ひひらぐ柊(2/4)

審神者の机には、色鮮やかな落ち葉や、綺麗に笠を広げた松かさ、真っ赤に色付いた南天の実が転がっていた。
あまり机の上に私物を置かない審神者が珍しいと、膝丸は見掛けたついでにふと気になり声をかけた。
「今剣か……?」
聞けば審神者が小首を傾げるので、膝丸は机に並ぶものに視線を投げる。今剣、もしくは他の短刀達が庭で遊んできた帰りに拾ったものを飾っていったのかと思ったが、苦笑を浮かべた審神者から聞かされた名前に膝丸は小さく眉を寄せた。
「ううん、髭切だよ」
「兄者、だと……?」
「うん。アドベントカレンダーだって。昨日は南天、一昨日は松ぼっくり。その前はこの落ち葉だけど……これは栞にでもしようかなぁ」
「ア…………、なんだ?」
聞き慣れない言葉に膝丸がますます眉根を寄せると、審神者が指先でくるりくるりと回していた落ち葉を口元に当て、くすくすと肩を揺らした。
「ふふ、源氏の重宝たるもの、流行りには敏感じゃないと」
「…………」
……別にそのア……なんとかカレンダーを知らずとも、生きていく上で問題はなさそうだが、源氏の名前を出されると流しにくい。
膝丸は兄が拾ってきたという松かさや南天を横目に、一息つく審神者の側に腰を下ろした。で、何があったと腰を据えると審神者は少しだけ困ったように笑った。
「…………」
この場に兄がいたのならきっと、その表情をくすぐったくなるような笑みで眺めるのだろうと思いつつ、数日前のことだと前置きした声に膝丸は耳を傾けた。




「――今年はね、僕からクリスマスプレゼントがあるんだ」
「……はあ…………」
世間を騒がす流行り風邪をもらうことなく、今年も無事終わりそうだと審神者が最後のカレンダーをめくった時だった。
執務室に顔を出した髭切から、突如聞かされた申し出に審神者は目を瞬く。
おそらくそこに行き着くまでにたくさんの考えがあったはずなのに、常人には追い付けない聡明さのせいでほぼ結論だけをいつも聞かされる。そんな状況に慣れてしまった審神者は、今度は何を思い付いたのだろうと楽しそうにする髭切を眺めた。
確か、髭切にはこの間から近侍を外れてもらっていて、しばらく執務室に出向く用も言い渡して無いはずなのだが、用がなかろうがこの男は来るのだなと審神者はこっそり溜め息をつく。……この様子だと、先日とある件で喧嘩したことなど覚えていないのだろう。
思えば、喧嘩というより審神者が一方的に怒っていただけかもしれないが、それさえ忘れてしまうとは……。おおらかな彼らしいといえば、彼らしい。
「だからね、今年は僕が君のサンタクロースになろうかと!」
「……サンタさんって知ってる? おヒゲがぼうぼうなんだよ」
「髭切改め、サンタクロースだよ。髭を切るのは得意だから剃ってきたんだ」
「さようですか……」
髭どころか首まで持っていきそうなサンタだな、と審神者はこっそり首を擦ったが、髭切はそのまま話し続けた。
「そこで、良い子の君に早速アドベントカレンダーを用意したんだ」
「アドベントカレンダー?」
馴染みのない言葉に首を傾げると、髭切は「おや」と片眉を上げては楽しそうに目を細めた。
「知らないのかい? クリスマスまでを楽しくカウントダウンするものさ。惣領たるもの、流行りにはもっと敏感でなくてはならないよ」
「…………」
流行りには敏感……、というより、おもしろいものを見付けたから審神者で試したいという思惑を受けなくもないし、そもそも日本刀の付喪神に言われたくない。
「ほらほら、これだよ」
髭切は机に置かれた通信端末を慣れた手付きで操作し、その画面を審神者に見せた。画面には、数字の書かれた小さな箱を並べたカレンダーが映っていた。そのカレンダーの形は木箱だったり、タペストリーだったりと様々だったが、どれもクリスマスらしい赤と緑、白と紺色に金色を取り入れたお洒落なデザインをしており、見ているだけでもわくわくするような可愛らしいものばかりだった。
「ああ、これが……」
髭切と肩を並べ、画像を眺めながら審神者は頷いた。
アドベントカレンダーという名前と存在はなんとなく聞いていたが、実際どんなものかは見たことがなかった。クリスマスを楽しむようなアイテムとは無縁のような日々を送っていたので、名前を出されてもいまいちピンとこなかったのだ。
クリスマスといえば、昨年は雪吊りした木にイルミネーションを施し、『雪ヅリー』なんて苦しいものを生み出しては、チキンとケーキを食べたくらいだ。
日本の神様がこんなことをしていいのかと思いつつも、年末年始の本丸事情といえば連隊戦で忙しく、あまり浮かれていられないのと、当人(刀?)らが楽しそうにしていたので、息抜きになればまあいいかと毎年薄れていく日本家屋とクリスマスの違和感と、なんちゃってパーティー感を楽しんでいたのだが、まさか髭切から本格的なクリスマス行事を聞かされるとは思わなかった。
……そんな行事名を覚えるより、弟の名前の一つくらい呼んでやればいいのに……と、彼の弟にちらりと同情しつつ、審神者は髭切へ向き直る(……まあ、膝丸に関しては確信犯のような気もするが)。
「で、そのアドベントカレンダーは? サンタさん」
「うん。今日から一日ずつ、直接渡しに行くよ。楽しみにしててね」
「手渡し……」
アドベントカレンダーは、綺麗な箱やポケットのついたタペストリーから何が入っているのかを開ける楽しみもあるのでは……、と思ったが、そこはまあ髭切の突然の思い付きであろうから大目に見ようと審神者は目を瞑る。
「今日はね、亥の子餅だよ」
「突然の時代錯誤」
はい、と早速手渡されたのは懐紙に包んだぽってりとした楕円形の茶色いお餅だった。亥の月に食べると万病から逃れるとして無病息災を願ったお菓子であるが、十一月に食すものを出されるとは確実に余り物だ。
「さっき僕も食べたから、味は大丈夫だよ」
「食べたんかい」
いきなり月も文化もバラバラなものを出され、途端何が出てくるかわからないアドベントカレンダーの気配を察知した審神者は不安しかない。
「どうして急にこんな……」
贈り物みたいなことを始めたのだ、と訝しげに見れば、髭切はきょとりと目を丸くさせた後、くすりと笑っては審神者の机に肘をついた。机の上に凭れるようにした髭切が、肘をついたその上に顎を乗せ、下から覗き込むようにして審神者を見上げる。
「ご機嫌取りくらいさせてよ。当分、一緒に寝てくれないんだろう」
そろりと動いた長い指が、机に置いた審神者の手に甘えるように絡んだ。向けられた目は先までアドベントカレンダーがどうのこうのと話していたものではない。ほのかに艶を含ませた視線に審神者はぐっと息を詰まらせた。
「君のいない夜は寒いだけだから、贈り物でもして早く機嫌を直してもらおうかなって」
「……っ、お、贈り物で気を引こうたって、そうはいかないんだから! だいたい、それは髭切が……!」
「うん? 僕が、なんだい?」
声を上げる審神者とは反対に、睦言のように寄越される甘ったるい視線と声に、思わずくらりと目眩を起こしそうになる。審神者がその目から逃げるようにぷいっと顔をそらせば、絡んだ指先に力がこめられた。
「君の気を引くためなら贈り物くらいするよ。その間、君が僕を想ってくれるというのなら、いくらでも、喜んで」
「だ……っ」
狼狽える手を引き、身を乗り出した髭切に「駄目だ、私はまだ許してはいないぞ!」と開いたはずの口は簡単に塞がれてしまった。
「ん……っ」
押し付けられた唇は審神者の言葉を封じたというのに、噛むように触れる唇はうんざりするほど柔らかい。
「ふふ、可愛い」
上背のある体に身を乗り出されたらこちらは何もできないというのに、髭切は正座した審神者の上に乗り、抵抗を抑えつけた。
そう――、やめてくれと何度啜り泣いても、可愛い、可愛いからもっと泣いてごらん、と責め立てられたあの夜のように。
押し付けられる口付けと共にぐぐぐと仰け反っていく視界の端で、審神者は亥の子餅を見た。イノシシを模して作られたお菓子を横目に、そう言えば、亥の子餅は子供をたくさん産むイノシシにあやかる意味もあるのを思い出し、髭切があの夜からまったく反省してないと気付いた審神者は、唇が離れた隙に大声で助けを求めたのだった。
「ひ……、膝丸ーっ!」



――ぱちん、と耳元で何かが弾ける音がした。
ぱち、ぱちん、と続く音に、いや、これは爆ぜる音だと眉根を寄せた時だった。
「……るじ、主」
「っ!」
「どうした、急に黙り込んで」
髭切によく似た顔に覗き込まれぎょっとしたが、目の前にいたのは先日近侍を頼まれてくれた膝丸だった。髭切とのやりとりを思い出していた途中で、焚火のような、そこにはない音を拾った気がして審神者は辺りを見渡した。
「……ねえ、今、ぱちぱちって音がしなかった……?」
「ぱちぱち……?」
「何か燃やしてるような……、えっと、焚火みたいな…………」
だとしても随分と近くで聞こえた気がした。
周りを見渡しても音の出所はわからず、部屋の外に目をやっても何かを燃やしているような気配はない。
「静電気かな……」
審神者が耳を擦りながら言えば、膝丸も不思議そうに首を傾げた。
「火桶とヤカンでも運んでくるか?」
「あ、いや、加湿器なら貰いものが……」
卓上のミニ加湿器がどこかにあったはずなので、わざわざ火桶を用意して湯沸かしする必要もないだろう。立ち上がりかけた膝丸を止めると、ちょうど話題の人物が顔を出した。
「やあ、主。今日の贈り物を持ってきたよ。柊が花を咲かせていたから……おや、弟だ」
散歩から戻ってきたようなのんびりとした口調に、執務室の空気が和らぐ。柔らかく微笑まれるとついつい許してしまいそうになるが、先日押し倒されたことを思い出して審神者は慌てて顔をそらした。
「膝丸だ、兄者。ちゃんと兄者の代わりを務めているぞ」
「しっかり者の弟がいて助かるよ。主から暇を出されてしまったからねぇ」
はっはっはっ、と笑った髭切の手元には、今日の贈り物らしき、白い花と緑の葉をつけた枝があった。しばらく姿が見えないと思っていたら庭に出ていたらしい。突拍子もない思い付きは今更だが、なんだかんだ一日一度の贈り物を楽しみにしていた審神者は今日は何だろうかと膝丸の後ろから覗いた。
「……っ」
するとまた、ぱち、ぱちんと爆ぜる音がした。
今度は先よりも勢いよく音がし、審神者は膝丸の影で目を瞑った。
「……主?」
耳を抑え、目を瞑る審神者の姿に髭切がすぐに気付いた。耳鳴りにでも襲われているように、少しだけ顔を顰めた審神者に髭切が足早に近寄った。
「大丈夫かい? 耳が痛むのかい?」
「う、ううん、ぱちぱちって、音が……」
「音……?」
心配そうにした髭切が審神者の前で膝を折る。小さな肩を支えるようにゆっくり擦られると、連続していた音が徐々に和らぎ、審神者は表情を緩めてから顔を上げた。
「……ごめん、もう大丈夫。多分、部屋が乾燥して静電気の音でも拾ってるんだと思う」
なんでもない、と笑って見せた審神者に髭切はほっと小さく息を吐き、微笑み返した。
「少し休憩しようか。お茶をもらってくるよ」
「うん、そうしようかな。……ええっと、ひいらぎ、だっけ? 今日もありがとう」
「そうだ、柊が花をつけていたんだよ。クリスマスにはこの葉っぱを飾るんだろう? それに、柊の花は金木犀に似た香りがするから、きっと気が紛れるよ。厨から茶菓子をもらってくるから、それまでこれを眺めててくれるかい」
「ありがとう、髭切」
「兄者。茶なら俺が…………」
審神者の側に残るのなら髭切の方がいいだろう。気を利かせた膝丸がそう言いかけた時だった。柊を受け取る審神者の姿を見て、膝丸は足を止めた。
「………………」
棘のついた葉に気を付けながら、雪を散らしたような白く小さな花に顔を近付ける審神者に、膝丸は険しく眉を寄せた。そして、純白の花から漂う甘い香りを審神者が深く吸い込もうとした時、不意に悪い予感に襲われて声を張り上げた。
「待て! 主!」
「え……?」
鋭い声に審神者が顔を上げた刹那。
――ばちん! と、先とは比べ物にならない激しい音が審神者の耳で爆ぜた。
「……ッ!」
「主……!」
受け取った柊を落とし、ふらりと傾いだ審神者の体を髭切が抱きとめた。
勢いよく爆ぜた音に審神者は耳を抑えたが、音はその一度だけだった。審神者は髭切の胸に凭れながら、鼓膜を破かんばかりにこだまする破裂音をやり過ごす。
「う…………っ」
音の余韻に審神者は小さく呻いた。この破裂音は、自分だけにしか聞こえないのだろうか。こんなにも大きな音をたてているのに、側にいる髭切と膝丸には聞こえていない様子だ。では一体、何の音なのか……。
音の正体を探るように、遠ざかる破裂音と共に審神者は薄っすらと目を開けた。
「主、大丈夫かい?」
「……主……」
きつく目を瞑ったせいか、瞼がひどく重たいように感じられた。
暗闇の中、心配そうにこちらを覗き込む髭切と、どこか愕然とした膝丸の声を聞いた。
「………………」
「主?」
再度、髭切の声がした。
同時に強く抱き止められ、衣擦れの音がする。
いや、違う。
「あの…………」
確かに目を見開いているはずなのに、どうしたことか。
突如として違和感を覚えた体に、審神者は唇を震わせた。
体を強張らせ、なかなか次の言葉を出さない審神者に再度髭切から「主?」と呼ぶ声を聞く。むしろ、それしか捉えることができなかった。
じわじわと事態を把握し始めた自分の体に、審神者はごくりと喉を鳴らして告げた。
「――何も、見えない、のだけど……」
審神者の目の前が、音しか拾えない暗闇に包まれていた。




木に冬と書いて、柊。
その名の通り、冬の始めとともに白い花を咲かせる柊の葉は、燃やすとぱちぱちと音がする。その音は鬼を追い払うと言われており、古くから邪気を祓う木とされていた。
また、深緑の美しい葉には固く鋭い棘があり、鬼の目を突いて退散させる役目もあり、別名『鬼の目突き』とも言う。ゆえに人々はその棘のある柊の枝葉に、匂いの強い鰯の頭を刺し、門口に挿して鬼を払っていたのだが……――。
「――それって節分の話ですよね!?」
「主、知っているかい? 節分って季節が変わる日のことを言って、年に四回あるんだよ」
「ちなみに兄者が持ってきた柊はモクセイ科の金木犀の仲間で、クリスマスに飾るのはモチノキ科の西洋柊だ。西洋柊は冬に赤い実をつけ、柊は初夏に暗紫色の実をつける」
「ありゃ。まったく違う子じゃないか」
「髭切! ……っ」
噛み合わない内容に、そんな話をしている場合じゃない! と前のめりになった審神者だが、ふたりに向けた目の焦点は合わず、ぐらりと体が傾いた。
交じり合わない視線に髭切はすぐさま腕を伸ばし、倒れかける審神者の体を抱きとめた。
「危ないよ。おとなしくしておいで」
倒れ込んだ審神者を腕にすっぽりと収めた髭切が優しく微笑んだ。その声を元に審神者は顔を上げたのだが、黒い瞳は髭切の梔子色を捉えることができなかった。
「……それにしても、何故、柊が主に反応した?」
重ならない視線に髭切が寂しそうに眉を下げた後ろで、部屋の隅で腕を組んで立つ膝丸が誰に言うわけでもなく問う。
「髭切も、膝丸も、ぱちぱちって音本当に聞こえなかったの?」
「僕はとくに?」
「俺もだ」
「…………」
あんなにしてたのに……。
あの音は自分だけが聞いたのかと、しょんぼりと審神者が身を引けば、部屋にはどうしたものかと考える沈黙が落ちた。
ぱちぱちという爆ぜる音を聞いた審神者は、柊に触れた途端、目が見えなくなってしまった。
柊を焚べると葉が膨張して爆ぜ、ぱちぱちと、確かそんな音がするのだったと膝丸が気付いて声を上げた時には、審神者は柊を受け取った後だった。審神者は一際大きな爆ぜる音を聞いたあと、視界が黒一色に塗り潰され、光を奪われてしまった。
「――『鬼の目突き』、か……」
膝丸がぽつりと口にした柊の別名がそうなのなら、審神者はまさしく目を突かれてしまったというのか。
だがしかしそれは、つまり。
「柊は、主を鬼と判断したということか」
「えっ……」
「おや、主。いつの間に鬼になってしまったんだい?」
「えっ……、……えぇ!?」
「君は貰いやすいからな。またどこかで悪い気を拾ってきたんじゃないか」
「駄目だよ、拾う前にちゃんと相談してくれないと」
そんな犬猫のように言われても! と衝撃を受ける審神者だが、実際に目を突かれてしまったのだから反論の余地はない。
一体どこでそんなものを拾ったのかさっぱり皆目見当もつかないが、髭切と膝丸がどんな表情でこちらを見ているのかさえもわからなくて、審神者は言い返す言葉も見当たらずがっくりと肩を落とした。
「……年末の連隊戦までには、治るかなぁ……」
それでもこの後控えている連隊戦を考えてしまうのは審神者の性か。しかし柊に目を突かれたこの状態を一体どうすればいいのだろうかと項垂れると、その頭ごと髭切が審神者を抱き寄せた。
「大丈夫。主が鬼になって連隊戦に間に合わなくても、僕が斬ってあげるから」
「き、斬るのは連隊戦の話……? それとも私のことでしょうか……」
ぽんぽんと背中を叩かれ、慰められているのだろうがちっとも気は休まらない。それでも髭切は宥めるように優しく抱き締めてくるのだが、背中から腰を擦る手がくすぐったくて審神者は小さく身動ぐ。
一応、この場にいる膝丸を気にして腕の中から出ようとすると、部屋の隅から衣擦れの音がした。
「……皆に知らせてこよう。何か妙案が出るかもしれない」
組んでいた腕を解き、部屋を出ようとする足音がすれば、髭切がその背中を追いかけるように声を掛けた。
「お前、確か目薬を持っていたよね? 借りてもいいかい」
「ああ、部屋にある。しかし……」
「め、目薬で治るものなんでしょうか……」
「まあまあ、物は試しだよ」
光を失ったものの、柊の葉で直接目を刺したわけではない。
目薬で良くなるものかと思いつつ、髭切の言うことも確かで審神者は黙る。しかし膝丸に続いて髭切が腰を上げると、急に隣が冷えた気がして審神者は呼び止めた。
「髭切……っ」
「うん?」
呼び止めたと同時に髭切の服を掴もうとしたが、光さえ入らない目では何も捉えることはできない。空を掻いた手を彷徨わせては、不思議そうにする髭切の声を聞いて審神者はおとなしく座り直した。
「……ううん、なんでもない……」
ごめん、引き止めて。と力なく笑えば、髭切が戻しかけた手を引き、両手で包んだ。
「大丈夫、すぐ戻るよ」
「…………うん」
見透かされた不安が大きな手に包まれる。少しだけ安堵したのと共に、やはり一人残される寂しさが審神者を襲う。髭切はそんな審神者にそっと微笑むが、暗闇に支配されたその目にそれが届くことはなかった。

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