夕食中の大広間、そこに気付けば現れていた漆黒の執事は、その主と共に未だ生徒達の注目の的である。
「坊っちゃん」聞き惚れる様な声がローストビーフを優雅に切り分けていた少年をそっと呼んだ。
広間に広がっていた音の濁流が、そこを中心とした波紋の様にして一気に小波へと姿を変えた。


「お食事中に失礼致します。件の取引は滞りなく完了致しました」
「そうか」


カチャ、と極力小さな音でシエルは手にしていたナイフとフォークを置いた。


「またクリスマスのイベントに付きましては詳細を此方に」


スッと差し出された書類の束を一瞥し、シエルは部屋に置いておけと執事に命じた。
彼は畏まりましたと頭を垂れる。


「もう一つ、あのお方の使者より言付けを預かって参りました」
「以前の件か」
「はい」
「調べは?」
「既に」


それで十分だったのだろう。
戻るぞ、と告げたシエルが席を立つ。
彼の隣に座っていたランが何も言わずにそれに従った。
彼等が去ったあとは恒例の様に生徒達があれやこれやと語りだす。
ドッと広がるのは憶測や噂が殆どだった。
いい噂もあれば、勿論悪いものもある。
そんな中、個人的な好感に関しては随分と両極端に分かれていた。
鼻持ちならないか、尊敬か、である。
マグル出身者の殆どは後者。
純血が多く、それ故純血思想が強いスリザリンの殆どは当然前者。
そして意外なことに、ハリーの右隣りでチップスを摘んでいるこの友人は彼の双子の兄達と違い、彼の毛嫌いするスリザリンと同じく前者であった。


「見たかアレ。偉そうにさ」


鼻を鳴らして不愉快を隠しもせずに言ったロンにハリーの左隣りのハーマイオニーが眉を顰めた。


「何を言ってるの。偉そう、じゃなくて偉いのよ彼は」
「けどそれはマグルの世界での話だろ?魔法界には関係ないじゃないか」
「私が言ってるのは称号の事というよりも、彼の経営者としての立場の事よ。ファントム社に影響があれば確実に英国にも影響が出てくるわ」
「だからそれだってマグルの世界の話で、魔法界には関係ないだろ!」
「本当に関係がないなら執事同伴なんて魔法省やダンブルドア先生が許す筈ないでしょ?少しは考えたら」
「なんだよその言い方!」
「貴方が自分の感情論でしか考えずに浅慮な事を口にするからでしょ」
「誰が自己中心的だって!?」
「あーら良くご自分をお分かりのようで」
「なんだ「嗚呼もうストップストップ!!ロンもハーマイオニーも落ち着いて!」


俄にヒートアップしてきた口論に間に挟まれていたハリーは堪らず待ったをかけた。
「だってハーマイオニーが!」「ごめんなさいハリー」返ってきた両者の態度もまた極端である。
自然とハリーの口から溜息が一つこぼれ落ちた。
ロンの言いたいことが分からない訳ではない。
何せホグワーツ初の執事付きだ。
基本的に自分の事は自分で。
そんなホグワーツに於いて特定の人物の執事というのはなんとも…そう、なんともムカつくのだ。
  僕達は自分でやってるのに。
そんな思いがついつい浮かんでしまう。
先程のやり取りだって何が部屋に置いておけ。だ!
それぐらい自分でしろよ!
恐らくこれがロンの気持ちだろう。
しかしハリーとしてはハーマイオニーの様にシエルを庇うつもりはないが、それでもシエルと彼の執事の様子はロンの様に嫌悪する程の事でもなかった。
だって“あの”ファントム社だ。
繰り返すが、“ あ の ” ファントム社なのである。
製菓玩具に料理や化粧品に医薬品。
様々な事業展開をしているファントム社の名前やロゴは一歩街に出ればそこら中で見つかるだろう。
否、街に出なくたってティータイムに欠かせないお菓子や紅茶の茶葉だってファントム社のものに決まっているのだから、家の中に居たって常にその名を目にするだろう。
いやいや、寧ろもう日常に馴染みすぎてしまって意識して見ることすらしないかもしれない。
そこに、日常にファントム社製のものがあるのが当たり前。
そんな大企業の社長が忙しくない筈がない。
だってダーズリー程度の会社でだって、その社長の彼は(ああ見えて)忙しいのだから。
だったらダーズリーなんかと比べものにならないファントム社の忙しさなんて想像もつかない。
事実彼はいつの間にやら教室内に居る執事に耳打ちされて、難しい表情で何度も授業を抜けだしている。
それに件の執事は授業の荷物を預かったり、食事を取り分ける等といった行為はせず、彼がやる事はこれまで見た限り本当に全部ホグワーツと全く関係のない事ばかりだ。
それなのにどうして彼等を非難できようか。
けれどこれはロンには理解できないだろうな、とハリーはこっそり独り言ちる。
何せロンはファントム社のその凄さを知らない。
ファントム社が英国を左右する、なんてマグルの世界で暮らしていれば経済学を学んでない奴だって分かりきった事だが、ロンは生憎魔法族で生まれも育ちも魔法界。
大企業とはいえマグルの世界の会社とその影響力を知ってろという方が無理だ。(そう思うとダンブルドアの言葉に真っ先に反応した双子は凄いというか、なんであんなマグル出身者みたいな反応を返せたのかというか)


「ロンもさ、ファントムハイヴが気に入らないなら気にしなければいいのに」
「大広間であんな目立つヤツ等を無視しろって!?そりゃ無理だぜハリー」
「あら、ハリーの言い分は最もよ。気にするから余計に目に付くのよ」
「あんな場違いな真っ黒な執事が居るってのに!?」
「私達も先生方も皆『真っ黒』よ」
「ああ言えばこう言う!」
「それは貴方でしょ!?」


やれやれと、振り出しに戻った二人のテンションにハリーは溜息を吐いた。
まるで水と油。
凹と凸。
いや、今の二人を見るに凸と凸か。
僕等が今考えるべきはファントムハイヴの事でもその執事の事でもないと言うのに。


「二人共その辺にして。この後ニコラス・フラメルについて調べるんだろ」


その言葉にハッと目を瞠ったロンとハーマイオニーに、ハリーは疲れた顔で嘆息した。











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