鬼とおもちゃ(2/2)


皆で夕餉を取り、湯浴みを済ませた後、なまえは片付けてしまいたいものがあるからと言って早々に部屋へと戻った。
審神者の業務は本日のところ一通り終えていると知っている近侍の髭切が手伝おうかと声を掛けてくれたが、なまえはそれにお礼を言って断った。何故ならなまえの片付けたいものとは、何と言わず、『あれ』だからである。


「あれ〜? おかしいな、どこやっちゃったんだろう」


しかし、彼女の部屋には押し入れに頭を突っ込んではなかなか顔を戻さないなまえの姿があった。
何やら探し物をしているようだが、言わずもがな、夕餉前に押し入れに押し込んだ『大人の玩具』を探していた。


「奥に詰め込みすぎたかな」


髭切に声を掛けられ慌てて押し入れに戻したせいか、例のものが押し入れの中に見当たらない。
かと言ってここに戻したのはわかっているので、ここ以外探しようがないのだが。


「厳重に包んでみんなが寝静まった頃にゴミ袋の底にぶちこんで、そのままゴミ袋の口しばってしまいたいのだけど……」


なまえは完璧な隠滅を計画していた。
過去の産物であるし、使ってもいないのだが、これの存在を知られたら審神者の沽券に関わる。
できればと言わず、誰の目に触れない内に処分してしまいたいのだが。


「おかしい。絶対ここにあるはずなのに」


間違いなくここにしまった。慌ててはいたが、そんな奥深くにしまいこんではいないはずなのになかなか見付からない。
ほんの少しだけ焦り始めた心臓に「大丈夫、大丈夫だ」と言い聞かせ、なまえは押し入れの奥へと頭を入れた。
すると、部屋の外から声が掛かった。


「主、ちょっといいかな」

「ッ五秒待っ……痛!!」


聞こえた髭切の声になまえは押し入れから出ようとしたが、思い切り頭を押し入れの中板にぶつけ、隠し切れない鈍い音が響いた。


「主っ?」


大丈夫、と返す間もなく、夜着姿の髭切が許しを待たずに部屋へと入ってきた。
しかしそこで髭切が見たものは、夜着姿の主が押し入れの手前で後頭部を抱えている姿だった。
鈍い音と、開かれた押し入れの戸、それから後頭部をおさえている彼女の姿を見れば何があったかなど一目瞭然で、髭切はくすりと笑ってから戸を閉め、なまえの元へと近寄った。


「大丈夫かい? あわてんぼうさん」

「う、うう〜……」


ぶつけた後頭部に優しく手を添え、様子を見ながら髭切はなまえの小さな頭を撫でた。


「こぶは大丈夫そうだね。何か冷やすものを持ってこようか? それとも粟田口の白衣の子を呼んでくる?」

「だ、大丈夫、問題ないです……」

「そう、それなら、押し入れに頭を入れるくらい何を探していたの?」


にっこり、なまえの頭を撫でながら髭切がそうたずねた。
なまえはその言葉にぴしりと体を固くさせながら、頭を抑えるふりをしてぐるぐるとまわる目を俯くことで隠した。


「いや、その、大したものじゃなくてね。もういいんだ」

「そうなの? じゃあ何探してたの?」

「いや、本当にたいしたものじゃ」

「たいしたものじゃないそれってなあに?」


やけに食い付いてくる髭切の言い方になまえは何か違和感を覚え、おそるおそる顔を上げた。
そこには穏やかに微笑んではいるが、何か含んだような目をした髭切がなまえを見詰めていた。
―何か、圧をかけられている……。
と感じたなまえは髭切に対して何かしてしまっただろうかと頭の中で今日一日の出来事を振り返る。
しかし髭切に対して何かしでかしたわけでも、何かをされた記憶はない。
ではこの髭切の圧はなんなのか。
髭切に対して思い当たる場面はまったくもって無いのだが、しかし今日は押し入れの中から例のブツを発見してしまった。髭切にそれを見せてはいないのだからこの髭切の圧と例のブツが直結するわけがないのだが、何故かなまえの頭の中には髭切と例のブツがぐるぐると廻っていた。


「ねえ、主。君の探し物は、もしかしてこれなんじゃないかな」


そう言った髭切になまえの心臓がきゅうっと悲鳴をあげた。


(まさかそんなはずはない。だって髭切はその存在を知らないはず! 自分だって出てくるまですっかり忘れていたはずなのに!)


しかし無残にも、髭切が袖の下から取り出したのは水色の細長い棒状の例のブツであった。


「主、これなあに?」


いやもうお前その笑顔これ何か絶対知ってるだろう、と返したくなるのを飲み込み、なまえは三秒ほど固まる。
そして、ぱん、と両手を目の前で合わせた。


「ありがとう髭切! 本当にたいしたものじゃないんだけどそれ探してたんだ〜! ほら、握ると気持ちがいいストレス解消グッズ! 昔流行ったよね〜! いやでも本当にたいしたものじゃないから捨てようと思ってたの! ね、本当に大したものじゃないでしょう!」

「へえ、ここ押すとぶるぶると震えるのもストレス解消なのかい?」

「うん! ぶるぶる震えて気持ちがいいよね!」

「そう、気持ちがいいんだ。ふぅん……」


今、とてつもない地雷を踏み抜いた気がした、となまえは笑顔を引っ付けたまま息を止めた。


「ねえ、どうすれば気持ちがいいの。教えてくれる? 主」


すると、髭切が手にしたそれをくるりと手の中で持ち替え、逆手にそれを持ち、なまえの体を自分の胸へと抱き寄せ、目の前へと差し出してきた。
まるで短刀か何かを首にあてられているような気分だ。髭切にそんなつもりはなくとも、なまえにとってはドラマでよく目にする人質にでもなったかのようだ。


「僕にはこれ、張型のように見えるんだけど」

「は、はり、がた……?」

「うん? わからない? でもこれ、あれだろう?」


男のあれを模したもの、と耳元で囁かれ、なまえは真っ赤になる顔を両手で覆いとうとう観念した。


「ちがうんです…………悪気はなかったんです…………刑事さん、私は無罪です……」

「詳しく聞いてあげるから話してごらんよ」

「む、むり……見逃してください刑事さん……」

「んー、無理かなあ」


鼻歌でも歌いだしそうな口調で言う髭切だが、説明するまで放さないとばかりに抱き寄せる腕に力がこもっている。


「悲しいなあ。僕がいるのに、君はこんなもので自分を慰めていたの?」

「な……! な、なぐさめてない……!」

「押し入れの中に大事にしまいこんでまでして。僕では物足りないものを、これで補っていたのかい?」

「ち、違うの髭切……! だって、それ一度も使っ……」

「ねえ、どうやって使っていたのか僕に見せてくれる?」


ぞっとするような声と吐息が耳にかかり、なまえは全身を粟立たせた。
ひやりとするような声音に思わず髭切の方へ顔を向ければ、冷たい目をした髭切がなまえを捉えていた。
全身が凍るような冷え切った髭切の目に、なまえは声を無くす。
こんな目を向けられたのは初めてだ。
使った使っていないに限らず、髭切の知らないところで自慰を匂わせたからだろうか、それとも髭切という人がいるのにモノを使用したと思わせてしまったからだろうか。
とにかく、髭切を怒らせてしまい、なおかつ初めてこんなに冷たい目を向けられ、なまえは目の奥が熱くなるのを感じた。


「あ……っ、違……」


そしてそれは耐え切れずになまえの頬を濡らしてしまう。


「ほんとうに、一度も使ってないの、本当……ごめんなさい……」


ぽろぽろと零れ落ちる涙に、それを見ていた髭切がはっと息をのんだのがわかった。
それから髭切は手にしていた玩具を手放し、頬に落ちる涙を指先でそっと拭った。


「泣かないで主。ごめんね、怖がらせてしまったね」

「髭切、お願い、信じて。私、それ使ってないの……、たまたま出てきて、出てくるまで存在すら忘れていたの……、でも本当に使ってないの……」


こんなものをしまい込んで説得力の欠片もないが、審神者は涙ながらに髭切に訴えた。
髭切はそんな審神者の涙を拭いながら、抱き寄せる腕を緩め、優しく抱え直した。
審神者の体を横抱きにし、審神者の頬を自分の胸に押し当てる。


「ごめんね、泣かないで。大丈夫、わかっているよ。君がこれを使っていないのは最初からわかっているよ。でも少し、僕は妬いてしまったんだよ」

「……妬く……?」

髭切の口から聞きなれない言葉が出てきて、審神者の涙は止まった。
濡れた睫毛を瞬かせながら髭切を見上げると、髭切はもう冷たい目などしておらず、困ったように笑っていた。


「忘れているようだから言っておくよ、主。僕は今こそ人の姿を得ているけど、元は物だ。主という君に愛されて姿を得る。だからこそ君の愛を一身に受けたい気持ちは人一倍だよ。付喪としても、君に恋をした男としても、僕は君の関心を得るもの全てに妬かずはいられないんだ。例えそれが使われようが使わまいが」


つう、と輪郭を指先で撫でられ、なまえは涙を引っ込めた。
慰められてはいるのだが、どこかしらに自分の主張を通してくるのが髭切らしい。
なまえはすん、と鼻を鳴らしてから髭切の首筋に額を預けた。


「……怒ったのかと思った……」

「ごめんごめん」


許しをこうような口付けがなまえの頭頂部に優しく落ちた。


「でも、どうして髭切がそれ持ってるの……?」

「君は隠し事が下手だからね。夕餉を知らせた時から様子がおかしかったから、何か隠しているのはすぐにわかったよ」

「な、なんと……」


完璧に何事もないように装ったはずだったのだが見抜かれていたらしい。


「おまけに随分と甘い匂いを纏わせていたからね」

「えっ」

「僕と一緒に居たわけでもないのに甘い匂いをさせている、それから君の隠し事をしているような素振りが気になってね。君が湯浴みをしている最中にちょっとね」

「ちょ、ちょっとって……つまり押し入れを探ったの?」

「君が何かに情を向けていると思ったら気が気でなかったんだ。僕以外の何かに君が心を傾けていたら、僕は暴れてしまうからね」


ふふ、と笑った髭切だが、先程の髭切の目を思い出したなまえはまったく冗談に聞こえなかった。
髭切のように笑えずにいたなまえだが、あまり深くつついて藪蛇にでもなったら洒落にならない。
押し入れを探られたことに多少言いたいことはあるものの、それよりも恐怖の方が勝ってしまったなまえは口を噤んだ。


「でも主、これを使わないでくれたのは僕としては嬉しいけれど、どうして使わなかったの? 必要だと思ったから手元に置いたんだよね?」

「つ、使わなかったというか、必要がなくなったというか……。それを買ったのは審神者を始める前で……、勢いで買ったはいいものの、結局意気地がなくて使えなかったんだけど……。でも、い、今は、髭切がいるから、必要がなくなって、捨てようと思ってたのも忘れてしまって……」


だから、その、本当に大したものではなかったのだ、とごにょごにょ続けるなまえに、髭切は嬉しそうに顔を綻ばせた。それからなまえの体をぎゅうと抱き締め、まるで大きな犬のようになまえの頭に頬ずりをした。


「嬉しいよ主。僕はちゃんと君を満足させているんだね」

「ま、満足というか、むしろ、多少控えてくれても……」

「そこまで言われたら、僕としても期待に応えないとね」

「何も言ってないけど!? あとなんの期待!?」


横抱きにされた体がひょいと持ち上げられ、なまえが抵抗する間もなく、髭切は奥の間へと向かった。
すらりとした見た目をしているのに、着物の下にある体はよく鍛えられている。厚い胸板に固い腕。普段はお茶と甘いものを好み、時間があるのならひたすら昼寝をしているか食べているかのどちらかなのに、この体はどうやって作られて維持されているのだろうか。
なまえは危なげもなくしっかりと運ばれてしまう自分の体が恥ずかしくもあり、抱えてくれる髭切の逞しい体にも参ってしまい、こうなってしまうと髭切の腕の中ですっかり大人しくなってしまう。
私室兼執務室の奥に続くのはなまえの寝所だ。審神者になりたての頃は、短刀や脇差など、急に体を得て不安になった子達とよく一緒に寝ていたが、賑やかな本丸になってからはそれもなくなった。今、この寝所に勝手に出入りするのはなまえと、恋仲である髭切くらいだ。
髭切は敷かれてある布団の上になまえをそっと下ろし、不安と期待の目を向けるなまえの額に口付ける。
小さな音が室内に響き、なまえは恥ずかしそうに両目を瞑り、髭切はそれに目を細めて眺めていた。


「うん、やっぱり君のこの香りは僕だけのものだ」

「か、香り……?」

「うん。甘い香りだよ、美味しそうな」


うっとりとなまえの頬を撫でる髭切に、自分の使っているシャンプーやボディソープはそんなに匂いがしただろうかと首を傾げた。そういえば、先程も髭切は甘い匂いがどうとか話していた。あんまり気になるようならばシャンプーやボディソープの種類を変えなければ、と考えたところで髭切がなまえの首筋に顔を埋めた。


「……っ」


ちゅ、と首筋と耳の裏の薄い皮膚を吸うように口付けられ、思わず首を竦めた。


「君は気持ちが高ぶると、とても美味しそうな匂いを発するんだよ」

「え……っ?」

「僕はいつもその匂いに惑わされる。くらくらするよ」


言いながら続けられる吸い付くような口付けはなまえの首筋を通り、夜着の合わせまでおりてくる。


「夕餉の前もこの匂いをさせていたの、自覚がないの?」

「な、ない……。え、く、臭い?」

「臭くないよ! まあでも、僕を惑わす良くない香りでもあるけど。僕の前だけだったらいいよ」


すう、となまえの胸元で髭切が大きく息を吸った、というよりも嗅いだことに審神者は「ひっ」と声をあげた。


「や、か、嗅がないで……!」

「こんなにいい匂いなのに、嗅がないでって、主はひどいなあ」


まあ、嫌だと言われてもやめないけど。と小さく呟いては髭切はなまえの帯紐をしゅるりとほどいた。途端に頼りなくなった胸元に慌てて合わせを両手で押さえたなまえに髭切が唇を重ねる。


「……んっ」

「さあ主、今晩も何モノでもないこの髭切が、君を満足させてあげるよ」

「ううっ……、ご、誤解だぁ……っ」


玩具を持ってはいたが一度も使用していないのだから、髭切との行為を満足していないわけではない、決してないのだ。ただ、止めないと後がひどいことになるのだ、髭切の行為は。
しかし止めてくれと言って伝わったことはないし、だからといって髭切との行為を絶ちたいわけでもない。
恋人に執拗に求められるのは(限度があるものの)もちろん嬉しい。嬉しいのだが。


「うん? 主は僕とこうするの、嫌い?」


髭切はなんというか、押しが強いのだ。
そういう言葉はもっと弱々しく言うものだ、となまえは口付けを受けながらも強く訴える。しかし塞がれた唇では強い訴えもかき消されてしまう。


「んっ、んぅ〜っ」

「ふふ、可愛いなあ」


合わせを押さえるなまえの手を取り、ゆっくりと胸元から外させる髭切の顔は嗜虐的で、とてもじゃないが自分のことを嫌いかどうか聞いてくるような怯弱なものには見えなかった。
つまり、わかっていてわざと聞いているのだ。
その証拠に髭切は遠慮なくなまえの柔らかな膨らみを夜着の上から撫でるように触れてはやんわりと手のひらで揉み始めた。
髭切の手の動きによって形を変える柔らかな胸はまるで自分のものではないかのようで、しかし与えられる得も言えぬ気持ちになまえは声を漏らす。


「……んぅ」

「可愛い声。もっと聞かせて」


そう言って髭切はなまえの上に跨がり、身を屈めては、はだけた胸元に口付けた。
なんとか胸は隠れているものの、胸元は既に白い肌が見えてしまっている。髭切はその谷間に口付け、また小さく声をあげたなまえの反応を見て口元に笑みを浮かべた。
そして片方の手はなまえの胸に触れ、もう片方は夜着ごしに胸に噛み付いた。


「んっ」


もちろん甘噛み程度なのだが、どのくらい歯を立てればなまえが気持ちよく感じてくれるのかなど、髭切にはわかりきったことだった。
唾液を含んだ舌で夜着ごと吸い付かれ、なまえの胸の頂きがつんと姿を現す。髭切はその可愛らしい先を濡れた夜着ごと親指と人差し指で摘まむようにしてくにくにと遊んだ。


「ふふ、もう立ってる。わかる? 僕に苛めて欲しそうにしてる」

「し、してない……!」

「してるよ。ほら、こっちも」

「あっ」


きゅっと両胸の先を指先で摘ままれ、なまえは体をひくつかせた。


「ねえ、もう直接触っていいよね、はやく食べたい」


ぐるる、と髭切の喉が鳴ったのは聞き間違いではない。少し掠れた声は彼が興奮しきっている証拠で、見上げたくちなし色の瞳はぎらぎらと金色に鈍く輝いていた。
求められている、というよりも、食べられてしまいそうな熱になまえの全身は獰猛な獣を前にしたかのようにぞくりとする。
全身に走るのは確かな寒気なのに、見詰められる目の熱に火傷してしまいそうになる。


「ん……、おいしい」

「……っ」


美味しいわけがない。ただの女の肌だ。
それでも髭切はなまえの肌を舐め、食み、唾液を絡めて食べ尽くそうとする。
じゅるりと音がするたびなまえは耳を塞ぎたくなるのだが、それよりも髭切の愛撫により何かを握っていないと発狂してしまいそうになる。そう自分の頭にある枕を逆手に握り締める。


「はあ、ずっとこうしてたい……」


柔い胸に頬擦りをする髭切は飼い慣らされた獣そのもので、なまえは握っていた拳をほどき、少し癖のあるふわふわとした髭切の髪に指を通す。
少しだけ指に絡む髭切の髪の感触が気持ちよく、思わずその感触を楽しむように撫でると、髭切は嬉しそうに目を細め、なまえに口付けた。


「主、もっと僕を愛して。物としての僕も、男としての僕も」


そう乞われ、なまえは髭切の頭を引き寄せ、そっと唇に自分の唇を押し付けた。
しかしそれだけではなく、おずおずと赤い小さな舌を出し、髭切の唇をちろりと舐める。
髭切はそれを嬉しそうに受け止め、なまえのしたいように顔を近付けさせた。


「ん……、待って主、牙には気を付けて」


舌で髭切の唇をちろちろと舐めるなまえにそう優しく注意すれば、なまえは心得たとばかりに髭切の牙へと舌を這わせた。
牙で舌を切らないようにして欲しかっただけなのに、まさかそこを舐めてくるとは思わなかった髭切は少し狼狽えるが、牙と歯茎と唇を拙くも舌先で愛撫してくるなまえに髭切は両目を強く瞑る。


「ん、主……っ」


我慢できないとばかりに髭切はなまえの体を抱き締め、覆い被さるようにして自分も舌を出し、なまえのそれと絡める。


「あ、ふ……、んっ」

「はあ、ずるいなあ。……ん、そんなことされたら、もっと君を好きになってしまうよ」


ー愛とは、なんと際限のないものだろう。
こんなにも愛しているというのに、求めているというのに、この気持ちはまだまだ膨らみ続けては際限なく彼女を喰らおうとしている。いっそ審神者という名前を奪ってしまい、彼女を主でもなんでもないただの女にして誰の手も届かない場所へ閉じ込めてしまいたい。
髭切は貪るようになまえの唇に口付け、華奢な体を多少の苦しみを与えるように強く抱き締める。


(この子の目に映るもの全てが僕であればいいのに。そうすればこの子が他の物であろうが何であろうが、僕以外に気がそれることがないのに。でも……)


透明の糸を紡ぎ、なまえから唇を離すと、見下ろしたなまえは溶けた飴玉のようなとろりとした目で髭切を見詰め、ぱっと頬を赤らめて視線を外した。
その愛らしい動作に髭切は感嘆の息を漏らす。


(儘ならないこそ、これがひたすら愛しいのだ、僕は)


恥ずかしさに顔をそらしたなまえの額にかかる髪を指でよけながら髭切は微笑んだ。


「自分から煽ってきたのに」

「あ、煽ってないもん……」

「ありゃ、そんなこと言うんだ」

「本当だもん。煽ってないもん……」

「そう……」


自分から仕掛けてきた行為を認めないなまえに髭切は溜め息混じりに笑い、すうと目を細めた。


「……主を諫めるのは、家臣の役目、だよね」


そして髭切は袖下を探るように手を入れた。
低く囁いた髭切に、なまえはまさかと身動いだが、髭切に跨ぐようにされている格好では逃げ場など存在しない。
そして髭切の袖下からもう二度と思い出すことはないだろうと思っていたものが姿を現す。


「い、言ってること違う! 髭切それ嫌だって言ったよね!」

「そうだったかなあ?」

「都合よく忘れないでよ……!」


取り出されたものはもちろん、水色のあれで。


「確かに主が僕の知らないところでこれを使うのは嫌なんだけど、僕が見てるところならいいかなって」

「嘘でしょ……」


満面の笑みで言い切った髭切になまえは絶望の表情を浮かべたが、髭切がそれで怯む様子はない。


「い、嫌だ! だ、だって私怖いもん!」

「大丈夫、僕が扱うんだから」


尚更怖い! と言いかけた言葉をなまえを飲み込んだ。言ってしまえば変に髭切を刺激しかねない。
かといってこのままでは本当に使われてしまう……! となまえはほぼ脱げている夜着で身を隠した。


「うん、すごくそそるなあ、君のその格好と表情。無理矢理犯してるみたいだ」


この子犬すごく可愛いね、と話すかのような調子で言われ、なまえはますます身の危険を感じた。いやもう覚悟を決めた方がいいのかもしれないが。
生唾を飲み込み、じりじりと髭切から距離を取ろうとしたなまえだが、髭切は構いもせずなまえの腕を引き寄せ、後ろから抱き締めるようにしてなまえの体を起こした。


「きゃっ」

「大丈夫、中には入れないよ」


ここは僕だけのものだからね。耳元でそう囁き、なまえの両足の中心に髭切の指が触れた。


「んっ……!」

「うん、できれば僕の指で可愛がってあげたいけど」

「……っなら!」

「僕も興味がないわけではないんだよ」


ー何が鬼の腕を切った刀だ。目の前で笑う男がよほど鬼に見える!


「んーでもこれ、僕のものに比べればだいぶ細いけど、女人はこれだけで満足するのかな」

「し、知らないよぉ……」


髭切に後ろから抱き締めながらも顔を覆うなまえだが、しげしげとそれを眺める髭切にもう顔を覆うことくらいしか余力がなかった。
すぐ横を向けば、恋人の髭切が、昔勢いだけで購入した審神者の『大人の玩具』を観察しているのだ。本人は消えて無くなりたいと思っても致し方ない。


「さ、足を開いて。主」

「勘弁してください……」

「うん、勘弁して足を開こうか」


平安刀は究極のマイペース集団であるのは知っていたが、髭切はその中でもなかなかに群を抜いている。マイペースなだけでなく自分の意見を意地でも通してくるところもあるから尚更だ。


「主、僕はね、君の往生際が悪いところも大好きだよ」

「あっ、いや、待っ……、うっ」


ひたり、柔らかいものがなまえのそこに触れる。下着越しではあるが、何かがそこに触れているのは嫌でもわかってしまう。


「ひ、髭切……」

「大丈夫、大丈夫。これを使ってひどい事はしないって」

「これじゃなければひどい事する気あるんだ!?」

「ほらほら、集中して」

「あっ……!」


ぐに、と妙に柔らかいような少し固いようにも感じるものがなまえのそこを刺激し、なまえは無理矢理行為に引き戻される。


「んっ、やっぱり、いやぁ……っ」

「大丈夫、怖くないよ」


布の擦れる感覚と得体の知れないものが自分に触れている感覚になまえは髭切の腕の中でもがくが、髭切は止めてはくれなかった。
むしろなまえの最後の砦でもある下着を横からずらし、あまつさえその隙間からなまえの敏感な場所を水色のそれで触れてきた。


「ひゃあっ」


ひやりとしたものが直接触れてきてなまえは声をあげる。


「む。何、なんでそんな反応するの。まさか気持ちいいの?」

「違……、つ、冷たくて、びっくり、したの……」

「ああ、なるほど。ごめんね、気付かなかった」


そう言うと髭切は手にしたそれをなまえから離し、顔の前へと持ってきた。
そして水色の先端に透明のとろりとしたものがついているのを見て不満げに眉を寄せる。


「ねえ、濡れてる。やっぱりこれでやると気持ちいいの? 僕の愛撫よりも?」

「や、やめて……! そういうこと言わないで! 違う、違うから!」

「じゃあなんで濡れてるの? 僕よりこれがいいの?」


答えるまで放さないとばかりに抱えられている腕に力がこもり、なまえは少し息苦しくなる。
それでも顔から火が出そうになるのを堪えながら、なまえは小さくちいさく答えた。


「さ、さっきの……」

「……?」

「さっきのキスが、気持ち、良かったの……」


先程のキス、と言えば、なまえから口付けたもののことだろうか。
牙に注意して欲しいと言えば自分から口付けてきては舌を絡めてきた、髭切の心を切なくさせるほどの口付けのことだろうか。


「…………」


もしそのことだというのなら、髭切は愛しさがこらえきれなかった。
髭切は水色の先端についたなまえの愛液を丹念に舐め取り、水色のそれを少しだけ口の中でしゃぶった。
突然玩具を舐め始めた髭切になまえは、自分は一体何を見せられているのかと瞠目したが、その意味はすぐにわかった。


「はい、これでもう冷たくないよ」

「えぇぇ……」


つまり髭切はなまえの愛液を舐め取りつつも、冷たいと訴えたそれを口内で温めた、という。


「君に舐めてもらおうかと思ったけど、君の口の中も僕のものだから。僕が舐めることにしたよ」

「…………」


髭切の嫉妬の仕組みがまったくわからない。
いや髭切を完全に理解しようなんてこれっぽっちも思っていないし、できるとも思っていないのだが、浮世離れしているこの性格は嫉妬まで常人では理解できないところにあるらしい。


「さあ、もう一度足を開いて」

「も、もうやめよぉ……」

「君が興味を持ったものに、僕もどんなものか把握しておきたいんだ。さ、主」


有無を言わさず、髭切は再度なまえの下着に指をかける。指先で花弁を少しだけ開かされ、ぷくりと現れた無防備な粒へとちょこんと触れさせた。


「あっ……!」

「どう? 冷たくない?」

「あ、いやっ、髭切ぃ……っ!」


水色のそれが粒の上を滑り、花弁の合間を撫でるように掻き分ける。
髭切の唾液で濡れたそれがなまえのそこを滑り、全身がぞくぞくと震えた。


「んっ、やだぁ……!」

「ああ、そういえばこれ、銀色のところを押せばぶるぶる震えたね」

「待って! 押しちゃ駄目……! あぁんっ!」


びくんっとなまえが腕の中で強く震えたのは、髭切が玩具のスイッチを押してそれを振動させたからだ。


「わあすごい。ぶるぶるするね!」

「んんっ、だめ、だめぇ……!」


細かな振動がじんじんとなまえの弱い場所を刺激し、認めたくはないが強烈な快感が脳を支配する。


「あっ、は、だめ、そこぉ、んっ」

「ああ、ここ? ここ、弱いもんね。当て続けたらどうなっちゃうのかな」

「あぁぁっ……!」


恥ずかしい声が口から溢れ、押し付けられる快感に逃げたくても逃げられない。
下腹部から全身へと何かが込み上げてきて、抗えないその波になまえはそのまま達っしてしまいそうになる。


「い、いっちゃ……!」


支配される快感の波に全身に力を入れたなまえだったが、その瞬間、髭切が玩具をなまえに当てるのを急に止めた。


「あっ…………、え……?」


あと少しと言わず、寸前で止められたそれになまえは思わず髭切を見たが、その髭切はつまらなさそうに手元の玩具を見下ろしていた。
そして冷ややかにそれを見下ろしていた髭切の腕の筋肉がぐっと盛り上がり、手の中の玩具が鈍い音をたててひん曲がった。


「……!」


表面がシリコン素材でできていて柔らかいとは思ったが、中は振動するほどの精密機器が入っているのだ。そしてその精密機器も精密とは言うが、それなりの強度があるはずだ。しかし髭切の手の中のそれは髭切が力を加えた方向へと曲がっていた。
突然のことになまえは玩具と髭切と交互に見たが、その視線に気付いた髭切が玩具を畳へと投げ捨てた。


「やめた。やっぱりあれは君には必要ない」

「ひ、髭切?」

「君は僕が満足させてあげる」

「えっ、待っ……!」


何度彼に「待って」と言っただろう。それでも止めてくれた試しなどないのだが。
髭切は再度なまえを布団へと転がせ、夜着を取り払い、下着をも脱がせた。
そして白い太腿を鷲掴み、左右へと広げさせた。
じっと注がれる視線の先にはなまえの陰核があり、まさかと声をあげる前に髭切がなまえの中心に顔を埋めた。


「やあぁっ……!……んっ、あ、あぁ……!」


髭切がじゅっ、と音と共になまえのそこに強く吸い付いた。
中途半端に止められ行き場を無くした熱が、髭切の吸い付きと共に吸い取られていき、緑はそれだけで達してしまった。
熱く、強い波に体がさらわれ、背中をしならせたなまえだが、それが髭切の顔にそこを押し付けるような形になってしまう。
髭切はそれを待っていたかのようにべろりと舌を伸ばし、なまえのそこを舐めしゃぶった。


「あっ、駄目、も、もう、イッた、あっ……!」


髭切の頭を手で押し退けようとしても、髭切の顔はそこから離れなかった。むしろ押し退けようとすればするほど行為が激しくなり、なまえは続けて二度目の波に流されてしまった。
自分では止められない体の緊張になまえが喘ぎ混じりに息を整えていると、ばさばさと性急に衣服を脱ぐ音が聞こえた。
弛緩する体でなんとかその音の方向へと目を向けると、髭切が腕に絡む夜着を焦れったそうに脱ぎ捨てていた。
全て脱ぎ終えた髭切は、じんわりと浮かんだ汗と額に張り付く前髪を掻き分けるようにして、髪を後ろへと撫で付けた。
はあ、と興奮しきった息を漏らしながらされたその動作になまえはきゅうと胸が締め付けられ、そのまま息苦しくなって死んでしまうのかと思った。


「ふ……っ」


髭切がかっこよすぎて泣きたい。いや、既に半分泣いている。
とばかりに枕へ顔を埋めていると、その上に髭切が乗ってきたのが落ちた影でわかった。
はあはあと聞こえる荒い息で彼が飢えた獣のように興奮しているのがわかった。
それが自分のせいだと思うと、なまえはどうしようもなく目の前の物であり男でもある存在が愛しくてたまらなかった。


「ねえ、いつまでそうしてるの。君の目の前にいるのは僕だ。僕だけを見て」


強気に求めているのに、なまえの指先を取ってそっと口付ける唇は優しい。
許しを乞うようなその切ない口付けに、なまえは髭切の首に腕を回して引き寄せた。
ちゅ、と口付けると、髭切が堰を切ったように唇を押し付けてくる。


「ん、髭切……ふ、」

「…………はぁ、なまえ、なまえ」


熱っぽい溜め息と同時に髭切に名を呼ばれ、なまえは髭切を見詰めた。
なまえと刀剣としてではなく、ただの女と男として。


「……髭切が、いい。髭切が欲しい」

「あげる、全部。僕は君のものだ」


そのまま溶けてひとつになってしまうのではないかと思うほどの口付けをし、髭切のそれがなまえへと突き立てられた。入り口にそれが触れているだけだというのに、そこだけが異様に熱い。


「あ、あつい……」

「そう、僕のは冷たくないよ」


ふっと笑った髭切になまえもつられて笑ったが、次の瞬間、髭切のものが一気に中へと押し入った。


「あっ……!」

「っ……」


そういえば今日は指で解されてもいない。
まだ入れるには開ききっていなかったなまえの中に髭切のものが入り、その圧迫感になまえは白い喉をのけぞらせた。
髭切のものをきつく締め付けるなまえを宥めるように、髭切はその白い喉に甘く吸い付いた。
徐々にではあるが、髭切の口付けに促されるようにしてなまえの呼吸が繰り返され、髭切は浅く呼吸を繰り返すなまえを褒めるように優しく撫でた。


「大丈夫……?」

「んっ、……、髭切の、大きい……」

「うん、僕のは大きいよ」


だからあんなものは必要ないね。といわんばかりに言ってくる髭切になまえは笑った。


「もう。変な嫉妬しないで」

「んー、無理かな。僕は君が思っている以上に君が好きだから、ね」

「あ……っ!」


髭切がゆったりと腰を動かし、また一気に奥へと深く突き刺した。
視界が揺さぶられる強い刺激になまえは喘いだ。髭切はその喘ぎ声ごと喰らうように何度もなまえに口付け、そして何度も自身を突き刺した。
ここは自分のものだと、自分しか入れてはいけない領域だと刻み込むように。


「ああっ、髭切、は、げし……っ」

「うん? 嫌だ? やめる? 君のお願いなら何でも聞いてあげるよ」

「あっ……、やだ、やめ、ない、で……っ」

「ふふ、可愛い……」


ー本当、僕なしじゃ生きられないようにしてやる。
どろどろとした嫉妬と渇望、彼女を純粋に可愛い、愛しいと思う気持ちがせめぎあってどうにかなってしまいそうだ。
嫉妬にかられるなんて良くない。そう思っていたはずなのに、この体を得て、心を得て、自分はとんでもない感情を持ってしまった。


「主、僕を鬼にさせないでね」

「えっ……、あんっ……! あっ、待っ……、だめ、い、いく……!」

「いいよ、何度でも連れてってあげる」


なまえの細腰を掴み、髭切は自分だけが知っているなまえの顔を恍惚と見下ろし、彼女を高みへと導いた。
一番きつく締め付けられる中と合わせて髭切もなまえの体を強く抱き締め、なまえが達する瞬間を目に焼き付けるように眺めた。
この娘の気をやる表情は美しい。自分だけのものだと囲い込むように抱き締め、喘ぎながらも髭切の名を呼ぶなまえをいとおしげに口付けた。


「ひげ、きり……」

「うん?」

「髭切が、好き……。髭切じゃないと、いや、だから、ね……?」


軽い口付けを何度も落としていると、ふとなまえがそう口にし、髭切はくちなし色の目を真ん丸とさせた。
散々可愛がったせいできっと自分が何を言っているのか理解しきれていないだろう、と髭切は思った。
それでも、嘘ではないと感じる言葉の愛しさに、髭切はとろけるような笑顔をなまえに見せた。


「うん……。僕もだよ」


そっと返した言葉になまえが気持ちよさそうに目を細めた。それに髭切も表情をやわらげ、彼女の体を抱き締めながら自分も横になる。
体の位置を変えたためなまえの口から漏れる。その甘い声を楽しみながら、髭切はなまえを自分の体の上へと抱き上げた。柔らかな胸が髭切の胸にたっぷりと押し付けられる。
このふっくらともむっちりとも言い難い柔らかな感触は、まったく癖になる。むにむにとそれを揉めば、なまえの唇から可愛い声がこぼれる。


「んっ……、ひげ、きり……」

「うーん、気持ちいい。ずっとこうしてたい」

「ずっとは……、困っちゃう……」

「なんで? 気持ちいいから?」

「……うん……、髭切の手、気持ちいい……」

「嬉しいことばかり言ってくれるね……」

「あぁん……っ」


素直な言葉をまともに食らい、髭切は嬉しいのだが悔しいとも感じてしまい、ゆっくりと自分の腰を浮かせた。するとそれに反して自分の重みでなまえの中に髭切のものが奥へと押し上げられる。
髭切に抱き着きながらも弱々しく鳴いたなまえの体を満足そうに微笑みながら抱き締め直す。


「お礼に、いっぱい、気持ちよくしてあげる。僕なしじゃ生きられないくらい」


そうであればいいのに。そう本音を混ぜて耳元で囁けば、ふと顔をあげたなまえが髭切に口付ける。


「もう、髭切なしじゃ生きられないから、責任取って……」


ちゅ、と押し付けられた小さな唇に髭切は目を丸くし、その言葉を頭の中で噛みしめがらなまえの唇に強く噛み付いた。


「ああ、君は僕をどうしたいんだ……」


苦しげに呟かれた髭切の言葉は、口付けと共になまえの切ない声に掻き消えてしまった。




鬼とおもちゃ



***


後日、名案だとばかりに髭切はなまえの元へと自身の刀を差し出した。


「主、寂しくなったら僕の本体を使えばいい!」

「はーい髭切さんしばらく近侍解雇ー。長期遠征決定ー」

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