兵長先輩

視界いっぱいの桜の空の下、私と兵長先輩は出会った。


「なまえ」


『ここ』に来てまだ私の名前は誰にも告げていないのに、彼は、兵長先輩は私の後ろ姿から声をかけてきた。
三白眼の、目が合ったら絶対避けて通り過ぎようと思うくらいの怖そうなオーラに後ろを刈り上げた頭。背は高くない。けど何処か見上げてしまう雰囲気を持つその人は、振り返った私を見ると少し嬉しそうに目を細めた………ような気がした。


「久しぶりだな。」


その久しぶりという言葉に妙な含みがあったのは、その時の私は気付けなかった。だから思わず「…どなたです?」とはその人の(怖そうな)オーラに負けて言えずに。


「あ、あの……?」


どうか察してくれと疑問符をつけて声をなんとか出せば、その人はきょとりと首を傾げた。


「記憶がないのか…?」


なんて言われても、残念ながら私貴方と出会ったことないですよね。と心の中で返したけど、その時の兵長先輩は「あれか…頭から食われたからか…?」とぶつぶつ言っていた。


兵長先輩


兵長先輩と出会ったのはそんな感じだ。今はまぁ、仲良くしてもらっていて、二度目の接点を作ってくれたのは同じ学科のペトラという女の子がきっかけだ。大学に入学してすぐのオリエンテーションの時、私の隣に座ったのがペトラだった。初めまして、と声を掛けた時ペトラはすごくびっくりしていたけど(その時は気が小さい子なのかと思ったけど仲良くなるとそうでもない)今は講義とお昼をいつも一緒にいるくらい仲がいい。で、そんなペトラの知り合いの先輩が、兵長先輩だった。


「よぉ」

「あ、兵長先輩。」


講義が終わってのお昼。昼休みでごった返す食堂の券売機の列で兵長先輩に会い、先輩は私の言葉に眉を寄せた。(その表情に最初は激おこぷんぷん丸や…!って震えてたけどペトラいわく、常にあんな感じだそうだ。)


「その兵長先輩ってどうにかならねぇのか。」

「あー、すみません。ペトラがリヴァイさんのこと兵長兵長って言うんで、私の頭の中でリヴァイさんは兵長先輩です、すみません。」

「別に謝罪が聞きたいわけじゃねぇよ。名前でいいだろ。」

「ペトラがリヴァイさんのことリヴァイ先輩って言うようになったら私もそう言います。」

「……ペトラはどうした。」

「ペトラは学生課寄ってから来るそうです。」


リヴァイさんこと、兵長先輩。
ペトラはどうしてか、リヴァイさんのことを兵長って呼ぶ。同じ学科のオルオも、エルドもグンタも兵長先輩のことを兵長って呼ぶ。この3人は元々兵長先輩と顔馴染み(同じ高校の先輩、というわけでもないらしい)らしく最初から兵長兵長って呼んでいた。ので、私も兵長って呼ぶことにしたけど別に顔馴染みなわけでもないので、一応遠慮して、兵長、先輩。


「というか、兵長先輩は何で兵長何ですか?」

「…ペトラはなんて言ってた。」

「笑って誤魔化されました。」

「なら俺も笑って誤魔化そう。」

「兵長先輩って笑えるんです…!?」

「バカ言え、俺は元々……おい、順番だ。」


元々…!元々なんです!その顔で笑うとでも続けようとしたのですか…!と食い気味に聞こうと思ったけど、いつの間にか食券の券売機が目の前に来ていた。


「あ、わっ、どうしよう…今日のランチ全然見てなかった…、な、何ありましたか?」


兵長先輩と話していたら、すっかり待機列前にあるメニュー表を確認するのを忘れてしまった。これじゃAランチ、Bランチ、Cランチが何が何でわからない!ついでに今日の麺ものもわからないし!この、券売機めっ!妙なレトロ感出しちゃって!メニュー表示くらい出る券売機にしましょうよ!


「野菜スープ」

「え?」

「Bランチが、野菜スープだった。」


兵長先輩が、じっと私を見詰めた。
何か言いたげな兵長先輩の瞳を見詰め返すと、先輩はあの日あの時のように、少し嬉しそうに目を細めた………ような気がした。


「好きだろ?野菜のミルクスープ。」


作るのも、食べるのも。と続けた兵長先輩に、え、どうして私が野菜がたっぷり入ったミルクスープ好物なの知ってるんですか。と聞こうと思ったけど、兵長先輩の後ろの人達が「はよ食券買えよ」って眼で睨んできたので「あ、す、すみませんっ」と慌てて財布から小銭を出そうとした。
けれど、兵長先輩が券売機前でもたついてた私を脇にどけて、二枚購入のボタンを押し、ぽけっとしてる私の隣でBランチの食券を二枚買った。そして、その一枚を私にくれた。


「ほらよ。」

「あ、ありがとうございます…!あ、お、お金…!」

「オゴリだ。もらっとけ。」


せ、先輩…!!
なんかご飯奢ってもらうとかすごい先輩後輩みたいだ…!って実際先輩後輩なんだけど…!頂いた食券を両手にぷるぷる震えながら「ありがとうございます…!」って頭を下げた。兵長先輩はそんな大した事でもないとでも言うようにすたすたとカウンターの方へと行ってしまう。


「あ、兵長先輩…!」


そんな兵長先輩の服の裾を、思わず握って呼び止めた。


「あの、ど、どうして私が野菜スープ好きなの知ってるんですか?」


今思えば、どうでもいい質問だ。
女の子に「ヘルシーな野菜スープは好きですか」って質問すればだいたいYESと答えるだろうし、兵長先輩は私の好物をペトラから聞いたかもしれない。(あれでも私ペトラに野菜スープ好きだって話したっけ?)
でもその時の私は、どうしてか兵長先輩に確認したくてたまらなかった。まるで、恋人が「ねー私のこと、好き?」なんてこの世で一番どーでもいい質問をするように、兵長先輩に確認したくてたまらなくなったのだ。
自分がどんな顔をしてそう言ったのか鏡がないからわからないけど、多分変な顔してたんだと思う。先輩が少し驚いたような顔してた。そして先輩がおもむろに腕をあげて、あ、掴んだ手振り払われるのかとびくっと手を離したけど、そういう意味ではなかったらしく。
あげられた腕は、ぽすぽすと、私の頭を撫でた。そして、


「好きそうな顔をしている。」


そう、リヴァイさんが微笑んだ気がした。


兵長先輩

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