。何故なら、兵長はなまえ補佐のことになると…!
思わず椅子から腰を浮かしていつでも逃げられる準備をしたが、かつん、と紙コップを置いた兵長の口元が、僅かに上がる。


「冗談だ。」


講義、終わったみたいだな。と兵長が言うと、講義室から講義が終わった学生がわらわらと出てきた。兵長はカップをゴミ箱に捨て、鞄を肩にかけて俺に踵を返した。


(じょ、冗談って…、)


ああ、心臓に悪い。
まったく心臓に悪い。
冗談なら冗談だって、彼を諌める人が居ないとそれが冗談なのか気付きにくいです、兵長。


(はぁ…、早く記憶取り戻してくれねぇかな、なまえさん…。)

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