俺の主(2/3)

随分と冷たい態度を取ってしまった。
引き摺り出すようにして出した布団の上で、審神者はぼんやりと目を覚ました。
膝丸達に冷たい態度を取ってしまった後、審神者は自己嫌悪から八つ当たりをするように布団を引き摺り出し、整える間もなくそこに顔を埋めて泣いた。あんなことで心乱される自分の心が矮小で、情けなくて、消えてしまいたくなった。
膝丸の心には常に髭切がいて、それが一番で、それが揺るがないことはわかっていたことなのに、それでも我慢ができない自分が許せなかった。大好きな二振りにひどい態度を取ってしまった自分が嫌で嫌で胸が引き裂かれそうだ。二振りが大好きなのに、二振りが仲良くしていると苦しくて仕方がない。
叫びたくなるような気持ちは顔を埋めて堪え、指先が白くなるほど敷布を握り締めて泣いた。しばらく泣き続けると、泣きすぎたせいか、その内頭がぼんやりとしだした。そして本当にそのまま寝てしまったようだ。そろりと目を動かせば室内は暗く、耳を澄ましても誰の声も届かないことから夜が深いのを悟った。
(変な時間に起きちゃった……。二度寝できないかも……)
すん、と鼻を抑えながら体を起こすと、肩から何かがずれ落ちる。衣擦れの音に視線を落とせば、羽織が腰元に落ちる。渋い色の羽織は自分ものではない。自分のものはもっと色が淡く、サイズも小さく、軽いものだ。
(これは……)
暗がりでも見覚えのある羽織を手に取れば、審神者が起きるのを待っていたかのよう反対側から声が掛かった。
「――起きたか」
聞こえた声の持ち主に審神者は肩を跳ねさせ、手に取った羽織を胸に引き寄せる。散々泣いてすっきりした頭にその声は嫌に響いた。羽織を握り締めながら、その羽織と声の持ち主へと顔を向けると、振り向き様に頬を撫でられた。いや、目尻に指先が掠める。
「何を、泣いていた」
乾いた目尻を長い指先が撫でる。ぱりぱりと貼り付いたような感覚が恥ずかしくて小さくその指から逃げようとすれば、男の手が審神者の横につき、近くで顔を覗き込まれた。男の袖が触れる程、距離が近い。
「や……っ」
「寝ながらも泣いていた。何があった」
「膝丸、近い……」
無様な顔を見ないでくれ、と手のひらをかざせばその手を取られ、顔は更に寄せられた。握った羽織が落ちる。思っていたより寝入っていたのか、寝間着に着替えていた膝丸が審神者の顔を覗き込んだ。
「具合が悪いわけではなさそうだな」
「わ、悪く、ない、から……」
「なら、何故」
あのような態度を取ったのだ、と突き刺さる眼差しに審神者はか細く息をする。
何故だなんて、自分が知りたい。どうして大好きな二振りにあんな態度を取ってしまったのか。大好きな人に「放っておいて」と冷たくできたのか。偉い人間になったつもりなど欠片も無いのに、そんな態度を取ってしまったことに後悔しかない。
「俺には言えないことか」
「…………」
言えない事だ。言えないと口にするのは簡単だが、それを伝えるのは難しい。碌な返事もできず黙り込んでいると、審神者の手を取った膝丸の手に力がこもる。きつく握られた手首に思わず膝丸を見れば、審神者を見詰める目は少しの苛立ちと寂しさを混ぜた、傷付いた色を見せていた。
――何故、膝丸がそんな顔をするのだ。
傷付いて、悲しんでいるのは自分の方なのに、何故膝丸が心を痛めたような顔をするのだ。審神者が困惑しつつも見返していると、ふと膝丸の視線と手が外れる。
「……握り飯を作ってきた。体調が悪くないのなら少し食べなさい」
「え……」
そう言って膝丸は横に置いていたらしい小皿を寄せ、審神者へ食べるようにと促す。
小皿には握り飯が二つ乗っていた。まさか、夕飯はいらないと言った審神者に握っ
て持ってきてくれたのだろうか。
「あ、あの……」
礼を言うべきだ。戸惑いつつ口を開くも、それよりも先に膝丸が立ち上がった。
「ひざまる……」
膝丸はそのまま審神者の横を通り、部屋の外へと向かう。
審神者は「待って」とも「何処へいくの」とも言い出せず、こちらを振り返りもしない背中を見送ってしまった。ぴしゃりと閉められた戸の音に怯えては、残された握り飯とひとりぼっちの自分に審神者は顔を歪めた。
「…………」
じわり、じわりと。再び目の奥から熱が零れるのを審神者は感じた。溢れるもので視界の握り飯がぼやける。それでも審神者は握り飯の乗った小皿を引き寄せ、やや大きく握られたそれに涙した。
「……っ……」
夕飯はいらない、疲れているからと口にした審神者を思って膝丸は握り飯を作ってくれたというのに、ひどい態度を取ったことを謝る事もできなかった自分が情けなくて仕方がない。
何が一番だ、何が膝丸の恋人だ。謝罪もできず、心配してくれた相手に礼も言えない自分が彼の何になりたいというのだ。なれるわけがない。こんな、心の汚い人間が、彼の何になれるというのだ。
ぽろぽろと零れる涙が乾いた目尻に沁みる。ひりひりと痛むそこが情けない審神者を苛むようで涙が止まらなかった。止める気も無かった。ここを出て行った膝丸はもう、呆れて戻ってはきてくれないだろう。呼び止めることもできなかった広い背中に審神者の心は切なく締め付けられた。
審神者に膝丸を呼び止める術など、最初から存在しないのだ。
彼は源氏の重宝。彼を呼び止めることができるのは、その片割れである兄のみだ。
「――……君、また泣いているのか」
「……え……っ」
もう開かれることはないと思っていた戸が開き、そこに膝丸が立っていた。
膝丸は涙に濡れる審神者に目を見張り、後ろ手で戸を閉めてはすぐに側まで寄ってくれた。そして手にしたものを広げてはそれを審神者の両目へと押し当てた。優しくあてられたそれはじんわりと温かく、審神者のひりひりと痛む目尻を和らげてくれた。
「タオルを濡らしてきた。……温度調整はしたつもりだが、熱くはないか」
視界は塞がれてしまったが、顔に触れるそれはタオルで間違いないだろう。その上から膝丸の大きな手がタオルを支えるようにあてがわれる。あてられた時は不意だったので多少熱く感じられたが、それが蒸しタオルだと思えばその熱さも心地いい。
「……あった、かい……」
「……そうか」
掠れた声で返せば、ほっとしたような声が聞こえた。穏やかで、優しい声だ。ささくれだった審神者の心に膝丸の柔らかい声が流れ込む。
「なんだ、まだ食べていなかったのか。一口くらいは食べなさい」
叱る声も優しい。もう戻ってこないだろうと思っていた膝丸が戻って来てくれただけでも嬉しいのに、タオルを温めて用意してくれる気遣いに逆に涙が止まらなくなってしまう。
タオルで隠れない口を強く引き結ぶと、それを見たのであろう膝丸が審神者の肩を抱き寄せた。
「俺に話せないことならもう泣くな。俺の知らないことで君が涙するのは気に入らない」
ぽんぽん、と膝丸の手が審神者の頭を撫でた。
あんな態度を取ったのに膝丸は怒っていないのかと審神者は腕の中で肩を縮めたが、宥めるように触れる手はどこまでも優しい。抱き寄せられた際に落としたタオルをそのままに、審神者は膝丸の襟元へとそっと頬を寄せた。すると、触れる手が審神者の髪をすいた。全て審神者がしでかした事だというのに、膝丸は怒っていなければ呆れてもいないようで、審神者はそこでやっと息ができたような気がした。
「それに、そんなに泣いたら君の目が溶けてしまう」
泣き顔を覗き込まれた。目尻を撫でる指が少しだけひりついたが、膝丸の指だと思えば気にならない。きっと泣きすぎてひどい顔をしているというのに、膝丸の顔を見詰めていたくてじっと見上げていたらその顔が顰められ、気まずそうに咳払いをした。
「……何を、そんなに泣いていた。少しも俺に話せないことなのか」
「…………」
むしろ、これ以上ないくらいに優しくされてしまい、先よりも話しづらくなってしまった。
髭切との仲に勝手にヤキモチを妬いていたと言ったら今度こそ呆れられてしまうのではないだろうか。勝手に落ち込み、勝手に後ろめたくなり、八つ当たりをするように冷たい態度を取ってしまった。
――膝丸が、髭切ばかりを優先するから。
いや、烏滸がましいにもほどがある。自分は膝丸の何だというのだ。心を通わせはしたが、言ってしまえばただの恋人。もっと言ってしまえば刀と審神者。それ以上でもそれ以下でもない。『二振一具』としてある兄弟ではないのだ。それなのにその座を羨むとは。
「たいしたことじゃ……」
「たいしたことではないのに君は泣くのか」
「本当に、たいしたことじゃなくて……」
「…………」
膝丸が何か言いたげに審神者を見下ろす。そんな顔をさせたいわけではない審神者は耐え切れずに視線をそらしてしまったが、そんな審神者の口元にぬっと握り飯が差し出される。
「わかった、もう聞かない。聞かないから、何か口にしてくれ」
「いや……あの、えっと……、お、お菓子食べ過ぎて……」
「……嘘であろう。聞かないから、嘘までつくな」
「…………」
溜息混じりに言われてしまい、審神者は握り飯を受け取らざるを得なかった。ぎゅっと詰まった胸は嘘だとバレてしまったからと思ったが、胸に残る妙な甘さがそれだけではないのを告げている。
小さな口で握り飯を一口食べると、それを見ていた膝丸が小さく胸を撫で下ろした。
「美味いか」
「……うん、美味しい」
「なら、もう少し食べなさい」
「うん……」
一口食べると、忘れていた食欲が顔を出す。ほんのりと塩味がする握り飯は散々泣いた体にちょうど良かった。間に膝丸が持ってきてくれた茶で喉を潤し、握り飯をしっかりと完食した審神者は両手を合わせた。
「ご馳走様でした……」
「ん、全て食べたな」
いい子だ、とばかりに頭を撫でられ審神者は恥ずかしそうに俯いた。
「あの、ありがとう……、当番で忙しいのに、おにぎり、作ってくれて……」
「…………」
「……えっと、そうだ……、ハンバーグは、どうだった?」
美味しく作れた? 髭切は喜んでくれた? と聞けば、膝丸はどこかばつが悪そうに顔をそらした。
「膝丸……?」
小首を傾げると、膝丸はちらりと審神者を見てはすぐに視線を外した。そして低く小さな声で答えた。
「……作っていない」
「えっ」
「いや、ハンバーグは夕餉に出たことは出たのだが……、俺は作っていない」
「……?」
どういうことだろうか、と不思議そうにしていると、膝丸は長い前髪の向こうで審神者を恨めしそうに睨んだ。
「……追い出されたのだ、厨から。……君が心配で、当番に集中できず、ぼうっとしているなら、出ていけと……」
「まあ…………」
今日の厨当番は誰だっただろうか、膝丸にそんなことを言って追い出させるとは。と審神者が目を丸くしていると「他人事ではないぞ……っ」と睨まれた。その目尻はほんのりと赤らんでいて、睨まれても全く怖くなかった。むしろ愛らしく、審神者は思わず微笑んでしまう。
「そう、私のせいで……。ごめんなさい」
笑みを浮かべながらも謝罪をすれば、膝丸はまだ拗ねた顔のまま、空になった小皿に視線を落とす。
「その握り飯は、ちゃんと俺が握った」
……から、何だろうか。当番をまるきりやっていないわけではないと言いたいのか、それとも、審神者を心配して手ずから握ったと言いたいのか。
後者であって欲しいと願うのは図々しいだろうか。
そうであったら、これほど嬉しいことはない。
「ありがとう。嬉しい……。膝丸が作ってくれたおにぎり、美味しかったよ」
「……君が美味しいと食べてくれたのなら、俺も嬉しい」
小皿を脇に置き、膝丸は再度審神者を抱え直した。
優しい腕に、自惚れてしまう。とても大事にされていると。
いや、膝丸は優しい。これは大事にしてもらっている。例え一番でなくとも、膝丸は審神者を大事にしてくれている。これ以上何を望むつもりだったのだろうか。これでいいではないか。この腕があるだけで満足ではないか。
一番じゃなくていい。
膝丸がこうして抱き締めてくれるのなら、別に一番に拘らなくてもいいではないか。
そう言い聞かす審神者の心の隅で誰かが囁く。
『――ずっと二番手だけどね』
聞こえた声を固く瞼を閉じて押さえ込む。これでいいのだと言い聞かすように審神者は口を開いた。
「膝丸のハンバーグが食べられなくて、髭切は残念がったんじゃない?」
囁かれた声は、髭切の姿をしていたが声は自分のものだった。
髭切は、そんなことを言わない。利発で思慮深い彼はそんな卑しい言葉は口にしないし、思いもしない。あれは、間違いなく自分の声だ。
「ハンバーグと一緒に人参のグラッセは出たのかしら。あれ、苦手な子がちらほらいるけれど、髭切は好きなのね」
ひどい主だ。
膝丸の恋人以前に、審神者としても、人間としても心が醜悪過ぎる。
「そういえば、髭切は苦手なものとかあるのかしら。何でも美味そうに食べるから逆に食べられないものはないかと探りたくなるわ」
ヒビ割れたところから、溢れ出るように関係のない言葉が出てくる。
いい、醜い自分の心の内を話すより、彼の好きな話を、彼が一番だと思うひとの話をしよう。きっと、大好きなひとの話だから彼も笑って答えてくれるはず。
そう話し続けていた審神者の唇を、膝丸がそっと塞いだ。
「……俺に抱かれているというのに、他の男の話をするな」
離れた唇が審神者を叱った。
「他の男って、ひげき……」
髭切の話ではないか、と言った唇がまた塞がれる。
触れた唇が他の男の名を呼んだ唇を叱るように噛み付き、柔らかい肉をいたぶるように甘噛みされる。
「んっ」
「悪い唇だ。俺を簡単に一喜一憂させる」
「ぅん……っ」
「俺の名しか言えぬよう、こうしてずっと塞いでおこうか」
軽やかな音が響き、審神者の言葉を奪う。審神者の心から溢れたものを吸い取るように膝丸の唇が追い掛けてきた。
「髭切、髭切、と。今、君の前にいる男は俺であろう」
柔らかく押し付けられた唇が重なるたびに熱を帯びてきて、自分の熱からなのか、膝丸からなのか判断がつかない。当てられた蒸しタオルとは違う、内側から溶けていくような生々しい熱に閉じた瞼の裏がくらくらとした。
何故そんな嬉しい言葉をくれるのだろうか。
妬いてくれたのかと勘違いしてしまうではないか。
「ひ、ひざ、ま……ん」
「そうだ、君が口にしていい名はその名だけだ」
ちゅ、と甘い音が鳴る。甘やかすような音に首筋が粟立った。
思い上がるなと必死に言い聞かしているのに、入ってきて欲しくないところに平気で踏み込んでくる唇が今は憎かった。
「やっ……」
「もう一度、俺の名を呼んでくれるか」
これ以上踏み荒らされたくなくて短く声を上げたが、唇が触れたまま膝丸が強請った。低い声で囁かれると触れる唇がびりびりと痺れて全身の力が抜けてしまいそうになる。審神者の僅かな抵抗など、その甘い痺れを前にしたら跡形もなく霧散してしまう。
なんて、なんて男だ。
こちらは勘違いしないよう、全て溢してしまわぬよう必死に堪えているのに、そこから溢れ出るものをもっと、もっとと吸い出してくる。そんなことをされたら、なんとか形を保とうとしている器がばらばらに壊れてしまうではないか。
「……君……」
無神経に欲しいと強請る声はまるで審神者だけに愛を囁くようで、そんな声を聞かされたら誰だって勘違いしてしまう。恋しくなってしまう。彼が、欲しくなってしまう。彼にはもう、唯一無二の存在がいるのに。
勝手にヤキモチを妬く自分もひどいが、頑張って蓋をしようとしている感情を無理矢理こじ開けてくる膝丸もひどい。ひどい男だ。己の名だけを口にしろなどと、勝手を押し付けるような言葉に審神者の唇が小さく震えた。
「……じゃ、ない…………」
「…………?」
ぴしり、と器に大きなヒビが入った音がした。
「ひげきり、髭切、髭切言ってるのは、膝丸の、ほうじゃない……っ」
いつも髭切ばかりで、審神者と話していたというのにすぐに意識を髭切へ向けるのは膝丸の方だ。髭切が現れたらこちらを見向きもしない。それなのに審神者が髭切の話をすれば拗ねるなんてあまりにも勝手が過ぎる。
言うまいとしていた言葉が審神者の口から突き出る。頭の中でやめろと警鐘が鳴っているのに、止めることができなかった。
「わかってる、けど、膝丸にとって髭切が一番なのはわかってるけど、でも、私がまったく傷付かないわけじゃないんだから……っ」
「君……」
喉奥がつんと痛み、頬に涙が溢れる。
戸惑うような膝丸の声を聞きながら、審神者は涙と共に抑えきれない心を溢した。
「……さ……しい……」
膝の上に落ちていたタオルを掴み、そこに顔を埋めた。先まで審神者の目元を温めてくれたタオルは随分と冷えきっていた。その冷たさが、一人昂った感情を嘲笑われているようで、自分への馬鹿馬鹿しさが増した。感情が抑えきれず、子供のように泣きじゃくって、情けない。
「膝丸の、一番になれなくて、寂しい…………」
絶え入るような声が出た。
ここまで告げてしまえば、いっそ死んでしまいたかった。こんなことまで言ってしまって、この後をどう収拾させるのか、何も考えずに言い切ってしまった。受け止める器が壊れて、もう止められなかったのだ。そこから零れ出たものを元に戻そうなど、できるわけがなかった。
「……………………」
膝丸が困惑しているのが流れる沈黙で伝わった。
彼を困らせてしまっていることに胸がすっとしつつも、言いたいことを一方的に浴びせられて可哀想に、と思ってしまう。可哀想だ、こんな我儘な女に好かれて。しかし言い放った言葉を今更嘘だと取り返すことはできず、審神者は膝丸との関係を終わらせる可能性を頭の隅で考えていた。
「……もう一度」
しかし、顔を覆う審神者の手を膝丸が外そうとした。審神者としては顔を上げることも、目を合わせることもできないゆえ、その手を振り払おうとした。
「もう一度。言ってくれ」
……したのだが、添えられた手の力に驚かされる。強く握られてはいないものの、膝丸の手は審神者の手首から離れそうにもない。
一体どんな顔で、どんな意味でそんな事を言っているのか。そろりと顔を上げた途端、審神者の体は力強く抱き締められてしまう。
「……っ」
突然、覆い被さる勢いで膝丸が迫った。審神者は咄嗟に体を縮こまらせたが、それが尚更膝丸に抱き込まれてしまう。背中に膝丸の腕が絡み付き、苦しいくらいに抱き締められる。いや、苦しい。膝丸の腕が審神者の体に食い込むかのように、骨が軋みそうなほど強く抱き締められる。
「ひ……」
「――好きだ」
息苦しさと共に名前を口にすれば、重なるように膝丸が口を開いた。
聞こえた声は審神者よりも苦しそうに吐き出される。
「君が好きすぎて、俺は気が狂いそうだ……」
背中が反るくらいに抱き締められ、姿勢も呼吸も辛いのに、膝丸から聞かされた言葉に時が止まったかのように思えた。今、なんと言われただろうか。
「頼むから俺を狂わさないでくれ……」
僅かに腕が緩み、視線が絡む。
「昼夜分かたず、俺がどれほど君を思っているか」
梔子色の目は、熱く潤んで審神者を見下ろしていた。
「そんなことも知らずに、君はこの唇で俺を詰るのだな」
苦しそうに歪められているというのに、その奥に熱く煮え滾るような情火の炎が見えて審神者は目を見張る。
「――憎い唇だ」
落ちてきた唇で、身が焼かれるかと思った。
膝丸の唇がこんなにも熱く感じたことはない。火傷しそうだと感じた。
審神者を抱き締める腕は未だ力強く、そのまま骨が砕かれるのではと思った。
「……もう一度」
身を焦がすような口付けが離れると、膝丸の指先が審神者の頬を撫で、顎を滑る。
「もう一度聞かせてくれ。君は、俺の何になりたい、と」
「……い……」
秘めた心を口から引き摺り出すような指使いに、審神者の唇が惑わされたように動く。そのまま膝丸の言う通りに唇が動きそうになったが、寸でのところで審神者は膝丸を押し返した。
「い、いや……っ」
しかしびくりともしない膝丸の胸に審神者の抵抗は弾かれるかのように押し戻されてしまう。抱き締める腕の力が強まり、審神者の拒絶など無かったかのように膝丸は続けた。
「――きみ」
梔子色の目に閉じ込められ、耳鳴りのように膝丸の声が響いた。
「君は、俺の何になりたい、と」
顎を滑る指先がうっとりと離れる。
掠めるような指先に、審神者の全身が甘く痺れた。
「……い、……いちば、ん……」
「もっと、はっきりと」
見上げているだけだというのに、くらくらとしだした目の前に審神者はぎゅっと目を瞑った。
「……一番……、膝丸の、いちばんに、なりたい……」
「それで……? なれなくて?」
審神者の胸が小さな悲鳴をあげる。一番になれないなどわかっていることを改めて口にし、引っ込んだはずの涙が再び顔を出しそうになった。
「ぁ……、さ、寂しい……」
震える唇から吐息混じりで答えれば、吐息ごと口付けられた。震え出す唇を慰めるかのように、ゆっくり喰むように吸われ、ちゅ、ちゅ、と甘い音が奏でられる。
口付けられる音と、触れる柔らかい唇の感触に意識が何処かへ行きたがるのを審神者は懸命に引き止めた。こんなにも身勝手で醜い感情を吐き出したのに、こうして口付けられる理由がわからない。しかしその理由を考えようとしても、絶え間なく与えられる口付けに溶かされてしまう。
「んっ……ん、…………ぁっ」
ちゅ……、と唇が吸い上げられ、審神者は膝丸の腕の中でびくりと震えた。口付けだけだというのに喘いだような声を出してしまったことに頬に熱が集中する。思わず首を引っ込めるようにすると、そんな審神者を膝丸がくすりと笑った。
「可愛いな」
赤くなった頬を膝丸の声が撫でたように感じた。
掠めた声を追うように膝丸の指が審神者の頬を撫で、赤くなっていることを指摘されているようで恥ずかしかった。いや、先からずっと恥ずかしい。恥ずかしいのに、何故だろうか、嫌な恥ずかしさではない。
「もしや君は、あの時からずっと"そんな事"を考えていたのか」
「…………」
「いや、考えてくれていたのか」
言い直してはくれたが、所詮審神者の思いなど彼にとっては些事であろう。どうか聞き捨てて欲しい、そして叶うのなら、この関係を解消することになっても以前と同じように接してくれればと審神者は目を伏せた。
「しかし……、そうだな」
あれは憐れみの、最後の口付けだと思えば頷ける。彼は優しいから、最後に審神者の気持ちを気の毒に思ったのかもしれない。ずるい男だ。あれで審神者の心はもう膝丸だけにしか熱を発しなくなってしまった。
「考えたことはなかったが、君の言う通り、俺の一番は兄者かもしれん」
火照らされた体が徐々に冷めていく。
わかっていた返答に審神者の心は冷えて固まっていくというのに、聞こえてくる声は何処か嬉しいことを話すような軽やかさだった。
「だが、俺が君を思う気持ちは順序など無いところにある」
ふと、俯く審神者の頤を膝丸が持ち上げる。
聞きなさい、と審神者を見詰める目に戸惑いつつも見返せば、膝丸は見たことも無いようなにっこりとした笑みを見せた。
「そうだな、特別とでも表しておこうか」
膝丸の嬉しそうなそれに、言葉に、審神者は目を丸くして瞬きを繰り返した。
「例えば、だ。崖の端に兄者と君が追い詰められたとする。その際、俺は先に君を助けるだろう。兄者に俺の助けなど必要ないからな。きっと自力で何とかする。だから俺は君を真っ先に助ける。この意味がわかるか?」
「……な……、何の、話……?」
突然話し出した膝丸の話に、審神者は意味がわからないと眉を寄せる。崖の先に追いやられた審神者と髭切、どちらを助ける……という話ではなく、膝丸は髭切ではなく審神者を助けるがその理由はわかるか、と問われ返事に困った。膝丸は困惑する審神者へと続けた。
「それは、俺が兄者を一番に信頼しているからだ。信頼しているからこそ、俺は兄者の心配は二の次に君を助けることができる」
窮地に立たされても、兄者なら必ず何とかできるという信頼があるから君を助ける、と告げた膝丸に審神者は恐る恐る尋ねた。
「私一人じゃ、そこから脱せない、から、私を助けるの……?」
自分に信頼がない、というのは答えではない気がする。少しの間悩んでから審神者が顔を上げれば、膝丸は満足そうに頷いた。
「合ってはいるが、それだけだと足りんな。……確かに、君一人で窮地を脱するのは難しいと判断したから助けるのだが……。それ以前に、他の誰でもない、俺が、君を助けたいから、俺は君を助けるんだ」
膝丸の手がそっと審神者に触れた。
繊細な硝子細工にでも触れるかのようにそっと、しかし己しか触れることができないとばかりに、秘めやかさを楽しむような手つきだった。
「君を助けるのは常に俺でありたい。他のものでは駄目だ、もちろん兄者にも譲らん。俺だけが君を助けることができるのだ」
もちろん、君が窮地に追い込まれないようにするのが一番だが……、と付け足して膝丸は審神者へと顔を寄せる。この場に二人しかいないというのに、秘密を共有するのかのように膝丸は囁いた。
「――この気持ちは、特別という表現であっているだろう?」
一番ではなく、特別と。
膝丸は審神者へとそう告げた。
「君への俺の気持ちは特別だ。それでは駄目か?」
一番も二番も関係ないところに審神者への気持ちはあると膝丸は言った。
つまり、審神者への気持ちは髭切とはまた違ったものでどちらが先か後も関係ない。
「君は俺の中で君という格別な存在だ。兄者や他のもの達と比較するものではない。……それでは駄目だろうか」
許しを請うように膝丸が眉尻を下げた。しかし審神者を見下ろす目はたっぷりの優しさと、自信と余裕に満ちていた。審神者が頷くのを悠々と待つ膝丸に、審神者は散々泣き明かした時間は何だったのかとぽかりと口を開く。
大好きな二振りに嫉妬したと苦々しく告げた言葉は、まるで特別な砂糖菓子を口に含んだかのように美味しそうにぱくりと食べられ、丸のみにされてしまった。零れた分まで……と言わず割れた器ごと残さず綺麗に食べた男は審神者へと嬉しそうに笑みを浮かべている。
違う。そんな顔をさせたかったわけじゃない。いや、悲しい顔もさせたかったわけじゃない。しかし審神者が求めていた顔とは全然違う顔をされて、審神者は狼狽えてしまう。
「えっと……、あの」
何を、何から伝えればいいだろうか。特別と言ってくれた膝丸に礼を言うべきか、それとも先に冷たい態度を取ってしまった事を謝るべきか。言いたい事がありすぎて言葉が口の中で渋滞を起こす。
膝丸が与えてくれた言葉は審神者にとっては綺麗すぎる。あんな感情を大好きなひとへと抱いてぶつけるような女に、『特別』という言葉は勿体なすぎるのではないか。
そんな存在でなくていい。確かに寂しいとは告げたが、いざその言葉を頂くとその過分さに尻込みをしてしまう。
「あのね、膝丸……」
ぶつけた言葉も、それに対して与えてくれた言葉も申し訳ないと審神者が口を開くと、膝丸の人差し指が審神者の唇に当てられた。まるで審神者が『特別』を受け取れないと言おうとした事をわかっていたかのように。
「……寂しいのは俺の方だ。君は俺への気持ちを受け取るどころか、それ以前の気持ちさえ伝わっていなかったとみえる」
膝丸の目がすう、と細められた。
長い話は終いだとばかりに細められた目から、落ち着いたかのように見えた火先が見え隠れし、審神者は膝丸の目が笑っていないことに気付く。審神者を抱いていた腕がするりするりと背中を撫で、腰の線をなぞった。途端、全身がぞくりとざわめく。
「俺の心はとっくに君にあるというのに、それが伝わっていないとは実に寂しいことだ」
ぐっと抱き寄せられ、張り詰めた胸が膝丸の厚い胸板に押し潰される。人差し指によって塞がれたのは、言葉か、息か、それとも退路だったか。寂しいと口にするわりには歌でも歌いだしそうな声音に、審神者は返答に少しでも戸惑った自分を恨んだ。
「今からでも、俺の心を君に知ってもらおうか」
最初から返答など聞く気がない、いや、自分以外の意見を受け入れる気のない男の唇に、審神者は飲み込まれるようにして押し倒された。
「んっ、んぅ……っ」
覆い被さるようにして膝丸がのし掛かった。上から押し付けられた体の重みに息苦しく口を開けば、そこから滑り込むように男の舌が入ってきた。勢いに怖じ気付く審神者を引き掴まえるように舌は絡み付き、逃げられるとでも思ったかと言わんばかりに口内を蹂躙していく。
「ふっ…………」
長い舌に追われ、そのまま食べられてしまうのではないかと思うほどきつく吸い上げられ、腰から背中にかけ、ぞくぞくとしたものが審神者を襲った。時折逃げる余地を与えては、放してくれるのかと気を抜いたところをまた絡み付いてくるところなど、逃げても無駄だと教え込まれているようで目の奥がくらくらとしだす。すると、その目眩に乗じるように膝丸の手が審神者の腰紐を掴み、ぐっと引っ張っては解いてしまった。
「あっ…………」
性急な手つきだというのに、その勢いの良さに胸が痛いほどどきどきしてしまう。
解かれた腰紐に、審神者の身に纏うものが頼りなくなり、まるで布一枚で膝丸の前にいるような心許なさを覚える。慌てて胸元を押さえようとしたが、膝丸の指がそれよりも先に細い首から丸い肩を擽るように触れた。傷付けまいとする優しい指先だというのに、胸の内を探ろうと怪しげに動く触り方が審神者の不安を煽った。
「あ……っ、だ、だめ……っ」
隙間という隙間に膝丸が入り込んでくるような気がして審神者は弱々しく鳴いた。
肌の上を滑る指先が合わせ目に差し込まれ、そのまま襟を大きく広げようとする腕を審神者は掴んだ。開かれる胸に、まるで衣服ごと自分の心まで裸にされてしまうかのように思え、審神者は慌てて膝丸を引き留めた。
もう、これ以上自分の醜いところを開けないでくれ、見ないでくれ、入り込まないでくれ、と懇願する。
「だ、だめ、おねがい、見ないで……、私、わたし……」
止める間もなく衣服を剥がされそうなり、審神者は羞恥でも嫌悪からでもなく背中を向けた。
膝丸に見せられる綺麗なものを自分は持っていない。こんなものを見せてしまったら、こんな汚い心を持った体を見せてしまったら膝丸はきっと落胆してしまう。いや、失望してしまう。自分の恋人が、審神者が、主たる者が、こんなものかと。こんな汚い心を持て余し、消化できず、人にぶつけてはずっと隠し持っていたのかと。
(これ以上暴かれてしまったら、気がおかしくなりそう)
一番好きな人に、一番汚いところを見られてしまう恐怖に審神者は胸を隠すように背中を丸くさせた。すると、その上に膝丸の影が覆い被さった。膝丸の逞しい腕がすぐそこにあるのを視界の端で見た審神者ははっと身を固くさせたが、その強張りをふやかすような甘い吐息が耳にかかった。
「君の心に触れられぬのなら、せめて触れることを許してくれ。君の心に、一番近い、ここに」
「あ……っ」
うつ伏せの体に大きな手が滑り込む。硬い皮膚を持った男の手が衣服の襟を掻き分け中に入り込み、審神者の胸を柔らかく包んだ。優しく食い込む膝丸の指に、手のひらに、本当に胸の奥にある心を掴まれたかと思い、ひゅっと息を呑む。しかし触れる手は優しい。やんわりと揉まれると心さえ揉まれているようで全身が震えた。
「は……、んぅ」
「君のここは柔らかい。繊細で優しく、大事に大事に扱ってやらねば、すぐに傷付いてしまう」
「あっ、あっ……」
膝丸の手を余らせているであろう自分の小さなそれがまるで心の形を現しているようだった。脆くて、頼りなくて、棘のある不思議な形をしている。
そんな汚いものを壊れ物か何かように触れないでくれ、と弱々しく首を振れば、長い指先が胸の尖りを捉えた。
「あっ、ん……っ」
ぷくりと突き出たそれはささくれだった心の棘そのものだ。それなのに膝丸はその場所を宥めるように、可愛がるように擽り、審神者を堪らなくさせる。
「ここだけではないな。君はどこもかしこも脆い。こうして優しく扱ってやらねば、俺は君を壊しかねん」
いっそ乱暴にしてくれれば責められている気持ちになれるのに。
膝丸の指は肌を掻き毟りたくなるほど丁寧で優しい。優しさがこんなにも苦しいと感じるのは初めてだ。髪を振り乱して這い出ることができればいいのだが、生憎審神者の首裏とうなじに膝丸が顔を埋めており、唇で肌を撫でるようにしている。
「ふ、ぁ……っ!」
優しい手つきに胸が苦しくなり、指が白くなるほど敷布を握れば首の付け根に膝丸の歯が食い込んだ。柔らかく肉を噛まれた感触に全身が切なく戦慄いた。痛みは残らないものの、膝丸に首を噛まれたという驚きが残る。その痛みが悲しみなのか、喜びなのか、右往左往してやり場に困った。
「楽にしなさい。肩の力を抜いて。君は俺に身を委ねていればいい」
委ねられないから耐えているというのに。ぶるぶると震える手を握り込んでいると、胸に触れていた手がそっと審神者の拳を解いて指に絡む。
「強く握るな、痕が残る。この肌に傷を作るのは、君でさえ許さんぞ」
よく言い聞かせるように、膝丸が審神者の白い背中に口付けた。
気付けば衣服は肩から落ちて腰あたりに丸まっていた。
「あっ……あぅ」
「綺麗な体だ、大事になさい」
男の手が審神者の背中を撫でては腰へと滑る。柔らかな女の線に沿うように、指先でつうと撫でられると撫でられた場所から弱い雷が落ちたかのように体が跳ねてしまう。膝丸の手はそのまま審神者の腰を持ち上げ、小さな尻を高く掲げた。
「あっ……、や、やだ……」
膝丸に向かって尻を向けている姿はいたたまれない。そのまま横に倒れて逃げようとしたが腰に添えられた手がそれを許してくれなかった。手は足元に絡んだ裾を払い、小さな尻の丸い線を撫でた。包み込むように大きな手に撫でられ、審神者の上半身がへにゃりと敷布へと倒れ込む。
「んんっ……」
「君はどこもかしこも白くて綺麗だな。きっと、この目の届かぬ場所も綺麗なのだろう。暴いてみたくなるが、君を傷付けたくはない。だから今は、こうして触れることを許してくれ。君の心に全て触れたいと思う男の我儘だ」
滔々と話す膝丸の指が審神者の尻を、つつ……と滑り、足と足の間に触れた。下着の上から膝丸の指が行ったり来たりを繰り返し、時折指先でその先を擽られる。
「あっ……んんっ!」
「可愛い声だ。もっと聞かせてくれ」
零れ出てしまう声に頓着できなくなってくると、膝丸が審神者の下着をずり下ろし、しとどに濡れた蜜口に直接指を這わせた。
「だめ、触っちゃ……あ、あぁっ」
膝丸の指は入口を優しく撫でた後、審神者の制止も虚しくゆっくり中へと先を埋めた。雨に濡れたかのように潤んだそこは膝丸の指を難なく受け入れ、奥へ奥へと誘う。
「ひぁ……あぁんっ、膝丸、それ、……やめ、て……っ」
奥まで入った指先は審神者の尻裏を撫でるように小さく動いた。指先で撫でられるようにされると全身の骨が無くなったかのように力が入らなくなってしまい、審神者は敷布に突っ伏した。
「だめ、それ……っ、へんに、……あっ、なる……っ」
「そうか、ならこちら側はどうだ」
「いっ……あっ……んんっ、だめ、そっちも、だめぇ……っ」
足先をぎゅっと丸くさせて首を振れば、膝丸の指が一度引き抜かれるも、本数を増やして反対側を撫でられた。今度は腹の裏側を擽られ、審神者は膝丸の指から逃れるように腰を揺らしたが、膝丸は揺れる尻にそっと口付けるだけだった。
「はっ……ぅ、だめ、なの……っ、おかし、く、なる……っ」
「いい。おかしくなれ。それが見たい」
なんて、無責任な。こちとら膝丸に好かれようと、汚いものを押し込んで、押し潰して、過ごしてきたというのに。それをその本人が唆すのか。
膝丸への思いに心はぼろぼろだというのに、その膝丸の指先で暴かれていく体に魂がどこかへ飛んでいってしまいそうだ。いや、いっそ飛んで行って欲しい。こんな、こんな甘い責め苦を与えられてしまったら、気が狂ってしまう。
「だめ……、ひざまる、あっ、ん、いっ……――っ!」
小さく動かされただけの指先に審神者の体は高みへと駆け上がる。高みに上がって下に叩き落される前に、一番高いところで心の破片が砕け散った気がした。目の裏がちかちかとしたのだ。
「う……っ、は、ぁ……」
砕け散った破片を拾うように、押し上げられた絶頂に敷布をかき集めて波をやり過ごす。それなのに膝丸は達して敏感な審神者の体を横へと転がした。審神者の体に絡む衣服と下着を全て脱がせ、一糸纏わぬ姿を見下ろす。審神者の足を腕に抱え、膝丸が苦しそうに大きく息を吐き出した。熱っぽい目が下腹部に注がれ、そのまま身を屈めた膝丸に審神者は顔を青ざめさせた。
「待っ……、だめ、だめだめ、膝丸っ、おねが……あ、あぁっ!」
和毛を掻き分け、膝丸の濡れた熱い舌が審神者の潤んだ花弁を舐めた。薄い唇が花弁を覆い、舌先で入口を擽られる。ぴちゃぴちゃといやらしい音と共に蜜を舐め取られ、審神者は驚愕の行為に頭が真っ白になった。
「ひぁっ……だめ、やだぁっ……あぁっ」
「いつも君が嫌がるから控えていたが、今日は止めない。俺がどれほど君を欲しているか、その体によく教え込んでやろう」
そんな事はやめてくれと手を伸ばすも、その手は指ごと絡め取られ、敷布の上へと縫い付けられる。止める手を封じたのをいいことに膝丸の舌はより大胆に審神者の足の間を舐め続ける。ざらついた舌で花弁を広げるようにされ、中から熱いものが零れ出てくるのを審神者は感じた。そしてその溢れ出たものを膝丸の舌がそっと舐め上げのだ。
「ひあっ、おねが……、やめ、て……っ、あぁんっ」
「……次から次へと止まらないな。君はここでも涙を流すのだな」
「ふ……、あぁんっ……!」
舌が入口の中に差し込まれたと思えば、そのまま剥き出しの花芯をべろりと舐め上げられる。こちらを見詰めたまま、ねっとりと舌を動かした膝丸の強烈な光景に審神者の腰がびくんっと跳ね上がった。膝丸はそれを押し戻すかのように花芯に吸い付き、口の中でそれを舐め転がした。
「ひっ、いっ、い、った、いったの、おねがい、やめ、てぇ……っ」
びくびくと腰を跳ねさせているというのに膝丸の唇はくっ付いてしまったかのように離れない。離れず、時折審神者を見ては目を細める。きつく握り返した手を宥めるように優しく握り返してくれるのに、与えられる行為は苦痛で仕方がない。
(こ、わい……底が、なくて、こわい。こわいのに、き、きもち、いい)
言葉にするのも躊躇うほどとんでもない行為だというのに、熱くて柔らかな舌に舐められるのが気持ち良すぎる。好きな人にそんなところを舐めさせていることが信じられなくて、とてもじゃないが気持ちが良いなどと言えない。言えないけど、気持ちがいい。心と体の均衡が崩れ、くらくらとしながら審神者は喘いだ。
「ひ、ひざ、まぅ……っ、おねがい、やんっ、やめ、て……」
「駄目だ。もっと……、もっと俺のことしか考えられなくなるくらい、感じるんだ」
「ひっ、う……っ」
感じている。もうとっくに膝丸のことしか考えられない。こんなことをする前から膝丸のことしか考えていないというのに、この男は腹をすかせたようにもっとなどと言うのか。
「あ、あぁぁっ……!」
弱い部分をいたぶるように舌で転がされ、膝丸の執拗な愛撫により審神者のあられもない声が響いた。声を堪える余裕もなかった。いや、余裕などとうの昔になくしている。
「……う、ぁ……」
やっとそこから顔を上げた膝丸が濡れた口端を舌で舐め取っていたが、そんなことに気付けないほど審神者は快楽に流され、華奢な体をびくびくと震わせていた。白くほっそりとした体は続く絶頂にほんのりと桃色に色付き、膝丸の欲をそそらせた。
「あっ……」
膝丸の手が色付いた審神者の体を撫でる。しかしそっと撫でられた手さえ今の審神者には快感として拾うことしかできず、体が震え出してしまう。
「君の肌が赤く染まって……」
綺麗だ、と呟いて膝丸は審神者の額に浮かぶ汗を吸い取るように口付けた。汗で張り付く髪を優しく梳かれながら口付けられ、審神者は全身に甘い毒がまわったようだった。四肢の自由がきかない。そのまま溶けだしてしまいそうだった。いや、それもいいかと溶けてしまいたかった。
それなのに、膝丸が衣服を脱ぎ捨て、狂暴な熱い塊を引き摺り出すと腹の奥が一気に疼いた。
ひた、と膝丸の熱が審神者の足の間に宛がわれる。
「……あっ……」
全身の神経がそこに集中したかのように体がざわついた。同時に物欲しそうな声を上げてしまい、審神者は体を捩ったが、足を膝丸の太腿に乗せられてしまい、ただ欲しそうに腰を揺するだけになってしまった。
「欲しいか」
問われ、審神者は息を震わせた。膝丸は続けた。
「俺は欲しい。君が。この中が。君が、好きで好きで仕方ないから、これが痛くてかなわん」
君は、と促され、審神者はこくりと唾を飲み込んだ。妙な緊張が走る。
「ほ、しい……」
吐息混じりにそう答えたが、膝丸は審神者の中に先を押し込んではすぐに離し、また先を入れては抜きを繰り返した。ぷちゅぷちゅと小さな泡が弾けるような音がし、審神者はおかしくなりそうだった。すぐそこにあるのに与えてくれない苦痛に叫んでしまいそうだ。
膝丸を見上げれば、梔子色の目がじっと審神者を見詰めては入口を掻き混ぜていた。我慢比べなど、今の審神者には無理なものだった。恥じも何もかも捨てた言葉が審神者の口から突き出た。
「膝丸、すき、好きなの。膝丸しか、考えられない、……お願い、きて……」
両手を広げ、膝丸の首後ろに回す。大きな体を引き寄せ、耳元で囁いては腰を持ち上げて体を押し付けた。すると膝丸の息が苦しそうに吐き出されたのを聞いた。それから、ぐっと腰を抱かれ、熱の頭が埋まる。
「……いい子だ」
「あっ、ん、んっ――…!」
押し込まれた熱量は想像以上で、体の中がかたくて長いものに開かれていく感覚に息をするのを忘れた。
「……っ、締まる……」
「は、ぁっ、あっ」
「……くっ……、可愛いな、そんなに、欲しかったのか」
「んっ、すき、ひざまる……っ、すき」
「…………素直過ぎる」
頭の先まで一気に突き抜けた快感に、膝丸との会話を頭で考える余裕が無い。ただただ膝丸の熱い肌を、熱を、汗を、匂いを感じて体がどろどろに溶けていく。
「ふ、あ……っ、あっ、とけ、ちゃぅ……」
「かわいい……」
ゆっくりと体を揺さぶられるも、軽い酸欠状態の審神者には膝丸の声は届かない。それでも膝丸を肌で、心で感じていたくて、審神者は抱き締める腕の力を強めた。広い背中に腕を回してもとてもじゃないが抱き締められず、膝丸の頭を強く抱え込む。
「き、み……」
動きを速めようとしていた膝丸は、抱き込まれた体勢に手をついた。審神者の腰を掴んでいいところを突いてやろうと思ったのだが、細い腕が必死にしがみ付いてくるのが可愛すぎて振り解けない。
「だ、め……っ、はなれちゃ、やっ……」
「……っ」
僅かに腰を浮かせた審神者に膝丸が息を詰まらせた。それからふーっ、ふーっと歯の隙間から息を出すような荒い息が聞こえ、中に押し込まれた熱量がぐんっと増した。
「あっ、あ……」
きみ、君、と譫言のように呼ばれ、膝丸が口付けてきた。唇が合わさったまま、膝丸が腰を打ちつけ、審神者の体を揺すった。互いに息苦しくなり、唇の先を合わせたまま見つめ合った。溶け出しそうなほど熱く潤んだ膝丸の目に見詰められ、審神者は胸が締め付けられた。
(きれいな、目……)
この綺麗な目に、はしたなく膝丸を求める自分はどう映っているのか。揺さぶられながら、審神者は喘ぎ混じりに涙を流した。
切ない快感に後押しされ、この行為のせいなのか、それとも膝丸への思いなのか、どちらとも判断がつかない涙が零れる。
「あっ、ご、ごめ、なさ……っ」
「……きみ……?」
「ごめんなさ、い……こんな、あっ、私が、膝丸を、好きで……」
はらはらと涙を流した審神者に、膝丸が動きを止めようとした。しかし審神者は膝丸の後ろ髪に指を埋めながら、止めないで、このまま、と唇を寄せる。
「きれいじゃなくて、あっ、わたし、ヤキモチとか、汚い、感情、たくさん、あって、膝丸の、大事な、ひとにも、んっ、いっぱい、ヤキモチ、やく、から……、膝丸の、恋人としても、あ、あるじとしても、すごく、未熟で……っん、ぜんぜん、綺麗なんかじゃ、なくて……っ」
特別という言葉をもらったが、とてもじゃないがこんな自分がその言葉を受け入れることができない。
だから、あのね、と続けようとした言葉は噛み付くように塞がれた。それから首裏に回した腕を剥ぎ取られ、敷布に抑えつけられてしまう。そのまま唇を重ねたまま、激しく体を揺さぶられた。
「ふっ、ん、待っ……んんぅっ」
呼吸ができなくて苦しいのに、それさえも甘美で審神者は喘いでしまう。苦しげな審神者を膝丸はうっとりと眺めていた。
「君は、やはり綺麗だ。本当に」
「んっ、あぁっ……」
「綺麗で、可愛くて、愛しい」
「あぁ、んっ、ん、膝丸、わ、わたし……っ、もうっ」
「……君は、大事な、俺の、俺の――」
膝丸が深く、最奥を突き、中で熱を放った。
割れそうな小さな器に熱い飛沫を放ち、審神者を満たした。隙間なく膝丸に満たされる感覚に審神者は秘めていた寂しさがじゅわりと溶けていくような気がした。
膝丸の熱に溶かされ、寂しさは甘い蜜となって審神者の器を満たす。
割れたはずの器を寄せ集めるように膝丸が審神者の体を強く抱き締め、口付けを落とした。抱き締める腕の強さは苦しいくらいなのに、落ちてくる口付けは優しく心地よくて、うっとりと目蓋を閉じて膝丸へと頬を擦り寄せた。
しかし擦り寄ったと同時に体が抱えられ、審神者は膝丸の胴を足で挟むようにして座らされてしまう。持ち上がった体に審神者は膝丸へとしがみつけば、首筋に噛み付かれた。
「んっ……」
牙の先が埋まっただけだが、今の審神者にはその些細な刺激でさえ強烈だ。
それから審神者を下から突き上げるように膝丸が体を小刻みに揺らし始める。
「あっ、……だめ、も、もう…………っ」
中で形を取り戻そうとしている熱に待ってくれと下腹部がひきつったが、膝丸は構わず中を撫で擦った。逃げ場のない快感に審神者は甘く喘ぎ続けた。
「まだ……まだ俺の心を君に伝えきれていない……」
寂しいと感じた心が馬鹿馬鹿しく思えるほど膝丸が満ちていく。
心に、体に。

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