SEVENTH HEAVEN(2/3)


「あのね、膝丸君。よくよく考えたのだけど、やっぱり、こんなことはお互いのためにならないと思うの……。膝丸君はそれでいいと言ってくれたけど、でも、やっぱり良くない……。だからね、その…………」


話がある、と改まった様子でソファに座らされて、その隣に彼女が腰掛けた。
話の内容をなんとなく察していた俺は、もう何度目かわからないその話の内容を聞き流しつつ、ちらりと彼女を見やった。すると、彼女はひくっと肩を震わせては、細い指をもじもじと絡ませて俺の視線から逃げるように俯いた。その俯き加減が、以前の君を思い出させて俺は少なからず気持ちが沈んだ。
彼女との交際は順調だと思っていた。
忘れられない人を忘れられないままでいいと言った俺に、彼女は最初こそ戸惑っていたが、過ごしていく内に彼女はたくさん笑うようになった。俺へと向けられる笑顔の回数も増えて、「膝丸君」と俺の名を呼んでくれるたび、彼女の笑顔を見るたび、俺は心を和ませ、癒され、好きだと口にした。
それでも、ふとした時にこんな関係であることを思い出して彼女は鬱いでしまうのだが、俺はめげなかったし、それでいいと思えた。
優しい彼女は、忘れられない人がいると知っていて交際をする俺にひどく傷付くのだ。俺がそれでいいと言っている(上から塗り潰すくらいの気持ちで挑んでいるつもりだしな)のに彼女は俺が傷付く以上に凄まじい罪悪感を覚えているようなのだ。
他の誰でもない俺がいいと言っているのにどうしてそこまで苦しむのだろうか。せめて忘れられない人に苦しまず、俺に苦しんで欲しい。
だいたい、本来なら忘れられない人がいて交際を始める時点で俺が傷付くところなのだが、それもまた彼女の自己嫌悪の要素になるらしく、俺は「気にしていない」と彼女に言い聞かせるも、そう言わせることも彼女の負のループの一つになってしまう。
でも最近、それもいい気がしてきた。
もちろん、彼女の苦しむ表情は見たくない。笑っていて欲しい。しかし、罪悪感で彼女の心を縛ることができるのなら、これはこれで忘れられない人と同じフィールドに立てているのではないかと、俺は思うようになった。
忘れられない人の爪痕を癒すつもりが、別の場所に負けないくらいの爪痕を俺は残そうとしているのかもしれない。
忘れられない人がいてもいい。今は好きでなくてもいい。ゆっくりでいい。いずれ好きになってくれればいい。そんな優しいはずだった感情が、何やらおかしな方向に傾きかけている。
自分でもこの感情は危ないなと思っていたところだというのに、彼女はそんな俺に追い打ちをかける。


「……何度も言っている。俺が、それでいいと言っているだけでは駄目なのか」

「だめ……。やっぱり、駄目だよ……。こんな関係、膝丸君のためにならない」


俺のためを思うのならはやく忘れられない人を忘れて俺だけを好いてくれればいいものを。
優しい彼女はその性格から色々なことを考えすぎてしまう節がある。その考える方向性をもう少し俺に向けてくれたなら……、と毎度思うのだが、その結果がこれなのだろう。


「君は、いつも俺のためと言うが、まず自分の気持ちはどうなのだ」

「え……?」

「忘れられない人がいるのは十分にわかっている。しかし、俺と付き合って、君は俺のことをどう思った?」


俺に悪いとか、俺のためにならないとか、そんな建前はよくわかった(うんざいするほど聞かされたしな)。でも、その奥にある君の気持ちはどうなのだ。こうして一緒の時間を共にして、手を握って、抱き合って、キスをして、そんなことをしても君の心には俺が一ミリも存在していないのだろうか。いや、そんなわけがない。
何故なら、俺がこうして口付けるたび、君はいつも目を蕩かせるではないか。


「……っ」

「俺のことなど今はいい。君の気持ちが聞きたい」


この話をする前にたくさん悩んであろう彼女の首裏に手を添え、そっと引き寄せては口付けた。しっとりとした柔らかい唇に自分のものを押し付けると、拒まれることなく、優しく受け入れられる。咄嗟に瞑った目は、嫌がっているものではない。
唇を離して、きゅっと閉じた目が開くのを覗き込むようにして眺めていると、ゆっくりと持ち上がる長い睫毛の奥の目が、とろりと溶け出す。これを見せられて、彼女の心に俺がまったく居ないとは言わせない。


「わ、私は……」


それでも言い淀む彼女に俺はキスを続ける。
またごちゃごちゃと考えだす前に、口付け、意識をこちらに向かせればいい。


「膝丸君……、待っ……、んぅ……っ」


彼女は不思議だ。自惚れでも何でもなく、彼女は俺のことを好きなはずなのに何故こうも同じ話を繰り返すのだろう。
忘れられない人とやらが彼女の心に居座り続けているのはわかっているが、こうして口付けて、肩を抱いても、彼女は本気で嫌がらない。逃げ出さない。むしろいやに熱っぽい目をこちらに向けては「もっと」と語ってくる。口ではああいうのだが、止めてやれば「もうしないの」とばかりに寂しそうにするのだ。なんて気の引き方だ……。
そんな目をその忘れられない人にも向けたのかと思うと嫉妬しかない。そやつが彼女とどんな関係であったかは知らないが(彼女も話したがらない)(そこがまたもどかしい)、彼女の心を独り占めする見えない存在に腹が立つ。


「……君のここは本音を言わない」

「ん、ぅ」


彼女の唇を親指でなぞる。彼女の方へゆっくりと体重をかければ、彼女の体は簡単にソファへと沈んでくれる。こんなにも俺に従順でどうして別れるだの何だの言うのだろうか。


「君の本音は、君の体から聞きだした方が良さそうだ」


体の相性が良かったからセフレにでもされているのだろうか。それは……、普段の彼女を思えば、まず無い。セフレなんて言葉を聞こうなら「えっ、あ、その」なんて狼狽えるくらいだ。


「待って、も、もう止めよ……。こんな事しちゃだめだよ、膝丸君。もっと自分を大事にして……」


……大事にすべきは俺ではなく、その俺に組み敷かれている君の方だ。
君から切り出す別れの言葉をこうしてもみ消そうとする男は、(自分でいうのもなんだが)碌な男ではないぞ。この流れは一体何度目だ?
君は、捕まったらもう二度と逃げられない男に捕まった。
忘れられない人を忘れるか、俺に塗り潰されるか、どちらかだ。


「俺を大事にしろというのなら、君は俺に抱かれるべきでは?」

「…………っ」


彼女の胸を押し潰すように体を押し付け、口付ける。本音を言わない唇を食べるように甘噛み、柔らかな唇と、優しく形を崩す胸を全身で味わう。本気で押し潰さないよう加減はしているが、少し重たいと思わせる程度に体を押し付けると、彼女の息はすぐに息苦しそうなものへと変わる。


「は、ぁ……っ、……ん、んっ」


息を求めて開いた口に舌をねじ込み、引っ込もうとする小さな舌を舐め取っては絡ませる。
逃げようとしていた舌を引き留めては優しく撫でてやれば、小さな舌はすぐに大人しくなって俺に従う。舌を出せば拙いながらも舐め返してくれるし、僅かながらも顔の角度を変えて自分の気持ちいいキスを探してくるのだ。


「君は、俺に抱かれている時が一番素直で可愛い」

「……!」


ふっと微笑んで頬を撫でると、言われて自分の行動に気付いたらしい彼女がかっと頬を染める。もちろん、抱かれている時以外も彼女は可愛い。こうしてからかえばすぐに頬を染めるところとか、ずっと苛めて反応を楽しみたいと思えるほどに可愛い。もっと俺のすることに逐一反応して欲しい。


「あ……っ」


弱々しく「待って……」と口にする彼女の服の裾から手を忍ばせる。細い腰を撫で、薄い腹を通っては下着越しに彼女の胸へと触れる。下着越しでも十分に柔らかい胸は俺の手に綺麗に収まっては手に吸い付いてくる。
布を隔てても手のひらに当たる固い感触に俺は口端を上げる。


「……ここ」

「んっ」


親指でつんと立った先を撫でると、彼女の声が変わった。
それから人差し指を突き立て、柔らかい胸の中に指を沈める。


「触って欲しそうだ」

「そ、そんなこと……んっ」


そんなこと、あると思うのだがな。埋めた指先を微かに左右へ動かすと、切ない声が零れた。指をそのまま揺らしていると、その手を彼女が掴んで俺を弱々しく見上げる。


「膝丸君、やめて……」

「やめない」


止めようとする彼女の手を逆に掴まえ、指を絡めて素直じゃない口をキスで塞ぐ。
彼女の言葉と目がちぐはぐすぎる。というよりも、俺を見上げる目の方が説得力がありすぎてわざとかと思うくらいだ。彼女の目は「触って、もっと」と俺に訴えていた。
舌を吸い上げるように深く、長く口付けると、絡んでいた指がふにゃりと溶けたかのように力が弱まっていく。頃合いを見て、手を離し、彼女の下着へと指を引っ掛ける。そのまま下へと引き摺り下ろせば、ぷつりと先程の乳首が顔を出し、柔らかな胸が零れた。


「や、ぁぁ……っ」


そのまま尖った先を舐め、乳首を優しく吸い上げる。唾液を絡ませ、余韻を残すように音をたてて唇を離す。優しい膨らみを指で挟むようにし、俺の唾液で濡れた乳首を舐め取った。


「あっ……、あっ……」


舌が触れるたび、彼女から甘い声がし、もっと聞かせてくれと俺は反対側も同じ様に舐め回した。


「んっ……んぅっ」


慎ましい彼女は声を出すことを恥ずかしがる。小さな拳を作っては自分の唇に押し当て、突き出そうになる声を堪えるのだ。……そうされると、俺としてはそんなことができなくなるくらい喘がせたくなるのだが、あえてそれを彼女に教える必要はない。
今日はそのいじらしい拳をどうしてやろうかと見下ろすと、彼女の膝がむず痒そうに擦り合わさっているのに気付く。もじもじと揺れる腰に手を添え、俺は彼女の耳元へと唇を寄せた。


「腰、揺れてるぞ」

「……っ」


指摘された彼女がびくりと震え、寄せた唇から逃げるように顔を背けた。俺は構わず追い掛け、赤く染まった耳に舌を入れる。


「ひ、ぅ……っ」

「もどかしいのなら、触れてやろうか」


小さな耳殻に舌を這わせ、形になぞって耳朶を優しく噛む。


「いっ……、いいっ」


その返答の仕方は、あまりよろしくない。きちんと「触らなくていい」と言わねば、俺のような男はすぐに自分の良い方に捉えてしまう(まあ、きちんと言われたら止めてやれるかと言われれば、否であろうが)。


「いい、だな。わかった」

「あっ、待って、違う……!」


俺の言葉でやっと気付いたのか、彼女が慌てて言い直そうとしたがもう遅い。俺の手は下衣のホックをすり抜け、下着へと触れていた。
ひた、と指の腹を彼女の中心部に添える。


「んっ……」


そこは熱く潤んでいた。指を動かせば、潤んだそこが滑らかに動く。


「あっ、や……っ」


しかし俺はそれ以上に指を動かさず、むしろ指の動きを止め、そこに指を添えるだけに留めた。


「……あ…………」


ひく、と彼女の喉が震えた気がした。彼女の体が少し緊張しているのが触れた体でわかる。弱いところに指をあてられたまま、何をされるわけでもなく見下ろされる気分はどうだろうか。鋭い刃物でも突き付けられたかのように、彼女は体をかたくさせていた。


「ひ、膝丸く……」

「やめるか?」

「え…………」


触れた場所が、ひくりと動いた。
寂しそうな顔をする顔をたっぷりと見下ろしては、もう一度繰り返す。


「やめようか」


この先の行為を。もしくは、この関係を。口にはしなかったが、別に言っても良かった。何故なら、そう言ったとしても今の彼女は首を横に振らないという自信があったからだ。
少しだけ沈めていた指をそっと離そうとする。


「やっ……!」


すると、すぐに彼女の両手が俺の手を押さえるようにして掴んできた。


「君は、やめたいのであろう」


俺としては残念だが、君はそうしたいのであろう? と言わんばかりにまた指を離そうとすると、掴まれた手の力が強くなった。


「ひ、膝丸君……」

「ん……?」

「あの……」


目尻まで赤くした彼女が恥ずかしそうにきつく目を閉じる。上がっていく息が、まるで泣き始めるかのようでひどくそそられる。目を閉じていてくれて良かった。君のそんな顔を見せられて、俺はこの悪そうな笑みを隠し切れない。


「触って欲しいのだろう」

「……っ」


耳元で囁けば、小さな肩が震える。
赤い耳朶をそっと噛み、耳元で彼女の名前を口にする。

「なあ……、なまえ」

「んっ……」


名前を呼んでやると、彼女は更に目をぎゅっと瞑っては、そのままこくりと頷いた。
彼女は俺が名前を呼ぶとすぐにおとなしくなる。最初は名前を呼んだだけで頬を染めていたくらいだ。かくいう俺も彼女に名前を呼ばれるのは好きなのだが、彼女はまた特別といった感じでいつも新鮮な反応を見せるのだ。


「……かわいい」


素直に頷いた彼女へ心の底から湧き出る言葉を口にし(口にし、というかほぼ無意識にこの言葉は出てしまう)(可愛いのだ、本当に)、彼女の体を起こしては上衣やら下着やらを脱がせる。頭から脱がしてやると、彼女は俺の言葉に照れているのか、髪を整えながら恥ずかしそうに目を伏せていた。……可愛い以外の言葉が見付からない。
乱れた髪を整えながら撫でてやり、口付け、俺も上衣を脱いでベルトを緩めた。下肢は、まろやかな線を描く彼女の体を見て更に熱を上げ、早く、と俺に告げていたが、俺はその熱をなんとか飲み込む。まだ、まだ早い(気持ちは痛いほどわかるが)。
彼女の体を隠す最後の一枚をそっと脱がせ、またソファへと横たわらせる。白く、見ているだけでも柔らかいとわかる綺麗な体を見下ろし、興奮なのか感動なのか良く分からない息を吐く。目が合うと、どうしたらいいのかわからない彼女はぱっと目を離すが、その視線を戻すように俺は彼女の柔らかい体の線を撫でる。


「う、ん……っ」


細い腰を撫で、滑らかな太腿をすべって合わさった膝をそっと割る。大きく足を広げさせ、その足の間に自分の体を入れては閉じることを阻んだ。
広げたそこは既にとろとろと蜜が零れており、たっぷりと濡れた花弁が俺を誘っていた。
キスと少し触れただけでこんなに濡らして、それで俺を拒む理由がわからない。君の体はこんなにも素直に俺を受け入れようとしてくれているというのに。
何をそんなに拒むのか。何が俺を拒むのか。


「目を、離すな」

「ん、…………あ、あぁっ」


彼女の目を射止め、自分の指を彼女の秘所へとあて、ゆっくりと指を突き入れた。熱く熟れたそこは俺の指を美味しそうに飲み込み、奥へと誘う。手のひらが当たるまで指を入れ、彼女を見詰める。


「ここに、指を入れているのは誰だ」

「あ、んっ」


とん、と奥を叩く。


「君の奥にあるこの指は誰のだ」


再度、とんとん、と奥を叩くと指の先がきゅうっと切なく締め付けられる。


「ん、ぁ、ひ、膝丸く、ん……」

「ああ、そうだ。ここに入っているのは、俺だ」


薄い腹にそっと片方の手を乗せ、中にいるのは俺だと言い聞かせる。いい子だ、と震える粒を親指で撫でてやれば彼女は甘い声を上げて体をびくつかせた。


「あっ、いや……そんなっ……だ、めぇっ……」


蜜を塗り付けるように弱い場所を擽ると彼女は身を捩って俺の指から逃れようとしていたが、既に指が中に収まっている状態で逃げるのは不可能だろう。俺は中に突き入れる指の本数を増やし、再度中へと埋めた。零れる蜜の滑らかさを借りて突き入れば、中はすんなりと俺の侵入を許してくれる。


「……ひ、ぁっ!」

「目をそらすな」

「んっ、んんっ、……あっ」

「誰に触れられているか、よく見ろ」


どんなに似ていると言っても全部が全部似ているわけじゃないだろう。しっかりとその目で見て、忘れられない人ではない、俺だけを見て欲しい。


「やっ、だめ、あ、ぅ……う」


彼女とそやつが体の関係を持っていたかは知らない(知りたくもない)(嘘だ、実は知りたい)。しかし見た目がどんなに似ていても、彼女への触れ方まで似ているとは思えない。することは一緒かもしれないが、それでも俺そのものまで似ているわけではないだろう。


「あっ、ん、く、いやぁ、それ、だめっ……」


君を暴いているのは誰だ。俺だろう。そんな気持ちを込め、彼女を見詰め、彼女の中を撫でる。薄い腹の裏を執拗に撫でていると、彼女の小さな足先がきつく丸まっては震えていた。可愛い。限界が近いのだろう。


「気持ちいいのだろう? 我慢しなくていい」

「あぁっ、な、なでない、で……っ、ひ、ぅ、んっ……!」


ゆっくり、しかし確実に、高みへと上らせるよう同じペース、同じ撫で方で奥を可愛がる。彼女が息を詰めたと同時に口付けると、もう動いてくれるなとばかりに中がきつく収縮した。


「あっ…………!」


ぎゅうっと締め付けられる感覚を心地よく思いながら、達した彼女へと何度も口付ける。


「ふ、ぁ、待っ……、い、いって……る、の……っ」


達した彼女をそのままに、指をゆっくりと動かし、玉のような汗が滲み出る額へと唇を寄せる。汗を何口が吸い取り、優しく額を撫でてやると、上がったまま下りてこれない彼女がまたびくびくと体を震わせた。


「あ……っ、ん、んーっ……!」


息さえも震える程強く達した彼女へ、宥めるよう額から頬を撫でてやると、とろりと蕩けた目が俺を見る。撫でる手をぼんやりとした目で追い掛けては、ゆっくりと瞬いては俺を見上げた。
彼女は、どうやら撫でられるのが好きらしい。特に額なんかを撫でていると、いつも俺を見詰めては仔犬のように「もっと」と訴える。


「ん……、あ、……ひ、ひざ、まる……?」

「ん?」


甘い声で名を呼ばれ、小さく返事をすると彼女はほっとしたように微笑んだ。やはり、彼女は笑っている顔が一番可愛い。ふわりと、まるで綿菓子のような笑みを向ける彼女が好きで堪らない。
ずっと、そうやって笑っていたらいいのにと思う。難しいことばかりを考えず、ただ、目の前のことに、俺のことを思って、笑っていてくれたら。
達した余韻でぼんやりとしている彼女をいいことに、忘れられない人を思い出させないよう、こうして今口付けているのは俺だとばかりに啄むようなキスを何度も繰り返した。
隙間など与えないくらい、塗り潰してやる。そう口付けて、俺は下衣を脱ぎ捨てる。脱いだそこから出たものは、彼女を早く貫かせろとばかりに勃ち上がっていた。


「は……、君の中に入れたくて、痛いくらいだ」

「あ……」


興奮して筋が立つそれに彼女の小さな手を導き、触れさせる。こんなに華奢で、白くて、綺麗な手に欲望の塊を触れさせるなど、頭が痛くなるほど申し訳なくて、更に興奮してしまう。


「よく、見ていなさい」


その手を添えさせたまま、彼女の小さな入口に自身の熱の先を埋める。


「あっ……、お、おお、きい……」


まだ先を付けた程度だというのに、怯んで手を離しかける彼女の手を引き止める。


「君がそうさせた」

「んっ……あ、……ぁ」


苦しげに、でも気持ち良さそうな声を上げる彼女へと腰を埋める。一度止めて、蜜を塗り付けるように小さく出し入れさせると彼女の体が切なそうに強張った。


「あ、ん、ん……かた、い…………」

「……痛くないか」


聞けば、こくりと彼女が頷く。再度腰を進めると、とろりとした蜜のおかげがすんなりと埋まっていく。彼女の手をどけさせ、隙間なく、ぴったりと中へと押し込んで上から覆い被さる。


「君の中に、俺が入っていくのがよく見えた。君も見えただろう?」


見えただけでなく、触れさせもしたのだ。この華奢な体の中に誰の何が埋まっているのか、きちんとわかったはずだ。


「君を抱いているのは、誰だ」


ぐっと腰を押し込み、彼女の体が少し浮き上がった。


「んぅっ……、あ、あぁっ……」


奥に入ってくる俺に彼女が震える。


「ひ、ひざまるっ……」


彼女が俺の名を呼ぶ。俺の目を見て、俺の名を。
それなのに、どうしてだろうか。


「そうだ、俺だ」


ちっとも俺が呼ばれた気がしない。


「んっ、あぁ、あっ……」


押し上げ、奥を擦り付ける。
縋ってくる手も、見詰める目も、零れる名前も、全部俺だというのに、どうしてかそれが俺ではないと思ってしまう。忘れられない人を上から塗り潰すなど言っておいて、これではまるで、俺がその忘れられない人に捕らわれているではないか。


「んんっ、あっ、膝丸……っ」


吸い付く奥も、触れてくれる手も、俺を呼ぶ切ない声も、全部俺に馴染んでいるというのに、どうしてか心が馴染まない。彼女も、俺もこんなにも気持ちが良いのに。一つになれているというのに。心だけが置き去りになっていく。穴のあいたコップに、どんどん水を注いでいるような、そんな感覚だ。
彼女の足を肩に抱え、奥を貫く。
ここにいるのは俺だと突くと、彼女の目から涙が零れる。


「あっ、んっ、ん」


コップから溢れた水だろうか。啜れば、どこか甘い気がした。
彼女が泣くほど抱けば、俺で満たされてくれるだろうかと思っていたが、俺は自分が思っている以上に彼女が好きなようだ。彼女が満たされても、俺が満たされなくて、もっと手酷くしてしまいそうになる。
好きなのに、どうしようもないくらい好きなのに、どうすることもできなくて、ただただ焦れた想いばかりが積み重なっていく。


「ひ、膝丸、あっ……、いっ……!」


最奥を抉り、彼女の理性を焼き切る。いっそただの雄と雌であったのなら、何も考えず、ただお互いを好き合っていれたのに。ごちゃごちゃ考えてしまう頭を持ったせいで彼女は、俺は、ずっとこのままだ。
ああ、忘れられない人の前に、彼女と出会えていたらどんなに良かったことだろう。


「やっ、待って、膝丸、だめ……っ、あぁっ」


達した細腰を掴み、高く持ち上げて律動を刻む。


「う、動いちゃ、だめぇ……っ」

「いいの、だろう……。何度でも、いっていい」


他の誰でもない俺がそうさせているのだから。
君の中の誰かじゃない。君の目の前にいる、俺が。


「君は、ここを、こうするのが、好きだっただろう……――昔から」


そう言って奥をぐりぐりと抉る。


「は、はぅ……、あっ、ん、んっ……!」

「はぁ、俺だ……。君を抱くのは、今も昔も、俺だ……」


ぐちゃぐちゃになる心と、気持ち良さに、最早自分でも何を口にしているのかわかっていない。


「俺だけだ、……あ、るじ……っ」


でも、ただ本能的に彼女を求めていた気がする。彼女と一つになれることで、何か大事なことに触れているような気がしたのだが、腹の底から込み上げる愉悦に流されてしまう。
彼女の気持ちに触れているようで、触れられない。
今日も俺は、顔も知らぬ忘れられない人を超えられないのだ。

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