香水
最近、自分がひどく動物的な感じがして妙な気分になる。ああ、また見付けてしまった。そしてそのことに項垂れる。でもどうしても見付けて、追ってしまう。
はい、今日もすぐ見付けることができました。
「リヴァイ、兵長…」
リヴァイ兵長。兵長。
すっかり自分もその呼び名に馴染んでしまった。と言っても実際に彼をそう呼んだのは不可抗力で一回だけなのだけど。
大学の門をくぐって校舎内に入るまでの桜並木の下で先輩が歩いているのを見掛けた。断じて探して見付けたわけじゃない。ちゃんと電車乗って大学に着いて校舎内に入ろうとしたところをたまたま見つけたのだ。探してなどいない。……のに、どうしてこの眼はすぐ彼を見付けることができるのだろう。私は小さく嘆息して、(いつも遠目で見付けてしまうのであれだったが)せっかくなのでリヴァイさんに声をかけた。
「先輩。」
ゆっくりと振り返ったリヴァイさんに「こんにちわ」と笑いかける。
せっかく足を止めてくれたリヴァイさんの元へと駆け寄ると、ふわり、いい匂いが鼻を擽った。
(あ……)
いい匂い。
香水の香り。
そう鼻をすんと鳴らせば、リヴァイさんの横に立つとさらに匂った。
もしかして、リヴァイ先輩から…?
「……先輩、何かつけてます?」
「なんだ?」
「あの、香水、とか。」
「…ああ。今日はな。」
くん、と自分の手首を嗅いで「臭いか?」と言った先輩に慌てて首を振る。全然、全然臭くないです。むしろいい匂いっていうか、大人っぽくて、品があって、高そうで、でも嫌味な感じはしなくて、お洒落。なんて言えばいいかなぁ。高貴な感じ?うーん。
「兵長先輩って、お洒落ですよね。」
「…別に洒落こんだことしてないがな。っていうか、なんだ、その兵長先輩って。」
「みんなリヴァイ先輩のこと兵長って呼んでるんで。私もならってみました。」
「普通に呼べ。」
「兵長?」
「違うそっちじゃない。」
そう眉を寄せるリヴァイ先輩こと兵長先輩にくすっと笑ってみせる。よく見ると、リヴァイさんは色んな人に兵長って呼ばれていた。1年からも、先輩と同い年の先輩からも、先輩の先輩からも。変なの。みんな兵長って呼んでる(もちろん私みたいに「なんであの人兵長って呼ばれてるの?」って顔をしている人達もいるけど)。一度兵長と口にしてみるとなかなか口馴染みのある発音だった。でも私からするとリヴァイさんは大学で知り合った先輩なので、さっきは兵長にプラス先輩をつけてみた。結果は…、目の前の"兵長先輩"のしかめっ面を見ればわかる。
「香水、すごくいい匂いですね。」
「もらいもんだ。」
「あ、もしかして彼女さんですか?」
「………」
香りもののプレゼントなんて難しいもの、すっごく親しい人か彼女さんからだろう。そう頭の中で簡単にチンッと出せば、一緒に歩き出したリヴァイさんがすごい「はぁ?」みたいな顔で睨んできた(ひ、ひぃっ)。
「え、ち、違い、ます?」
「違う。」
あ、いま、すごい忌々しい感じで返された。しかも結構食い気味に。
「ハンジからだ。」
「は、はんじ…さん?」
「…まだ、会ってないのか?」
「ど、どなたの事でしょうか…」
まるで、え、知らないの?みたいに言われたけど、ハンジさん、という名に心当たりはなかった。ハンジさん、ハンジさん、そう口に出してみるけど、会ったこともない人の名前を聞いてもわかるわけがなく。
「先輩の友達ですか?」
「知らないなら、いい。」
(…あ……また……。)
ふいっとそらされた顔はここ最近よく見る顔だった。なんか、期待してたものを私が裏切っちゃったみたいな、残念そうな、悲しそうな顔。よく、ペトラが私にする顔。そして、兵長先輩と会って、何回か見る顔。………って、何で数回しか会ったことないのに兵長先輩が残念だの悲しいだの私がわかるんだ?(しかも兵長先輩表情乏しそうだし)
でもここ最近、私に対してよく見掛ける顔だ。
「………」
「………」
会話が、止まった。
いや、止まらざるをえない。(だって私ハンジさんなんて人知らないもん)(そこからどうやって会話を広げろと。)校舎までの道のりはまだちょっとある。大学の広い敷地をちょっと恨む。この数秒、この数分ちょっと気まずいじゃないか。
何か、何か会話を、とぐるぐる頭を回転させていた時。
ふわり、
再度リヴァイさんの香水が香った。…ああ、本当に品のいい香りだ。
「この香り、いいですね。」
「?」
「先輩の香水。この香り、私好きです。大人っぽくて、品があって、高そうで、でも嫌味な感じはしなくて。」
「そこまで考えてつけてない」
「私の勝手なイメージです。ああそれと、なんかすごく潔癖な感じがします。」
清潔感、とはまた違うような。
ちょっと神経質っぽいなぁって感じ。
「…おい。」
「はい?」
「お前、男いるのか。」
「は……?」
「いるのか、いないのか。」
「え…?え?」
「早くしろ。」
「…い、いいえ…!」
目を細めた先輩に慌てて首を振る。
い、いません。お、男、彼氏なんて素敵な存在いません!居たらいいなぁとは思いますけどなかなかいい縁がありませんでして、友達には理想が高いんじゃないとか言われますけど別にそういうわけじゃないです。なんか、こう、ピンとくる方と会わないというか、この人じゃないっていうか。
「そうか。」
「…先輩?」
一人落ち着いたように先輩が足を止めて、ど、どうしました?校舎もう目の前ですけど…と首を傾げた時だった。
先輩が私の腕を掴んで、傾げた首に手首の裏側を、擦り付けた。
「は………」
「どうだ。」
「え?」
「匂い。するか?」
「あ……は、……はい」
一体、何をされたのかと。
擦られた首を手でおさえると、そこからほんの微かに兵長先輩の香り、…じゃない香水が香った。そしてそれで、どうして先輩が私に男いるかなんて聞いたのか理解する。(…私がいい匂いって言ったから、匂い、分けてくれたのか。)
「ありがとう、ございます…?」
それにしても、随分な分け方だ。初めてですよこんな事されたの(あ、別に嫌ってわけじゃないですよ)。
兵長先輩は何事も無かったかのようにすたすたまた行っちゃうし。…なんていうか、結構思い切ったことする人なんだなって思いました。まる。
でもなんか、先輩の背中がちょっと機嫌良さそうに見えるのは気のせい、かなぁ。(っていうか、またなんで機嫌良さそうとかわかるんだろう私…。)
香水
「兵長の匂い!」
「え!?よく気付いたねペトラ!」
「兵長の香り!」
(オルオ君まで!?)
遠くの席で立ったオルオ君(ペトラは「オルオに君なんて付けなくていいです」って言ってた)に驚きながらも、隣で私のことを「どういうことねぇどういうことなの」と詰め寄るペトラに校門先で兵長先輩に会ったことを教える。それと、香水をね、こう、手首で擦ってつけてくれたんだよ、ちょっとびっくりした、という話をしたらペトラは頬を赤らめて両手を口で塞いだ(その瞬間何か変な奇声がペトラからもれたのは目を瞑っておく)。
「ペ、ペトラ……?」
「う、ううん何でもない!何でもないよ良かったね!(ああ兵長!兵長兵長兵長!!)」