綾取り


暖かな日差しを浴びていると、時折、涼しい風が頬を撫でる。
本丸の裏山は蘇芳と苅安色の衣を纏い、裾を広げはその秋色を靡かせる。やがて、この穏やかな風は肌を刺すような冷たさにすり変わっていくのだろう。
移ろいゆく季節を感じながら、麗らかな日差しに温まった簀子の上を審神者が歩く。
「――あーっ、ちがいます、こっちですこっち!」
すると、角を曲がった先で審神者の耳に今剣の声が飛び込んできた。
聞こえてきた方へ目を向ければ、廂を出て、日当たりの良い簀子の上に膝丸と今剣が腰を下ろしているのを見付けた。
今剣は胡座をかいた膝丸の上にちょこんと座り、両手に細い紐を幾重にも交差させていた。互いに内番着姿で寛いでおり、はたから見れば年の離れた兄弟のように見えて実に微笑ましい。
手首にある紐は毛糸だろうか。先日、寒くなってきたので編み物でもしようかと毛糸を取り出した際に、少し分けてほしいと今剣から言われたのを思い出し、審神者は「なるほど」と小さく微笑む。
今剣は紐を取ろうと指を伸ばす膝丸へ「ここです、ここ!」と顎で指し示しており、膝丸はその勢いに押されたように「こ、こうか」とおそるおそる交差する紐を摘まんでいた。
「あ〜っ、うえではなく、したからです!」
「む…………」
今剣による鋭い指摘に眉を寄せる膝丸だったが、なんとか言う通りに紐をくぐらせ、小さな手から自分の手へと紐を移すことができた。膝丸の骨張った手に紐が絡み、今剣がその糸を取ろうと指先を伸ばしたのを見て審神者は声を掛けた。
「――今剣」
今剣は審神者の声にぴたりと手を止め、勢いよく上げては顔を輝かせた。
「あるじさま!」
そして膝丸の上からぴょんと飛び降り、審神者の元へと駆け寄り顔を埋めるようにして抱き付いた。その後ろで紐に両手を取られた膝丸が少しよろめいたのを見て、審神者はくすくすと笑った。
「いかがしましたか?」
胸に顔を埋めた今剣が審神者を見上げた。嬉しそうにこちらを見上げる小さな頭を撫でながら審神者は優しく返した。
「岩融が探していたわ。何か約束があるようだったけれど……?」
「……はっ、そうでした! 岩融ともみじがりへいくよていでした! そのあと、うらやまできのこをとって、ゆうはんのめにゅーにいれてもらうよていなんです!」
「あら、忙しいのね」
「はい! はーどすけじゅーるなんです! あるじさまもいっしょにいきますか? せんじつ、かみなりがなっていたのできっとたくさんとれますよ!」
「そうね、是非。……と言いたいところだけど、あそこで怖〜い顔をした男の人が『これはどうするんだ』って睨んでいるから遠慮しておくわ」
冗談まじりに言えば、審神者につられて膝丸の方を見た今剣が「きゃーっ」と楽しそうに悲鳴をあげて抱き付く力を強めた。
「怖い顔の人は私が引き止めておくから、今の内にいってらっしゃい」
「ありがとうございます、あるじさま! きのこ、たっくさんとってきますね!」
「楽しみにしているわ」
それでは、と今剣は一礼し、審神者が出てきた方へと走って行った。
「あっ! 今剣、あやとりはどうする!」
その後ろ姿に膝丸が紐に取られた両手を掲げたが、小さな背中は逃げるように素早く走り去ってしまった。一人残された姿にふふっと小さく笑えば、笑いごとではないと小さく睨まれる。
「…………怖い顔で悪かったな」
「冗談よ」
拗ねる膝丸へと歩み寄り、審神者は膝丸の手に絡む紐を見下ろす。そして膝を折ってはにじり寄るようにして近付き、細い小指と小指で紐を引っ掛けくぐらせる。すると、今度は審神者の手に紐が移り、膝丸の手が自由となった。
「君は今剣……いや、短刀達に甘過ぎる」
「そんなことないわ。皆等しく、平等に優しくしているつもりよ。……はい、続き」
「…………」
審神者の手へと移った紐を膝丸へと差し出せば、渋い顔が更に渋くなる。短刀達への態度が甘過ぎることにむくれているのか、それともあやとりの続きを促したからか、膝丸は「……む」と不満そうに短く唸った。
「続きがわからん」
「ここの、ばってんよ。そう、今度は上から。……せっかく人の体を得たんだもの。人の体で楽しめることは心の底から楽しんで欲しいと思っているのよ」
「君のあれは優し過ぎだ。時には厳しく……」
「なあに? 今剣にフラれたから拗ねているの? ……はい、膝丸の番」
「………………」
一つ取るのでさえ頭を悩ませる膝丸とは違い、審神者の指に迷いはない。すぐに自分の番がきてしまうことに、まるで会話まで押されている気分になる膝丸はますます顔を顰めた。
あやとりをしようと誘った今剣がいなくなったというのにまだ続けなくてはならないのか、と思いつつも膝丸は白い指に絡む紐を睨む。
「膝丸? 次は紐を摘まんで上に開いて」
「………………」
「ここよ?」
と言われても、どこをどうとってどうすればいいのかわからない紐に膝丸は焦れたように押し黙る。そして、手指のみならず頭の中まで絡みだした糸を放り投げるかのよう、審神者の手を取り自身の胡坐の中へと引き寄せた。
「きゃ……っ」
「もういい。今剣は行った、あやとりは終いだ」
先程今剣にしていたように審神者を自分の足の上へと座らせた膝丸は、薄い腹に腕をまわしては細い首筋へと顔を埋めた。ぎゅう、と後ろから抱き着いてくる膝丸に審神者は瞬きを繰り返しながらも、拗ねる膝丸に苦笑する。
「続きができないから誤魔化したわね?」
「……誤魔化してなどいない」
肩口に顔を埋める膝丸からくぐもった声を聞きつつ、審神者は腹にまわった腕をぽんぽんと優しく叩いた。宥めるように膝丸の方へと頭を傾けると、まるで美味しそうな匂いにつられて起きた幼子のように頭がそろりと動き、審神者の首に唇が押し当てられた。
「ん……、膝丸」
頭を撫でてやろうと思ったのに、ちゅ、と聞こえた音に審神者はすぐに頭を離した。
拗ねたり、顔を埋めたり、子供のようだと可愛らしく思っていたものが急に噛み付いてきたことに審神者は小さく叱った。
「膝丸、……こら」
「いい。誰も来ない」
「来ないとかそういう話じゃなくて……」
いくら二人きりだからといって、いつ誰が通ってもおかしくない場所ですることではない。まだ明るい内に何をするのだと審神者が身を捩るも、膝丸の唇が首筋をなぞって柔らかい髪をくぐる。そのまま耳裏へと吸い付かれ、審神者は短く息を吐き出すように膝丸の名前を呼んだ。
「……ひ、ざまるっ」
触れる唇に審神者の全身がぞくぞくと粟立つ。
名を呼ぶと同時にやめてと言ったつもりだったが、耳に触れた膝丸の吐息が笑っていたのでおそらく叱責は届いていないだろう。一瞬でも子供のようだと可愛らしく思ったのはどうやらとんでもない勘違いのようだ。
「皆に等しく、平等に優しくしているのだろう?」
案の定、ならば俺にもそうしてもらおうか、とばかりに膝丸の唇が触れてくる。
優しさの意味が全然違う! と審神者は否定の意味も込めて体を反らすが、反らせば反らすほど肌に楽しそうな吐息が吹きかかる。
「……っ、私の、知っている優しさではないわ……」
誰かに見られたりしたらと睨めば、そこには意地の悪そうな男の顔があった。
……どんな表情をしていても憎たらしいくらいに顔が整っているのだから悔しい。
「まあ、そうだな。今剣や皆にしている優しさなど俺はいらん」
審神者の手に、骨張った指が這い寄った。軍手をしている手があやとりをしていたせいで脱がされている。少し冷えた長い指がひとつひとつ絡むたび、少しずつ、しかし確実に身も心も絡め取られていくようだった。
「平等に与えられる優しさなど、俺には苦痛でしかないからな」
「んっ……」
あむ、と耳朶を噛まれ、審神者は全身に走った甘い痺れに体を震わせた。膝丸は審神者の手に残った紐ごと指を絡め取り、赤く染まっていく審神者の耳に唇を寄せた。
そして、内緒話でもするかのように低く、小さく囁いた。
「……君の特別が欲しい」
「……ぁっ……」
ぞくぞくと迫り来る切なさに審神者がびくんと肩を縮める。すると、手首が締め付けられているような気がして手元を見下ろせば、審神者の両手首には紐が何重にも絡んでいた。いや、これは絡んでいる、というよりも縛られている。
「ひ、膝丸っ!?」
膝丸を見上げれば、膝丸の指が紐の上から審神者の肌を撫でる。動くな、とばかりに触れる指先は優しくも、簡単には逆らえない意志を感じられ、審神者はこくりと喉を上下させた。
びくびくとした審神者の眼差しを、膝丸は気持ち良さそうに受けてはたっぷりと微笑んだ。
「なに、夕飯までには放してやろう」
「ひっ……」
審神者の上げた悲鳴は、抱え上げられた腕によって奪われる。膝丸は審神者を軽々と抱き上げては、廂に上がり、部屋の奥へと向かった。
「……っ!」
膝丸が迷うことなく進んだ奥には、外気を防ぐ几帳に、敷物の茵と葛籠が置かれてあるだけの簡素な部屋があった。
ここ数日、審神者はその部屋をとある理由で使用していたが、これといって何をする部屋と決まっているわけではないただの空き部屋だ。決まっているわけではないが、……『何をする部屋』ではないことは確かだ。
「ひ、膝丸、下ろして……っ!」
膝丸とその部屋に入るなり、審神者は抱えられた足をばたつかせた。いっそ暴れた勢いで腕から落とされてもいい、と足を動かしたのだが、悲しいことに鍛えられた膝丸の腕はそんなことでバランスを崩すことはなかった。
膝丸は並べられた几帳の内へと審神者を運び入れ、茵の上へとそっと下ろす。
「……暴れるな。押さえ付けたくなる」
じゃれる仔猫を見下ろすかのように微笑まれたが、聞こえてきたのはとてもじゃないがいたいけな仔猫へ向ける台詞ではない。
膝丸は敷物の上に寝かせた審神者の上に跨がり、上着の前を開けていく。
「す、すでに押さえ付けられているような…………」
押さえ付けたくなるといいつつ、身動きができないよう膝丸の足が審神者の腰を挟んでいるのは気のせいだろうか。ゆっくりと下ろされていく上着のファスナーを気にしつつ、審神者は落ち着きなく視線をさ迷わせた。
まずい、このままでは膝丸の好きにされてしまう。よりによってこの部屋で……。と、部屋の隅にある葛籠を視界の端に入れながら、審神者は膝丸を弱々しく見上げた。
「い、今剣が戻ってきたら……っ!」
「戻らん。あれとて長くある刀だ。君と俺が二人きりとなれば己がどうすればいいかくらい察する」
何とか理由をつけて退いてもらおうと、先程去った今剣が戻ってきたらどうするのだと訴えたが、膝丸のファスナーを下ろす手は止まってくれない。
「……まあ、何をしているかは知らんだろうが」
つまらんことを言うなとばかりに切り捨てられ審神者は口を引きつらせる。退いてくれない膝丸にもだが、あやとりをして遊ぶような子に気を使わせていたのかと思うと居たたまれない。
(……ああ、でも……)
あるじさま、と審神者の手元を指さす今剣の声が蘇る。
今剣へ毛糸を分けてやったとき、とあることを言い当てられたのを審神者は思い出した。
彼はこれから審神者が何をすると言わずとも、ぴたりとそれを言い当てた。更にその行動の裏にある審神者の思いも汲み取り、励ましもしてくれた。その気遣いに、幼子の姿をしても彼は何年も生きてきた付喪なのだと改めて考えることがあった。
そう思い出しながら、膝丸の後ろにある葛籠を眺めると、目の前の梔子がすうと細められた気配がした。
「君…………」
脱いだ上着の音で審神者の意識は引き戻される。
どこを見ている、と言わんばかりに膝丸が上着を投げ、それを葛籠の上へと放った。
「先から何を気にしている」
一瞬の余所見も許さぬよう、目の前に膝丸の顔が迫った。
何を気にしていると膝丸は聞いたが、上着を放った場所を見れば審神者が何を気にしているのか気付いているのは一目瞭然だ。絹糸のように柔く流れる白緑の髪から、梔子色の目が鋭く審神者を追い詰めた。
「い、いや……その……」
「俺を前にして、何に気を取られている。……あの中に何を隠している?」
腰は跨がれ、手は紐が絡んだままの審神者に膝丸から逃れる余地など無い。
「か、隠して、なんて……」
今ここであの存在を知られるわけにはいかない審神者は言葉を濁らせるも、それが逆効果だったのか、膝丸の目の鋭さが増した。
「……気に入らんな。俺に言えぬ事か」
すうと、膝丸の声が低くなった。
隠し事をするつもりも、怒らせるつもりもなかった審神者は怒気を滲ませた膝丸を前に狼狽えた。
「そんなつもりは……」
「では、あれの中は」
「え、えっと……」
「………………」
審神者が言い淀めば言い淀むほど、膝丸の表情は消え、冷えたものになっていく。
先まで暖かい陽にあてられた体に冷たい汗が滲み、膝丸を怒らせていることに審神者は焦りを覚えた。
あの葛籠の中を膝丸だけには知られたくない気持ちと、膝丸を怒らせてしまうまで隠すほどのものなのか、しかしできるのなら知られたくないという気持ちがせめぎ合う。どうすべきなのかと、追い詰められた審神者はぎゅっと目を瞑った。
「――……いい」
すると、少しの間を置いて膝丸の溜息が落ちた。
「俺に言いたくないことの一つや二つ、君にもあるだろう」
覆い被さっていた影が遠ざかった気がして目を開けば、膝丸は上体を起こしては審神者から体を離していた。それから手首に絡んでいた紐を牙で噛み千切り、拘束を解く。
ぽとり、と紐が落ちた。
「無理に聞いて悪かった。少し…………、いや、何でもない」
伏し目で言葉を打ち消した膝丸からは先程の怒気は消え去っていた。代わりに、寂しそうにも、辛そうにも聞こえる声で膝丸は言った。
打ち消した言葉の続きは何なのか。問う前に膝丸の手が離れ、冷えた空気が手首を掠めた。
「すまない。頭を冷やしてくる」
無意識に縮こまらせていた体が起こされ、膝丸に背を向けられる。こちらを見ようとしない膝丸に審神者の胸がひやりした。
なんてことだ。自分のつまらない意地で膝丸を傷付けてしまった。
葛籠の上に放った上着を拾い、几帳の外へと出ようとする膝丸を審神者は呼び止めた。
「待って……、膝丸っ」
審神者の特別を求める膝丸に隠し事など、考えてみれば不安を煽るようなものだ。審神者とて膝丸に隠し事をされたら不要に暴くことはしなくとも、寂しい気持ちが残るだろう。
そんな思いをさせるほどの隠し事ではない、むしろそんな思いとは真逆の意味を込めて『作っている』というのに……! と審神者は立ち上がっては膝丸を引き留めた。
「ち、違うの……、か、隠し事とか、そんなものじゃなくて……そんなつもりじゃなくて……」
上着を脇に抱えた膝丸の背に額を預け、審神者は腰のあたりをきゅっと引き掴んだ。
「あ、あの……、ひ、引かないで……欲しいのだけど……」
「……引く…………?」
膝丸にしがみつくようにし、誤解をしたまま行かないでくれ、と審神者は膝丸を見上げる。そして恐々と、しかししっかりと膝丸の手を取り、葛籠の前へと連れていく。
「君……」
葛籠の前に座った審神者に、膝丸が「無理に教えてくれなくていい」と言おうとしてくれたが、審神者は膝丸から手を離し、葛籠の蓋をそっと持ち上げた。
まだ、膝丸どころか誰かに見せるのすら恥ずかしいものだが、贈ろうとした相手を悲しませるようでは意味がない。審神者は葛籠の中から、あるものを慎重に取り出した。
「これは…………」
そして、隣に腰を下ろした膝丸の前にそれを差し出す。
「……さ、寒くなって、きた、から……」
「……なって、きた……から……?」
「あ、編み物とか、し、してみたくなって……」
「うん……?」
「だから……あの……」
手元のものと、審神者に。
交互に注がれる視線に審神者の手が震え出してしまいそうだった。今すぐにでも葛籠の中へと戻して固く蓋をしてしまいたい衝動に駆られるも、ここで誤解を解かなくてはと審神者は手したそれに顔を埋めるようにして答えた。
「……………………膝丸に……マフラーを……」
落ち着いた、渋みのある毛糸で作られているそれは、編みかけのマフラーだった。
今時、手作りのマフラーなど欲しがる男などいないだろうと思い、綺麗に完成したら手作りだと告げずに「良かったら使って」と、しれっと渡すつもりだったのがとんでもないところで公表する羽目になってしまった。
……まだ半分も編みきれていないというのに。
「…………俺に……?」
「……はい」
「…………君が……」
「………………はい」
「手作りの……」
何の辱めを受けているのやら。思いもしなかったといった風で聞き返してくる膝丸に審神者が勘弁してくれとマフラーから顔を離した。
「うっ、も、もうやめて……っ、今時手作りなんて重いってわかってるよぉ……っ!」
これ以上聞いてくれるな、と審神者が吠えれば、すぐに膝丸の手が審神者の両腕を掴んだ。
梔子色の目が見開かれる。
「それは……、完成したら、俺の物になるのか……」
突然腕を掴まれたことにもだが、膝丸の反応に、言葉に、もしや引かれていないのかと審神者は小さく驚く。
「……きっ、綺麗に、出来上がったらだよ……? あっ、あと、膝丸が、き、気に入ってくれた、のなら…………」
「気に入る。気に入るに決まっている」
間髪入れずに膝丸がそう言い、審神者の顔を覗き込んできた。
「君が俺のためにと自ら編んでくれたものだぞ。仕上がりなど関係なしに譲ってくれ」
「て、手作り、だよ…………」
「手作りだからこそ」
「お、重たくない……?」
「重たくない。……こんなにも軽い」
そう言って膝丸は棒針がついたままの編みかけのマフラーをそっと持ち上げた。
「………………」
審神者が言った重いは気持ちの話で重量の話ではないのだが……。と見上げるも、見上げた膝丸は目をきらきらと輝かせては編みかけの、まだマフラーのマの字もないものを見下ろしていた。
(喜んで、くれているんだよね……)
まだ完成には程遠く、久しぶりに棒針を持ったゆえに既に粗が目立っているのだが、こんなにも強く関心を持ってくれるとは。
「……どうだろうか」
膝丸は、まだ半分にも達していないマフラーを自身の首元にあてては嬉しそうにそれを撫でた。
似合いそうな色の毛糸を探して買ったのだ。似合ってくれないと困る。審神者は膝丸からマフラーを取り返しては、口を小さく尖らせた。
「マフラー、作ってるの膝丸だけだから……。皆には、言っちゃ駄目だよ?」
「ああ……もちろんだ…………っ」
念を押すように見上げると、膝丸はこくこくと力強く頷いた。それから信じられないと輝かせた目を瞬き、審神者の手にあるマフラーを見詰める。
ただのマフラーに、ましてや綺麗に作られた既製品でも何でもない、素人が編むようなマフラーにそこまで嬉しそうにしてくれるとは……。
申し訳ないような、恥ずかしいような、嬉しいような、そんな気持ちが転がした毛糸のように絡む。
『――それは、膝丸さまにですか?』
しかし、そんな転がした毛糸玉を、あの時の今剣はそっと解してくれた。
隠れて編んでいたのを見付かった恥ずかしさに、こんなものを与えて膝丸は喜んでくれるだろうかと苦笑すれば、今剣は慈愛に満ちた目で審神者へ微笑んだ。あまりにも優しい目を向けられて驚いたくらいだ。
『あるじさまが手ずからあんでいるのです。あるじさまがなんといおうとも、膝丸さまはぜったいによろこんでくれますよ。……あるじさまのいちばんをおもう膝丸さまのうれいもはれるでしょう』
そして、少しだけ寂しそうにもした。
『すこし…………、やきもちをやいてしまいます』
手作りのマフラーなど逆に気負わせてしまうのではないかと心配していた審神者だが、今剣はそれを羨ましいと口にした。そんなたいしたものではないと返そうとしたが、すぐにいつもの無邪気な顔が向けられた。
『うらやましいので、こんどこっそりしかえしをします! 膝丸さまはすこし、いえ、かなりわがままでよくばりです! なのでぼくもぼくなりに、あるじさまへよくばりになろうとおもいます!』
いいですよね、と今剣は抱き付いて聞き返してきた。ぎゅうぎゅうと抱き付いてくる今剣の欲張りなど可愛らしいものだと審神者は頷いた。
そして、ここに編みかけのマフラーがあるのは二人の秘密ですね、と言われて額を付き合わせてはくすくすと笑い合ったのだ。
「私は審神者だから特別はあげられないけど……。ま、マフラーをあげるくらいは…………」
特別が欲しいと言った膝丸に、ただのマフラーを与えるくらいは許されるだろう。
しかも(何度も言うが)素人が編んだ手作りのマフラーだ。気持ち次第では罰ゲームにもなり得そうなものだが、それで勘弁してくれないかと言えば、膝丸は俯きかけた審神者の唇をすくうように口付けた。
「……っ」
「……君にはただのマフラーかもしれないが、それは間違いなく俺の特別だ」
触れた唇がものすごく甘く感じた。その甘さから膝丸の喜びを感じ取ったような気がして審神者は頬を染めた。
「……で、いつ出来上がりそうなのだ。明日か、今夜か」
「そ、そんなにはやく出来上がらないよ……。空いた時間を見付けて編んでたから。夜とか、時間があったときに少しずつ編むつもりだけど……」
「夜……? 夜に編んでいたら俺との時間はどうなる」
「編みながらでもお話できるよ…………?」
「お話はもちろんだが……、共に寝る時間はどうなる」
「ど、どうなると言われましても…………」
はやく仕上げて欲しいのなら一緒に寝る時間を我慢してもらうとか、膝丸だけ先に寝てもらうか、もしくは最初から自室で休んでもらうとかになるだろう。
体は一つしかないのだ、無茶を言わないでくれと膝丸を見れば、その膝丸は一大事かつ深刻な問題を目の前にしたかのよう眉を寄せていた。「そうだ……、いや、でも」「待ってくれ、そうなると君の休む時間が」「しかし、ううむ……」と悩みだした膝丸を見て、審神者は思わず小さく笑ってしまう。
「ふ、ふふ……っ」
「君…………」
笑い事ではないと膝丸に言われてしまったが、マフラーごときでそんなに百面相をしなくとも。自分の作るものを心待ちにして表情をころころと変えてくれる膝丸が嬉しくて、審神者は穏やかに目を細めた。
「……………………」
そんな審神者の表情に膝丸が目を見張ったが、その顔に審神者の小さな影がかかる。
編みかけのマフラーを葛籠に戻し、薄い唇に自分のものを軽く押し当て、審神者は膝丸の頬を両手で包んだ。
「……あのね、今日は夕飯前のこの時間だけ編もうと思っていたの。…………だから、今、少しだけ時間があるの」
唇を寄せながら言えば、丸まっていた膝丸の目がじわりと熱を帯びる。
頬に添えていた手に、膝丸の手が重なった。
「……ならば今、この時を俺に与えてはくれないか。夜は、編む君の姿を眺めながら話がしたい……」
きゅ、と握られた手に膝丸の指が絡む。審神者はその指を編み込むように握り返しては、唇を重ねた。
「見られると緊張しちゃう……」
「恥ずかしがる君が想像できる」
膝丸の小さく笑った吐息がかかった。同時に口付けられ、何度か重ねるだけの口付けが続く。
「ん…………」
優しく重ねつつも、食むように唇へ甘噛みを繰り返す膝丸に審神者の体が後ろへと傾いでいく。背中に膝丸の腕がまわり、ゆっくりと押し倒されては口付けが深くなる。
触れていない面を探るよう、角度をつけて口付けられると触れたところから溶けてしまいそうな感覚に襲われ、審神者は思わず顔をそらした。
すると、頬を染める審神者へ膝丸が擽るような笑みを浮かべて見せた。
「ああ、その顔だな。恥じる君の顔は何度見てもいい」
「……全然嬉しくない」
「可愛いと言っている」
「そうは聞こえないのだけど……」
恥ずかしがる顔が可愛いなどどうかしている、と見上げればその表情をなぞるように膝丸の指の背が審神者の頬を撫でた。
穏やかな笑みを浮かべつつ優しく撫でる膝丸に、その指先ひとつひとつから可愛いと言われている気がして審神者の恥ずかしさに拍車がかかる。
「ならば、そう聞こえるように尽くそうか」
「…………っ」
頬を撫でる手が緩やかに滑り、審神者の胸の膨らみへと添えられる。衣服越しに指先を軽く埋められ、むず痒い痺れが全身に走った。
「ん…………」
指先がやわやわと動いては胸の形を探る。手は胸の上を微かに動いているだけだというのに、膝丸に触れられていると思うだけで息が上がっていく。
だんだんと、胸を覆う膝丸の手の大きさ、指先の形がわかってくる。膝丸の手の動きを追うと、触れられている感覚が鋭くなっていくのだ。
「は、ぁ……」
息が震え、熱っぽい吐息が唇を濡らす。
すると吐息を塞ぐように膝丸の唇が降り、僅かに開いた隙間から柔らかな舌が滑り込んだ。誘い出されるようにちろちろと舌先を舐められると、顎が勝手に緩んでしまう。
「んぅ」
みっともない、だらしないと感じるのに、膝丸はそれを待ち望んでいたかのように舌を擦り合わせては審神者の柔らかいところばかりを狙って擽ってくる。
その内、膝丸の手が太腿を撫でてはその内側へと潜り込んできた。衣服はいつの間にか白い足が剥き出しになるまで暴かれ、開かれた足の間に膝丸の腰が押し入ってくる。
「あっ、う…………」
呻くような声を上げてしまったのは膝丸が下肢を押し付けてきたからだ。下着の上から膝丸の熱く硬いものを押し当てられ、その熱と質量に怯んだところを口付けられる。
「……静かに。誰かに聞かれるかもしれん」
そう口にした膝丸からは緊張感というものが微塵も伝わらない。人通りの少ない奥の部屋ではあるが、戸は閉めずに几帳を並べているだけの空間だ。微かに笑みを浮かべた膝丸の表情は誰も来ないとわかっていてのものだろうが、絶対来ないとは言い切れない。
「なら……、変なこと、しないで……」
「変なこと、とは……このことだろうか?」
「…………っ」
下肢を押し当てつつ擦るようにされ、膝丸のものがひどく昂っているのを知ってしまう。あけすけにそんなことをしないでくれと参ってしまう自分と、膝丸が興奮してくれていることに喜ぶ自分がいて審神者は驚く。しかし、恥じらいつつも膝丸のすることに抵抗する気がない自分が情けなく、ますます羞恥が膨らむ。
「やだ……恥ずかしい…………」
「君のせいだ」
「んっ…………ち、違…………膝丸、じゃ、なくて」
「…………?」
すりすりと、衣擦れの音が静かに響く。押し付けられるそれを膝丸は審神者のせいだと言ったが、そうではない。審神者は両手で顔を覆った。
「……わたしが、恥ずかしいの…………膝丸が、してくれることが、う、嬉しくて…………みっともない…………」
「……………………」
膝丸の反応が嬉しい。嬉しいと感じている自分が恥ずかしい。審神者だからと毅然とした態度を取ろうとしても、膝丸に触れられるとすぐにただの女になってしまう。
いやらしい女だと思われてしまう、そう恥じて覆った手だったが、その手はやんわりと外されてしまう。
「……君は、俺をどうしたいんだ…………」
外された先には、照れを滲ませつつ心底困った顔をした膝丸がいた。
「君の隠し事に妬いたり、手作りの贈り物で喜んだり、誘う君に惑わされたり……、みっともない姿を見せているのは俺の方だ……」
こんなことで張り合うわけではないが、俺の方がそうだと話す膝丸に審神者の胸がきゅんと切なくなった。
困惑する姿でさえ、一寸の狂いもなく美しいのに何故そんな事を言うのだろうか。
「そんなこと、ないよ……膝丸は、いつも、かっこいいよ…………」
「その言葉、そっくり返そう。君はいつも可愛い。可愛くて、いとしくて、俺はいつも……」
――どうにかなってしまいそうだ。
そう口にしながら、膝丸の指が審神者の足の間を撫でた。
「んっ…………」
柔らかい布の上を膝丸の指先が滑る。
薄い布と秘部の間から潤んだ音が聞こえ、既にたっぷりと濡れているそこにどうにかなってしまいそうなのはこちらの方だと審神者は口元に手を当てる。
しかしそれを見下ろす膝丸が覗き込むように顔を傾けてくる。嫌でも合ってしまう目からは「もっとその顔を見せてくれ」と言われているようで審神者は小さな安堵と興奮を覚えた。
膝丸に触れられて乱れてしまう自分はおかしくないのだろうか。
いやらしい女だと思われないのだろうか。
膝丸の手に安らぎと高まる気持ちが一つに混ざり、体の奥に小火が立つようなむず痒さが広がる。やはり、審神者の方が心を乱されている。
「んっ……んぅ」
膝丸の手が審神者の腹を撫でては下着の中へと滑り込んだ。同時に、審神者は熟れた瞳でそこを捉えては膝丸同様、細い指先をそっと伸ばした。
「…………き、み……っ」
伸ばした先は、膝丸の熱。
二人同時に互いの熱に触れ、二人は熱い吐息と声を交わした。
審神者が触れた膝丸は、指先が触れたと同時にぴくりと反応したような気がした。
自分と同じように膝丸も反応してくれたのか。下衣越しだったから確証がない、もっと触れればわかるだろうか。
そう、審神者は小さな手を膝丸に添えた。
「…………っ」
手で包むように触れれば、膝丸の熱が下衣の下でひくりと動いた。布を押し上げる膝丸のものは大きく、どこか苦しそうで、審神者は宥めるように指先で擦ってあげた。
「や、めなさい……。君が触るものじゃ、ない」
「い、嫌だ……? 私が触ると、膝丸は嫌? 気持ち悪い…………?」
張り裂けんばかりの膝丸の先を撫でる。膝丸が許してくれるのなら下衣をずらして直接触れてみたいところだ。既に触れているこの手が気持ち悪いと言われたらすぐに離そうと思っていたが、奥歯を噛むように熱い息を吐き出す膝丸からは嫌悪は感じられない。
「……いやな、聞き方だな……。頷いたら、俺が君を拒んでいる、ようだ」
聞き方が悪い、と審神者を詰るように膝丸の指が奥に沈んだ。
「あっ…………んっ、んんぅ……っ」
おまけに腹の裏側をなぞられ、触れられたところがきゅうと切なくなり審神者は喘いだ。
「ひ、ぅ……、そ、それ、やだぁ……」
「嫌か……? 俺が触ると、君は嫌か? 気持ち悪いか……?」
「う、うぅ…………っ」
審神者と同じ事を聞きつつも膝丸の指に迷いはない。一度指が抜かれては、すぐにまた指が沈む。本数を増やされ、先と同じように腹を撫でられた。
「んっ、んんっ…………」
内側を触れられると全身がぞくぞくと震える。恐怖さえ抱く切なさが全身に走り、喘ぐ声が抑えきれない。襲い来る切なさに悶えていると、膝丸が細く息を吐いた。
まるで審神者の意識を奪い取ることに成功し、ほっとしたような溜め息に審神者は膝丸の熱を撫でた。
「くっ……」
完全に気を抜いていたであろう膝丸が短く息を詰めた。
「……っ……、まったく、悪い手だ…………」
叱られてはいるものの、本気で嫌がられてはないようだ。審神者は膝丸を見上げた。
「きもち、いい…………?」
「…………」
吐息交じりに聞けば、膝丸の動きが止まった。
そして複雑そうな表情を浮かべ、審神者へと覆い被さる。
「……もどかしくて、頭がおかしくなりそうだ」
言いながら、膝丸の親指が審神者の花芯を転がした。
「ひゃぁん……っ、あっ、膝丸……っ」
ちゅく、と唇を甘く吸われ、体がそのまま膝丸へと吸い取られていくようだった。
小さな粒の周りを撫でられ、審神者の嬌声が口付けの中に消えていく。代わりに華奢な足がびくびくと震えては、口付けと共に意識がふわりと溶けた。
何処か遠くへと体が浮かび上がり、ぎりぎりまでそこに留まっては落ちる。実際、審神者の体は膝丸に組み敷かれていて何処かへ行く余地などないのだが。
「…………は、ぁ……っ」
脱力し、弛緩する体を投げ出せば、膝丸が審神者の下着を脱がした。先程よりも大きく足を開かれ、審神者の手が膝丸から離れてしまう。
「あっ……」
自分が与えられたような震えを膝丸に返していない、と審神者は名残惜しそうに手を伸ばした。しかし、ぎらりと鋭く睨まれた目と、下衣を引き下ろして勢いよく飛び出してきたものに指先を引っ込めた。
取り出されたものは先まで審神者が触れていたものだ。触れて想像していたよりも、遥かに大きさがある。
元々この大きさだったのか、それともこの一瞬で大きく張り詰めてしまったのか。途惑いを隠せない審神者に、膝丸が昂った雄の先を当てる。
「今更怖気づいたか?」
花弁を掻き分け、硬く張った先が審神者の潤んだ蜜口を掻き混ぜる。
「あっ、か、たい……っ」
まだ挿入も無しに入口へ触れられているだけだというのに、硬く、鋭いそれに腰が引ける。
「……当たり前だ。茸にでも触れているつもりだったか」
しかし無意識に引いた腰を膝丸がしっかりと引き掴み、ゆっくりと体を押し付けてきた。
「あ……、あぁっ……」
指の比ではない、熱く質量の持った重たいものが中へと入って来る。
逃げ場などなく、一方的に押し入られるものに審神者は息を詰めた。いや、体はこんなにも打ち震えているのだ、一方的などではない。
「ふ、ぅっ…………あっ……あぁっ」
残り少しというところで、膝丸が圧し掛かるようにして奥まで沈めた。押し出されるように吐息を零し、審神者は隙間なく満たされたそこに小さく震えた。いや、満たされるというよりも、広げられていると言った方が正しいくらいに膝丸のものが中で主張している。
「気持ちいいか?」
膝丸が唇を寄せながら聞いてきた。
素直に言えば唇を吸ってやろうとばかりに近付けられた形のいい唇に審神者は目の前がくらくらとした。
口付けが欲しい。膝丸に満たされたまま唇を吸われたらどんなに気持ちが良いだろうか。今でさえ満ち足りているというのに、この先があってしまうのか。
審神者は潤んだ瞳で懇願した。
「き、気持ちいい……、すごく、すごく苦しいのに、気持ちいいの……」
腹の中の膝丸が苦しい。苦しいのにそれが気持ちいい。
そう言って膝丸の唇を息で湿らせれば、膝丸も苦しそうに眉を寄せては審神者へと口付けた。
「は……、む、ぅ」
「俺も、苦しい……苦しいのに、気持ちが良い……」
「は……、う、うれしい……いっしょ……」
膝丸と気持ちを共有できたことが心身ともに一つになれたような気がして、審神者は力なく微笑んだ。
微笑んだ審神者へ膝丸は切なげに目を細めた。そしてまた唇を重ねては、押し付けた腰を緩やかに揺らした。
「ん、ぅっ……」
「は……、長く、持ちそうにないな……」
ゆるゆると揺らされていた動きが、次第にゆっくりとした出し入れへと変わる。狭い入口を太く硬いもので擦られ、心も体も膝丸によって開いていくようだった。
「んっ……わたし……、わたし、も……っ」
「……いい。ともに……」
腰を掴む腕に手を添えれば、膝丸の指が審神者の指に絡んだ。少しの隙間もないよう、しっかりと編み込まれた手と手は溶け合うようで心が満たされていく。
「あっ……ひ、ざまる、膝丸……っ」
「……はっ……」
きゅう、と強く握り込まれる手と同時に、膝丸の動きが加速する。小刻みに揺さぶられ、視界がぶれてしまうというのに繋いだ手はしっかりと握られていた。
激しくはされていない。それなのに怖いくらいに胸が苦しくて、切なくて……、でも温かくて。繋いだ手はそのままに、審神者は訪れる果てに身を任せた。
「……あっ、あぁっ……!」
「くっ……」
びくびくと審神者の爪先が痙攣し、震える体を伝って膝丸も熱を迸らせた。
引き絞られる熱い中に膝丸が短く唸っては審神者の上へ体を投げた。果てた体は汗が滲むほどに熱く、膝丸の荒い息を耳元で聞きながら審神者は苦笑した。
「……あ、ついね……。膝丸の体、熱があるみたい……」
そう言って汗の浮かぶ額を撫でてやれば、苦笑した審神者につられたように膝丸も同じような表情を浮かべた。
「今は熱くとも、いずれ冷える。しかし、君のマフラーがあればずっと温かいだろうな」
だから、俺に贈る約束を違えてくれるな、と膝丸から念を押すような口付けをされ、やはりマフラーの存在を知られたのは痛手だったと審神者は項垂れた。

***

「ただいまもどりましたー!」
日が落ちかける前、裏山で紅葉狩りと茸狩りを楽しんできた今剣が岩融と共に戻ってきた。籠いっぱいに茸を入れた二人を迎えれば、審神者を見付けた今剣が審神者の胸へと飛び込んだ。
「あるじさま、きのこたっくさんとれましたよ!」
「きゃっ……!」
しかし、数刻前とは違い、審神者は飛び込んできた今剣を受け止めきれずに後ろへとよろめいてしまう。側にいた膝丸が審神者を支えてくれたおかげで後ろへ転倒せずに済んだが、その代わりに今剣へと膝丸の軽い叱責が飛ぶ。
「今剣。主は女人であり、君の主だ。軽々しく飛びつくのはやめなさい。転んで頭を打ったりなどしたらどうする」
いつもなら抱きとめてくれるのだが、今回は驚かせてしまったのだろうか。後ろへ転倒しそうになった審神者を見て今剣も危ないとわかり、しょんぼりと肩を落としては項垂れた。
「……はい。ごめんなさい、あるじさま……」
「き、気にしないで今剣。今のは私が少し驚いてしまって……」
落ち込んでしまった今剣は見ているこちらが苦しくなるほど可哀想に目を潤ませ、審神者は慌てて今剣の手を取った。そして泥だらけの手を見ては、今剣へと視線を合わせるように屈んで笑みを浮かべてみせた。
「今剣、私は大丈夫だから。手を洗って着替えていらっしゃい。それからどんな茸が取れたのか、聞かせてくれる? 私、今お腹がぺこぺこなの。とってきてくれた茸が夕飯に並ぶのが楽しみだわ」
「あるじさま……」
優しく微笑めば、今剣の顔に明るさが戻っていく。
「……ね?」
審神者が今剣の小さな手を撫でると、まだ涙で目を潤ませつつも、今剣は「はいっ」と元気よく返事をしてくれた。後ろから膝丸の溜息が聞こえたが、やれやれと苦笑を滲ませたもので先程の厳しさはない。
「……あれ? あるじさま、おきがえされたんですか?」
しかし、今剣の笑顔に安堵したのも束の間。
「……えっ?」
「それに……てくびにあかいあとが……」
出掛ける前と着ている物が違うことを指摘された審神者は浮かべていた笑顔を引き攣らせた。
「あっ……い、いや、う、うん……? ちょっと、着ていたものを、よ、汚してしまって……? いや、汚した……あ、汗をかいた……? 待って、違う、あの、その、これは……」
目に見えて動揺しだした審神者だったが、純真無垢な今剣にそれを察する能力はまだない。しかし審神者が何か隠しているのはわかる今剣は首を傾げた後、「あっ!」と声を上げた。
びくっと審神者が大袈裟に驚いたのを見て今剣は嬉しそうに笑顔を見せた。
「わかりました! あるじさまも、じつはきのこがりをされていたんですね! ぼくがでていったあとに、膝丸さまとひみつのばしょでもむかったんですか?」
「……きっ……!!」
しかし、今剣の言葉に審神者はこれ以上ないくらいに顔を真っ赤に染め、ぴしりと石のように固まった。そして重たい石を動かすかのように側に立つ膝丸を見上げた。
見上げられた視線に膝丸は明後日の方へ向き、「腹がすいたな。厨の様子を見てこよう」などと言って足早にその場を去って行った。
すぐに膝丸を呼び止める審神者の声が本丸中に響き、それを見た岩融が豪快に笑い飛ばす。
「主と膝丸様が仲睦まじくて何よりだ!」
冬を迎える乾いた空に、笑い声が高く響く。

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