「京子」


彼に“名”を呼ばれ、私は彼の傍らに寄った。
「大事にされていらっしゃるのですね」笑う男の隣に控える笑みを湛えた美しい女性の鋭い瞳が私を射抜く。



「ええ。最愛の女性(ひと)ですから」



ふわっ、と彼が優しく私の肩を抱き、口付けた。
私に向けられる愛しむその視線も、仕草も、どこまでも優しく私を労る。
…それが、私にとってどんなに残酷な事なのか、彼が気付く事は一生ないだろう。

















――――隠れ蓑

それが、私に下された任務だった…。













果たしてそれが私にとって幸運だったのかは分からない。
しかし彼等にとっては僥倖以外の何物でもなかった。

私の容姿は“笹川京子”のものと同一であった。
完全なる一致。
似ている、なんて比ではない。
正しく私の姿形は彼女のものと等しかった。
普通ならば有り得ない事。
有り得てはならない事。
一卵性双生児ですら、同じDNAを有していても等しいとまではいかないにも拘らず、赤の他人である私と彼女はそれを成した。
なんという軌跡。
なんという偶然。
はじめは私と彼女で、同じ顔で笑い合ったものだ。
「不思議だね」と。
不気味がるでもなく、私達はお互いを同じ者と認めつつも、お互いを個としても認め合っていた。
認めて、微笑む事が出来ていた。
家族を殺され、幼い頃から裏でマフィアとして生きてきた私にとって彼女が笑みを向けてくれる度家族を得た様な幸せに浸れた。
この人は私の姉であり、妹であると思えた。
事実、それは彼女も感じていてくれていたのだ。
姉妹みたいね、私達。
そう言って笑った彼女の顔は優しくて、温かくて、泣きそうになるのを必死で堪えながら、そうね。と私も笑い返した。
そう、彼女は本当に優しく、温かな人だった。
浮かぶ笑みは大輪の向日葵の様に明るく華やかで。
彼女の傍らで得られるのは日溜まりの様な心地よさと安心感。
私が得られなかった幸福を全て注ぎ込まれたかの様な彼女だったが、不思議と負の感情は湧かなかった。
嫉妬とか、嫌悪とか、そういったものを一切与えない程、彼女は素晴らしい人物で、私もそれを素直に受け止められていた。
その一端に、彼女の兄の存在もあった。
彼女の実の兄。
私と違って、彼女と血の繋がっている彼は他の人と同じく悉く私と彼女を間違えてはいたが、それでも違う事を伝える度笑ってそうか。と受け止める姿は清々しく、頭を撫でてくれるのがくすぐったくも心地よかった。
何よりあんな素敵な彼女と同じだと他でもない彼が認めてくれるのが嬉しかった。
二人は、私にとって失った家族そのものもとなっていた。
この二人だけではない。
彼女を知る者達からもしきりにその容姿の一致に驚かれ、それと同時に彼女に向けられている優しさと同じ物を私にも向けて貰えた。
皆、はじめに私に「京子」と声を掛け、それを私が否定して「嗚呼間違えた」と笑うのだ。
笑って、彼女に向けられる優しさと同一のものを向ける。

…なんという滑稽劇。
今思えば、それにすら気付かない程、私は家族に焦がれていたのだろう。
人に、優しさに飢えていたのだろう。

そう、所詮彼等が私に向けていたものは全て彼女のものだった。
彼等にとって私は彼女で、誰一人として私を見ている人なんていなかった。


この方を除いて…。







「ごめんね蓮。
無理に会合に付き合わせちゃって」

「いいえ。お気に為さらないで下さいボス」

「本当にごめんね。
それからありがとう京子のフリしてくれて。
好きでもない男の婚約者をするって辛いのに」

「私はボスが好きですよ」



眉尻を下げて困った様に笑うボスにそう告げれば、あははと笑ってありがとうと返される。
俺も蓮が好きだよ。と言うボスの残酷さに私は笑った。
この方の異能は身内からの好意には酷く鈍い。
それに安堵と辛苦が交互に私を支配した。






































「私はボスが好きですよ」



何時かの様にそう、囁く。
尤も、こんな小さな囁きは、この祝福の中何処にも届きなどしないけれど。
幸せそうなボスの隣で、純白を纏った私と同じ顔が、微笑む。









偽装恋愛







「私は……貴方が好きなんです










声は、届かない。
















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