パンツ返して!

「――パッ……、パンツ返して欲しいんですけど…………」
およそ審神者から言われたことのない台詞を聞き、本丸の簀子で寛いでいた髭切は目を見開き、瞬きを繰り返した。
「……なんて?」
「だ、だから……、パンツ……返して欲しい…………」
「パ………、ん? 何を返して欲しいって?」
「……ぱ、ぱんつ、返して……」
今にも消え入りそうな声で聞いたそれは、審神者に限らず、日常でも聞くことはないだろう台詞だった。視線をあちこちに彷徨わせ、恥ずかしそうに、居た堪れなさそうにする審神者を髭切は凝視し、再度尋ねた。
「……もう一回言ってくれるかい」
「聞こえてるよねぇっ!?」
わざと聞き返すなと吠えた審神者は足音をたて歩み寄り、髭切の胸ぐらを掴んだ。ぐいっと引き寄せられる剣幕に驚きつつも、髭切はへにゃりと笑った。
「いや、だって主からそんな言葉を聞くとは思わなかったから、聞き間違いかと思って。で、なんて?」
「もう言わないよ!?」
何回言わせる気だ……! と審神者は顔を真っ赤にさせた。
そして胸を掴んだまま座り、ふるふると震えながら声を落とした。
「も、持ってるよね……、私のパンツ…………」
息を吹き掛けたらすぐにでも飛んでいきそうな小さな声と、恥ずかしそうに憤る審神者を楽しそうに眺めながら、髭切は首を傾げる。
「なんのことだい?」
「しらばっくれないで……! わ、私、覚えてるもん……! こ……、この間したとき、髭切、私のパンツをズボンのポケットに入れてた……!」
「主のパンツを?」
「そう! どこにやったの……!」
「うーん、どうだったかなぁ。主のパンツ小さいから入れっぱなしかも」
「いッ、いれっぱなし……!? そ、それは……」
それはつまり、どうなっているのだと審神者は驚愕した。もしやそのまま洗濯に出して洗濯番が干したりしたのだろうか。ポケットにハンカチを入れっぱなしにしない! と取り出したものが女物のパンツだったときの当番の顔を想像し、審神者は顔を真っ青にさせた。
赤い顔から青い顔へ、目の前で忙しく表情を変える審神者に髭切は微笑んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと僕が手洗いしたから」
「なんだあ、良かっ…………、って、やっぱり持ってんじゃねぇか……っ」
「おや口が悪い」
「しかも、あ、あら、洗って……!」
「安心して。ちゃんとぬるま湯で優しく洗ったあと、陰干しして、丁寧に畳んでいるから」
ほら、問題ないだろう? と返す髭切に、審神者は絶句した。
まるでワイシャツのアイロンがけを済ませたように話す髭切に理解が追い付かず固まってしまったが、ね? と再度求められた際にはっと息を吹き返し、詰め寄った。
「そ、それ、今どこ……!」
「うーん、それ聞いて主はどうするの?」
「どうするのって……、私のパンツなんだから取り戻すに決まっているでしょ……!」
「返したら、主そのパンツ履く?」
「そりゃ、いずれ履くわよ……!」
「じゃあ、やだ」
「やだ」
「今履かないなら僕が持っておいてあげる」
「持っておいてあげる」
審神者のパンツの話をしているのに、さも所有権は自分にあるとばかりに話す髭切に、審神者は聞いた言葉を復唱するしかなかった。何言ってんだコイツと怪訝そうにする審神者を髭切は見詰める。
「だってそうだよね。今履かないなら、履くまで必要がない。それなら僕が持っていようが、主が持っていようが変わらない。そうだろう?」
「それはそ……、いや変わるよ! 何言ってるの!」
「じゃあ履く? 今履くなら返してもいいよ。でも、今履かないならそれはいらないも同然だよね」
「屁理屈言わないで! 私のパンツだよ!」
「いいじゃないか、パンツの一つや二つ。無くなりはしないんだから」
「無くなってんのよ……! 私の手元から無くなってんのよ……!」
「大丈夫、ちゃんと巾着に入れて持ち歩いているから、完全に無くなったわけじゃないよ」
「巾着に…………イヤッ、持ち歩かないで!? それ落としたらどうするの!? 見付けた人驚くよ!」
「そうだねえ、気まずそうに主の元に届けに来るだろうねえ」
「えっ……」
「主、どうしようか。僕がうっかり主のパンツを入れた巾着を落としてしまって、それを僕以外が拾った時。その子はどんな顔をして主の元にパンツを届けに来てくれるかな」
「…………」
ゆっくりと目を細めて言った髭切に、審神者は衝撃を受けた。目を見開き、力なく肩を落とした審神者の頭には、髭切の言ったことがぐるぐると駆け巡る。
可哀想に。審神者の大事なパンツを髭切が落とすわけがない。むしろ肌見放さずずっと愛でていたいくらいには思っているのだが。
何も返さなくなった審神者を宥めるように肩を抱き、髭切はそっと囁いた。
「――さあ、僕の前で履こうか、主」



それは髭切が座っていた場所に面した空き部屋で行われた。
何故髭切がちょうど空き部屋の前に座っていたのかわからないが、退路を断つよう後ろ手に戸を閉め切られると、室内は途端に薄暗くなる。戸の隙間から漏れる明るい日差しが、髭切の髪を淡く輝かせていた。
髭切は懐から小さな巾着袋を取り出し、中から取り出したものを審神者に掲げて見せる。
それはやはり、審神者が探していたもので、このひとこんな綺麗な顔しといてずっと懐にパンツ入れていたのかと唖然としてしまった。
「さ、まずは今履いているのを脱ぐところから始めようか。……脱がしてあげようか?」
「結構です! は、履くからパンツ返して!」
「駄目。脱いだのをちゃんと確認してからじゃないと」
「…………」
本当に、嫌になるほどしっかりしている。こんな辱めは恥ずかしがる様子を見せたら相手の思う壺だと手早く済ますつもりだったが、事の流れさえ髭切の思うままだ。審神者は目の前でゆったりと腰を下ろした髭切の前に立ち、悔しさに顔を歪めながらスカートの裾に手を伸ばした。
今日がロングスカートで良かった。ズボンだったらそのズボンさえ脱ぐところから始めなきゃならない。スカートなら、まだ、お尻から脱いでいけば正面に座る髭切には見えないだろう。そう羞恥に押し潰されながらパンツを脱いでいったが、髭切はそれが見えなくとも楽しそうにしていた。まるでパンツではなく、パンツを脱ぐ審神者を楽しんでいるような。微笑みつつも、絡みつくような視線に耐えながら審神者は下ろしたパンツから足を抜いた。
「ぬ、脱ぎましたけど…………」
「ふふ、うん。じゃあ、返してあげるね」
「…………」
髭切は至極満足そうだった。最後まで「あげる」と口にする髭切に顔を引き攣らせながら、審神者はやっと自分のパンツを取り返すのだが……。
「――兄者! 兄者はおらんか!」
部屋の外から膝丸の声を聞いた。驚いた審神者は受け取ったパンツと脱いだパンツを胸に抱え、おろおろとしたが、髭切はさして慌てた様子もなく、先程の巾着を手渡してきた。ここに入れろ、ということだろうか。こくこくと頷いた審神者がパンツを詰め込み、巾着の口を縛るのを見届けて髭切が返事をした。
「ここだよ」
そう言って部屋の戸を開けた髭切だったが、少しだけ落ち着きを取り戻した審神者は、……いや、膝丸には悪いが普通にやり過ごせば良かったのでは……、何故返事した……? と思ったが、慌てた頭ではそこまで考えが至らなかった。
返事もしてしまったし、ひとまず何事もなかったかのように審神者も髭切の後に続けば、閉め切った部屋からふたりが出てきたのを見た膝丸は気まずそうに目をそらした。
「主も一緒だったのか……。すまない、邪魔をしてしまっただろうか」
「安心をし。お前が考えているようなことはないよ。ほら、この間出掛けた際に見掛けた巾着を主にプレゼントしていたんだよ」
「おお、あの小物入れにいいと言っていた……。……何か、大切なものを入れると言っていなかったか?」
「うん、気が変わってね。主にあげようと思って。ね、主」
「えっ、あ、うん! もらった!」
助けてくれたような、窮地に追い込んでくれたような登場をした膝丸に、審神者は言われた巾着を掲げて見せた。……中身は審神者のパンツだが。
それにしてもこの男、わざわざパンツをしまう巾着を買ったのかと髭切を盗み見たが、何も知らない膝丸から「良かったな、主」と微笑まれ、「う、うん!」と慌てて頷いて見せた。
「で、どうしたんだい」
「ああ、頼まれていた湯殿のボイラー室だが、先程整備士がきて…………――」
「…………」
部屋を出ると、柔らかな風を受けてスカートがそよそよと靡く。閉め切った部屋から風通しのいい簀子に出た審神者は、膝丸の話を聞きながら、意識を別のところに飛ばしていた。
(お、落ち着かないんですけど…………)
スカートの襞が、審神者の尻を撫で、足の隙間に何もないことを告げていた。そう。先程パンツを脱いだせいで、審神者はスカートの下に何も履いていないのだ。
(早く……、早く話が終わってくれ頼む……)
あんな薄い布切れでも、あるのと無いので心持ちがだいぶ違う。残念ながら、何もないほうがラク、というタイプの人間ではなかった審神者は足をきつく閉じて、その違和感を無視しようとしていたが。
「じゃあ、主も一緒に見に行こうか」
「ひっ……!」
そっと、髭切が審神者の腰に手を当てた。
その手が腰と尻の間の、なんとも絶妙なところに触れ、審神者は飛び跳ねた。
「主?」
髭切と膝丸の、よく似た顔が同時に審神者を見詰める。しかし片方の顔は不思議と確信犯のように見えてしまうのは、気のせいだろうか。
「イッ、いや、なんでも。あの、私も行くって、どこに?」
「ボイラー室だ。俺の話を聞いていたか?」
「あ、ボイラー室。えっと、整備士さんがきて……?」
「整備士がきて部品を付け替えてくれたんだ。その作業報告を受けたから、近侍である兄者に確認してもらおうと」
「……で、私も一緒に?」
「うん、せっかくだし。本丸の責任者である主も一緒に確認したほうがいいよね」
「…………」
いいよね、ではなく、来るよね、と今度こそ聞こえた。
この男、絶対に楽しんでいる……! ときつく睨みたくなるのを押し込みつつ髭切を見れば、三日月を描くように目が細められた。
「……!」
その反応に、わざと連れ出そうとしているのがわかり、審神者は憤慨した。
ボイラー室の部品など!
審神者がわかるわけないだろう!
それならば代わりに髭切が確認してくれればいいのに!
なぜ! 一緒に行く必要が……!
「さあ、行こうか」
「……ッ!」
腰に触れる手がやや下がり、審神者の尻を撫でる。思わず悲鳴を上げなかったのを褒めて欲しいくらいだ。手は審神者の曲線を撫で、何事もなかったかのように再び腰に落ち着き、踵を返した膝丸に続くよう足を促された。
「ひ、げきり……っ!」
「うん? ああ、巾着は僕が持っていよう」
「い、いい……って、あ!」
「本丸内の設備点検も惣領の務めだよ、主」
そう言って巾着を奪った髭切に、……この後、絶対に長期遠征を単騎で行かせてやると心に誓った審神者であった。



「ボイラーの燃焼が止まる不具合だが、ここの炎検出器の故障と、バーナーの頭部分に煤が付着していたからだそうだ」
「部品交換は……、ここだね」
「ああ、新しく付け替えてもらった。バーナーは分解清掃をして綺麗にしてもらったら、ちゃんと動くようになった」
「そう。じゃあ、もう問題ないね。……ね、主」
「…………」
本丸の地下にあるボイラー室で、膝丸の説明を受け、審神者はぎこちなく頷く。腰には髭切の手が添えられており、僅かに動くそれに耐えながら審神者は返していた。
パンツを履かないなど、風呂かトイレくらいだ。それなのにボイラー室まで歩かされ、地下に繋がる階段も下り、現在もパンツは髭切が持っているままで、違和感はなくなるどころか増す一方だった。おまけに髭切の手がずっとそこに添えられているのだから、妙な緊張感まである。膝丸の説明を聞いている間も、時折、手が下がり尻を撫でかける。撫でるのかと思えば惜しいところをかする程度で、ずっと触れるか触れないかの緊張が纏わり付いていた。
「主?」
頷くだけの審神者に髭切が返事を促す。とんでもないことをしてくれているにも関わらず、素知らぬ顔で聞き返され顔を上げれば、ちょうど説明を終えた膝丸と目が合ってしまい、審神者は返事をせざるを得なかった。
「……っ、う、うん! ありがとう、膝丸……!」
本当は髭切を睨んでやりたかったのだが、それで何かあったのかと膝丸に聞かれてしまったら説明のしようがない。変わらず足の間はすうすうとするし、大事なところが直接空気に晒される心もとない感覚に審神者は小さく俯く。
「どうした、具合が悪いのか」
返したあと、黙った審神者に膝丸が小首を傾げた。
まさに今、説明のしようがないと考えていたことに膝丸が触れぎくりとする。まさか、髭切にパンツを奪われ現在ノーパンで足がすうすうとして落ち着かないのだ、なんて言えるわけがなく、かといって上手く切り抜ける言い訳など審神者が思い付くもなく。
「うーん、この間の報告書の疲れが残っているみたいなんだよね。実はさっきも、空き部屋で少し休ませていたんだよ」
ぐるぐると言い訳を考えあぐねていた審神者の横で髭切が口を開く。さも、そうであったように話す髭切の横顔を見上げ、審神者はぽかりと口を開けた。巾着から報告書の疲れなど、よく次から次へと出てくると、感心さえもした。
すると、それを聞いた膝丸が申し訳無さそうに眉を下げた。
「だから戸を閉めていたのか……。休んでいるところを邪魔してすまなかった。ボイラー室まで連れ出してしまったな……」
「い、いや、そんな……」
膝丸が謝るようなことではないし、そもそも連れ出したのは髭切で、髭切の言ったことだって本当ではないのに。謝罪を受けた罪悪感に審神者は「う、うう……」と軽く胸を押さえ、そんな審神者の肩を髭切が抱いた。
「主を少し休ませるよ。夕餉まで、緊急以外は声がけを避けるよう、皆に伝えてくれるかい」
「承知した。……主、兄者にあまり心配をかけてはならんぞ」
髭切の言葉に膝丸がすぐに頷く。審神者に向けられた言葉は窘めるものではあったが、とても優しい口調だった。
「う、うん」
それに苦笑しながら返せば、膝丸も柳眉を緩めて踵を返した。審神者の苦笑が具合悪く見えたのだろうか、労るような表情を向けてボイラー室を出た膝丸に、審神者は深く息を吐いた。
ややあってボイラー室の扉が閉じられる音を聞く。膝丸には悪いことをしてしまったが、なんとか切り抜けられたかと肩を落とすと、髭切が審神者を覗き込んできた。
「ふふ、なんとかなったね」
「なんとかなったねじゃないよ、何してくれてんのよ……! 膝丸にもいらない心配を……!」
「優しい子だろ、僕の弟」
「知っとるわ!」
こんな自由な兄を持ってさぞ苦労していることだろう!
髭切が好きすぎて、多分、苦労とは思ってないだろうけど!
「ばかばか! 足がすうすうする! はやくパンツ返して!」
「主、ちょっと触っただけでびっくりするから、どこからが驚ろかない場所なんだろうって探ってたんだよ」
「それか! なんかすっごい際どいところ触るなと思ったよ!」
「どうだった? どこが驚かなかった?」
「どこも驚いたよ!」
「そっかあ、ふふ、ごめんね」
「……ごめんって言うならもう少しそれらしい表情してもらっていいですかね」
楽しそうにする髭切に、何笑ってるんだと審神者は見上げる。すると胸をぽかぽかと叩いていた手を取られ、髭切が嬉しそうに口元を緩めた。
「だって、主が可愛かったから、つい」
「……っ」
目尻を下げ、どこか擽ったそうに、でも困ったようにも見えた髭切に目を奪われていると、手を引かれ、唇が触れる。軽くぶつかるだけの口付けに、いきなり何をするのだと目を丸くすれば、すぐに腰を抱かれ、口付けが深くなった。
「んっ……、ん、んぅ……」
ふたりしかいなくなったボイラー室に、審神者のくぐもった声が響く。
息継ぎのない長い口付けに審神者の背が仰け反ると、覆い被さるように髭切が追い掛けてくる。
「ひ、げきり……待っ……ん……」
よろけるように後退しても、髭切は構わず一歩、二歩と、審神者が距離を取ろうとした分だけ、追い詰めてくる。そのまま僅かな攻防を続けていると、髭切の手が審神者の頭裏に添えられた。次に、とん、と背中に硬いものが触れ、入口に繋がる階段まで追い詰められたのだと知る。壁に沿って造られた階段に頭をぶつけないよう支えてくれた手は、髪を撫で、審神者の顎の線をなぞった。
「……可愛いね。僕にどきどきしてる顔がずっと可愛くて、ずっと口付けたかった」
「…………っ」
熱を灯した目で見詰め、囁かれた言葉は受け取るには距離が近過ぎた。悩ましい表情を至近距離で向けられる恥ずかしさに顔を背けると、審神者の足の間を髭切の膝が割った。
「ひ、げきり……」
そのまま筋肉の付いた硬い太腿で足の間を擽られ、審神者の体は否応なしに熱を帯びていく。何故なら、スカートの下は何も履いていないのだ。少しの摩擦で体が震えそうになる。
「や、めて……、こんなところで……」
「やめちゃうの? でも、やめるには、惜しい顔してるんだよなぁ」
「どっ……」
どんな顔だ、と返そうとしたが、ぐいっと太腿を押し付けられ、言葉ごと息を飲んでしまう。そのまま擦るように動かされてしまえば、スカート一枚しか隔てていない柔らかい場所が刺激を受け、情けない声しか出なくなってしまう。
「や……」
「ほら、いい顔」
「し、知らない……っ」
「知らないの? こんなに可愛い顔しているのに」
熱っぽく送られる視線から逃れたいのに、つう、と輪郭をなぞられ、その指先に合わせて顎が持ち上がってしまう。羽の先で擽るような手つきに「あ……」と切ない声が溢れ出てしまえば、それを見下ろした髭切の目に、一層、熱がこもった。梔子色の双眸が、鈍く煌めいた瞬間を見た。
「僕に、どきどきしてる顔だ」
低く、吐息混じりに告げられた言葉は、審神者の心を甘く締め付けた。同時に、審神者の表情から何でも、全て髭切のものだと告げられた気がして、身も心も絡め取られてしまう。
「だ、だめ……」
「駄目なの? なら、ちょっとだけ。ちょっとだけしようか」
「ちょっとだけ、って……」
経験上、髭切の「ちょっとだけ」がちょっとだけで済んだ覚えがない。結局、髭切の言いように転がされ最後までしてしまうのだ。でも、まさかそれをこんな場所でするわけにもいかず。首筋に顔を埋め、唇を這わせる髭切をなんとか引き剥がそうとするが、それも今となっては遅いのかもしれないと、触れる舌先に審神者は息を乱す。どこから手遅れだったのかと振り返る思考さえも、全てこの髭切のものなのだから。
「……あっ…………」
髭切がスカートを捲し上げ、剥きたての果物のような尻を撫でる。それまで触れるか触れないかを繰り返されたそこは、髭切に撫で回されると震え上がるような快感が走った。焦らされた分だけ蓄えていた快感が弾けたような気がして、体がぞくぞくとしてしまう。
「おしり……、だめ……」
「ふふ、我慢させた分、たくさん触ってあげるよ」
「んっ……」
我慢なんて、していない。していないはずなのに、指を埋めるよう尻を掴まれると、甘い痺れが下肢から走って全身を満たす。手は弾力を楽しむよう、小ぶりな尻をむにむにと揉んだあと、柔肉が隠す秘所へと指を伸ばす。髭切の胸にすっぽりと包まれながら、指が狭間に触れる感触に審神者は甘く震えた。
「あっ…………」
「……可愛い。ずっと濡らしていたの?」
髭切の指に合わせ、くちゅ、と滑らかな水音を聞いて審神者は頬をかっと赤くさせた。濡れてしまっていることは、髭切の目を見てから薄々気付いていたが、決して最初から濡らしていたわけではないのだと審神者は顔を埋める。髭切の胸元に額を擦り付けるようにして首を振れば、赤くなった耳にちゅっとキスをされた。
「……そう」
わかっているよ、と聞こえた柔らかな声に、本当にわかってくれているのか、誤解していないだろうかと思うが、そんなことは今このときを前にすれば些事だった。ぴちゃぴちゃと水遊びをするような音が響き、花弁を優しくかき分けられたあと、体内に髭切の指先が入ってきた。
「は……、あ、ん……」
中に、少しずつ、審神者の体内に異物が押し入ってくる。その手付きは大人しく、審神者の中を傷付けないよう慎重に入ってくるというのに、進行を緩めることは決してない。
「んっ、く……ぅ……」
重ね入れられた指に、全身の力が奪われていくようだった。全神経がそこに集中してしまったかのように、髭切の微細な動きでさえ拾ってしまう。
「いいよ。もっと僕に寄り掛かってごらん」
崩れるように抱き着けば、髭切の体が審神者を包むように支えてくれた。審神者は溢れる声を塞ぐよう胸に顔を埋めながら、その温かな腕の温度に溶かされていくかのように、ゆっくりと高みへと昇らされた。
「ん……、んんぅ…………っ」
じわじわと。じっくりと。緩やかに迎えた絶頂が気持ちいい。
程よいぬるま湯に浸かっているような心地よい感覚に陶然としていると、髭切が審神者の片足を取ってそれを階段に置いた。足を開くようにされ、濡れそぼったそこが空気に晒される。ひやりと触れた空気に腰をひくんとさせると、温め直すように、跪いた髭切がそこに顔を埋めた。
「あっ、だめ…………、い、やぁ……っ、ん……」
髭切が、審神者の柔らかい場所を舐め上げる。先まで指先が入っていた小さな穴を舌先で擽り、そのままぷくりと顔を出した花芯に吸い付く。まるで砂糖菓子かのようにそっと吸い付かれはしたものの、敏感になったそこは何かが触れるだけでぞくぞくとしてしまう。それが熱くて柔らかい髭切の舌ならば、脳天が痺れるような快感が突き抜ける。
「はぁ……っ、だめ……、髭切……っ」
たくし上げられたスカートの中に、象牙色の頭が埋まっている。そこは甘ったるい水音と、優しいのに鮮烈な刺激に溢れていて、目の前の景色が遠退いていくようだった。
「やだ、い、いっちゃう、いっちゃう、から……っ」
源氏の重宝として誇り高い髭切が、跪いてこんなことをしているなんて、一体誰が想像できるだろうか。そんな背徳感に舐られ、審神者は再び高みへと押し上げられた。
「あ、ぁっ……、いっ…………」
こんなことをされて、達してしまうなんて。
駄目だと強く否定するどこかで、これがひどく気持ちの良い行為だと覚えさせられた体が愉悦に震える。それは審神者が強く否定すればするほど、髭切が無理矢理こじ開けてくるのだ。
「ふふ……、前より素直に気をやれるようになったね。次は、これで吹けるようにしようね」
ふける……? 達した余韻で何を言われているのかよくわからなかったが、髭切の笑みでまた悪いことを考えているのは察した。しかしそれに恐怖を覚えるより先に、階段に置いた足を抱えられ、審神者の腰に硬くて熱いものが押し当てられた。既に抜き身の状態で触れるそれに、ちょっとだけじゃなかったのか! と審神者は声を上げたかったが、ぐいぐいと押し付けられる剛直の大きさと硬さに圧倒され、もう何も言えなくなってしまった。
「……っ」
「すごい……、中、とろとろだ……」
もしや、髭切の言うちょっとと、審神者の思うちょっとで、だいぶ差異があるのではないだろうか。だって、審神者のちょっとはもう、とっくのとうに過ぎている。
「ふふ、緊張してる。大丈夫、力を抜いてごらん」
「む、むり……、足が……、立てない……」
「いいよ。ちゃんと支えてあげるから」
「あっ……、く、ぅ……」
足を高く掲げられ、切っ先が埋められた。髭切が入ってくる圧迫感と、片足を取られた不安定な体勢に、とてもじゃないが力を抜くことなどできない。しがみつくように髭切の首に腕を回せば、それを待っていたかのようにもう片方の足も取られた。足が地面から離れ、抱えられながら髭切のものをずくりと飲み込んだ。
「ひ、う……っ」
審神者を軽々と抱き上げ、髭切は挿入を深くさせた。体の密着が増す分、奥深くにも触れられているようで意識が飛びかける。
「うん……、やっぱり少し痩せたよね、主」
「んっ……、そんなこと……あっ……」
「だって、前より軽いよ」
「気のせ……っ! う、ぁ……、んっ、わか、わかった、から、奥、ぐりぐりするの、やめて……っ」
審神者を抱えながら、髭切が硬く張った先で奥をぐりぐりと抉る。抱き上げられた体に一方的に与えられる強い快感は、息が詰まるほどだった。それでも髭切は審神者を見詰め、とんとんと腰を揺すり始めた。
「疲れているなら、ちゃんと休まないと」
「んっ、く……、や、休んで、ちゃんと、休んでる、から大丈夫……っ」
「君の大丈夫はあてにならないからなぁ……。こうして僕が気付かないと、いつか倒れちゃいそうで心配だよ。本当にわかってる?」
抱き締める腕が、まるで拘束具かのように審神者をきつく絞めつける。甘い責め苦に心身ともに追い詰められ、審神者の口からは自然と謝罪が飛び出していた。
「あっ、ご、ごめんな、さい……っ」
「駄目、許してあげない。この後、ゆっくり休んで、ご飯たくさん食べるまで許さない。体重が戻ったら、許してあげる」
「ん、んんぅ……っ」
責めるような口調であったが、触れる口付けは甘美だった。許さないと詰りつつ、優しくて、甘くて、滑らかな唇は、いつも審神者の理性を溶かしていく。
「ん、髭切……っ、そこ、ぞくぞく、する……っ」
「うん、ここだよね」
「あっ、そこ……っ、ひっ……」
「は、ぁ……どうしよう、もっと欲しくなっちゃった……。休ませたいのに、君とすると、もうずっと、君が欲しい」
でも、ちょっとだけって言ったもんね。と惜しむように言った髭切に行為の終わりが見えた気がして、やっとか、と思うと同時に、はて、何がちょっとだけだったのかとも思った。そもそもなんでこんなことになってしまったのかと思い返しては、奥を突かれ、思考が掻き消されてしまう。
「あっ……髭切っ……、き、ちゃう……っ」
「うん……、あとは、お部屋でゆっくりしよっか……」
それまで中の柔らかさを楽しむようにしていた髭切が、剛直の動きを鋭くさせた。大きなものが審神者の中で出し入れされ、乱される荒々しさに快感が弾ける。
「んっ、あ、あぁ…………っ」
体がぎゅうっと収縮し達すると、何度か出し入れを繰り返した髭切に強く抱き締められ、中に熱い飛沫をかけられた。
「あ…………」
中で髭切がひくひくと震え、迸る精が腹の中で満ちる感覚に恍惚の息を漏らす。耳元で髭切の吐息も聞けば、これほど女として満たされることはなくて、蓋をするように埋まったままの熱に心地よく目を閉じる。
…………蓋……? ……そういえば、ここにはもっと蓋らしい蓋があったはず。
そして、それまで気持ちよく受け入れていた違和感に審神者ははっと目を覚ました。
「パ……、パンツ、返して欲しいんですけど……!」
「おや、余韻がない。……でも、まあ、そうだったね。返してあげる」
最後に、履かせてあげるよ、と付け足した髭切に、いらんわ! と強く返すはずだったが、ずるりと抜け出た肉棒に言葉を奪われる。すると。
「ん……、あっ……」
髭切を追い掛けるようにして、中から白濁が溢れ出た。慌てて体に力を込めるが、それは否応なしに重力に沿って溢れてしまい、それを見た髭切がしばしの間固まった。
「……髭切……?」
なんとなく、その間が怖くなって髭切を呼びかけたが、ゆっくりと瞬いた髭切はにこりと笑っては目を鈍く光らせた。
「このまま履いたら、パンツが汚れちゃうね」
「い、いや……、へ、平気……」
「大丈夫、ちゃんと綺麗にしてあげる。安心して。最後はちゃんと履かせてあげるから」
「ヒッ……」
そう言って審神者の足に頬を摺り寄せた髭切に何をどう安心すればいいのか。
その後、審神者がパンツを取り返せたのは、残念ながら翌朝のことだった。

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