ペトラと時間割り
高校の友人が誰も受験しない大学に一人受かった。何故か、と言われると実に答えにくい。受けたい大学にたまたま誰も受験しなかったという話だ。志望理由もあやふやで、オープンキャンパス行った時にすぐ思ったのだ。「あ、来年私この大学にいるな」って。だから面接の模範解答のような何何がしたい、何何を目指すためにはこの大学の教育スタイルうんたらかんたらとか無くって、ただ純粋に、この大学に何となく行きたいと思ったからです、だ。
「なまえ!」
「ペトラ、おはよう。」
「おはよう。」
そんな一人だけの大学で友達できるかなぁと多少の不安があったものの、大学入ってすぐ友達はできた。
同じ学科の、ペトラだ。
「なまえ時間割りできた?」
「まだー。なんかシラバスとかよくわかんなくって。」
「ねー。高校の時みたいに勝手に作ってくれて構わないのに。」
「あはは、そうだねー。」
ペトラとは、大学入学してすぐのオリエンテーションで出会った。たまたま私の隣に座ったのがペトラで、挨拶程度に「初めまして、よろしくね」って言えばペトラはすっごくびっくりしていた。後で聞いたら急に声掛けられたからびっくりしちゃったそうで(別にそんな急に話し掛けたつもりはなかったんだけどね)。
「ねぇなまえ、少し時間ある?」
「ん?あるけどどうして?」
「時間割りとか、知り合いの先輩がいるからアドバイスもらいに行こうと思ってるんだけど。……一緒に来ない?」
「アドバイス、かぁ…、もらえたら嬉しいけど、私居てもいいの?」
「もちろん!むしろ来て欲しいくらいです!」
両手をぱちんと叩いてペトラは嬉しそうに声をあげた。もしかして、知り合いの先輩を紹介したいのかな…なんて思いつつ、ペトラの何気なく出てきた敬語に苦笑する。
たまに、ペトラは私に対して敬語を使う。同じ学年だし同い年だからタメ語でいいよって言っているのに、たまぁに敬語が出てくる。何故だろう。敬語キャラってわけでも、私にまだ慣れてないってわけでもないのに、ごくたまぁに、出てくる。
「図書館で待ち合わせしてるの。行こう!」
「う、うん…?」
さぁ早く行こう!とペトラはぐいぐいと図書館の方へと進み、私はその後ろをついて行った。
随分、慕っている先輩なんだなぁと思いつつ、どんな先輩なんだろうと期待に胸を膨らました。だって高校の知り合い一人も居ないし、過去にこの大学に受験した先輩とか結構前の話だったから、上下の関係(下、はまだか)ってまったくないんだもん。大学内に先輩がいるってなんだか頼もしいなぁ。
なんて、図書館にいるペトラの先輩と初対面を迎えることとなったのだけど………。
「紹介するね、私の先輩の、リヴァイ兵…先輩!」
「え…?」
その時、ペトラは確かに何かを言いかけた(…へい…?)。だけど私はそれよりも、紹介されたリヴァイ先輩とやらに目を丸くしたし、紹介されたリヴァイ先輩も目を丸くしていた。
「ペトラ…」
そう肩を落とすような声で言ったリヴァイ先輩とやらに、私は見覚えがあった。
あれは大学入学式の、門の向こうにある桜並木の下。入学式用の真新しいスーツに身を包み、視界いっぱいに広がる桜、桜、桜、桜に目を奪われていた時のことだった。
『久しぶりだな。』
確かに、彼はそう言った。
見覚えのない彼に私は最終的に「人間違いでは…?」と言い、彼も「そうだな」と返してすたすた行ってしまったのだ。まるで桜のような強烈な印象、しかし去り際が早い。でもまぁ、もう会うことはあっても会話はしないだろうと思っていたのだけど、まさかの再会である。
「…兵長、もしかしてもうお会いしてました?」
「まぁな。」
「あ、あの時は、どうも…」
「ああ。」
…なんか、またひょんな出会い方をしてしまったものだ。もう会わないだろうと思ったけれど…。彼とは何か縁があるようだ。互いに微妙な空気を醸しつつ、しかしせっかく紹介してくれたペトラに気まずい感じは見せたくない。
「えーっと、高校の先輩?とか…?」
「あ、えっと…、同じ高校ってわけじゃないんだけど…その、」
「ただの顔馴染みだ。」
「…はぁ……。」
高校の先輩ってわけでもないけど、先輩、なんだ。(あ、バイトとかかなぁ)
「で、ペトラ。時間割りを見るんだろ。」
「あ、そうなんです兵長!」
へいちょう…?
ちょっと待ってペトラ。へいちょうって何…?兵、長…?ん?違う?
ペトラさん、さっきリヴァイさんの事なんて呼んだんです?というかなんて呼んでるの?(後で絶対聞こう…)と思いつつ、取りあえず席について本来の目的である時間割り作成に勤しむ。シラバスと時間割り表を広げながら、向かい席にリヴァイ…先輩が座った。背もたれに片腕を預けるようにして座るリヴァイさんは、なんか威圧的だ。(ていうかこの人ちょっと怖いよね。)
「兵長は時間割りってどう組んでるんですか?」
「(また兵長言った)……。」
「興味ある講義と必須を適当にだな。まぁ、1年は必須を先にぶち込んで後は空いた時間に選択を入れていけ。」
「はい。」
「1年は1限から4限までぶっ通しで眠いが、2年になればまぁまぁ休めるようになる。必須は1年の内に取っとけ。」
「了解です。」
リヴァイさんの言うことにこくこくと頷き、メモしていくペトラは本当にリヴァイさんを慕っているのがよくわかる。私もそれにならってメモするんだけど、なんか少し意外だった。見た目に反して、このリヴァイ先輩は面倒見が良さそうだ。まぁ、ペトラが紹介したいっていう人なんだからいい人に違いないのはわかっていたけど。
「…どうした。」
思わずじっと見詰めていると、それに気付いたリヴァイさんが私を見返して慌てて手を振った。
「あ、い、いいえ。」
「言いたいことがあるなら言え。」
「特にないです、はい。」
いやでもやっぱり怖い。
リヴァイさんの目力にやられて(さんぱくがん…!)視線を下に下げると、入れ替わるようにペトラが顔を上げた。
「兵長。」
「なんだ。」
「オルオと、エルドとグンタも一緒です。みんな、覚えてます。」
「………」
一体何のことだろう…。
と、ちろり顔を上げると、ペトラはどこか嬉しそうに、リヴァイさんはほんの少しの間目を見開いた後、「…そうか」と小さく呟いた。
その間だけ、どこかリヴァイさんの雰囲気が柔らかくなったような気がした。………けど、ほぼ初対面なのにどうして彼の雰囲気どうこうがわかるんだ私…?とも首を傾げたくなった。
「…飲み物買ってきてやる。ペトラ、何がいい。」
結局、その後なんだかんだ作った時間割りをリヴァイさんが見てくれることとなって、私達は先輩のアドバイスを聞きながらコマを入れていった。
「そ、そんな、兵長にそんなこと…!私が行きます!」
「いいから時間割り作ってろ。で、何だ。」
「も、申し訳ありません…!あの、ミルクティーで。」
「わかった。お前は、なまえ。」
「……え?」
飲み物を奢ってくれるらしいリヴァイさんの言葉に、思わず呆けた声を出してしまった。
「早くしろ。」
「あ、わ、私もペトラと同じものを…。」
「わかった。」
そう言ってリヴァイへいちょ…(…うつった。確実にペトラのうつった。)先輩は自販機の方へと向かって行った。ペトラはその後ろ姿に「申し訳にないああどうしよう兵長に飲み物を頂くなんてどうしよう」と頭を抱えていたけど、私はそんなペトラを気にかけない程に驚いていた。
また、だ………
(私、名前教えたっけ……?)
ペトラと時間割り
不思議な気分だった。
名前を教えてもないのに(ペトラから聞いたかもしれないけど)先輩から名前を呼ばれて、何だか胸がすごくふわふわした。