特別な存在だった。その特別がどんなものかなんて考えたこともなかったけれど、紛れもなく二人は私にとっての『特別』だったのだ。これからも変わらずに一緒にいる。ずっと仲良しだよねなんて、安易な考えをしていた自分が今となっては恥ずかしくて仕方がない。自分だけが子供のまま立ち止まり、彼等の心は気付かないうちに一歩先へと歩き出していたのだ。
「もしもし、真緒?HR終わって今校門なんだけど……え、今日一緒に帰れないの?」
『悪いな、なまえ。今日はユニット練習だけの予定だったんだけど、生徒会の仕事も頼まれちゃってさ…。約束してた買い物は今度でも良いか?』
「それは良いけど…。凛月は?一緒じゃないの?」
『教室にいなかったから、多分また中庭かどっかで寝てるんじゃないか?あ、悪い!副会長に呼ばれちまったから、なまえが凛月に電話してみてくれよ!じゃあな!』
「あ、ちょっ、真緒…!」
私の言葉を遮るように、プープーという無機質な音が耳を流れる。今日は買いたいものがあったから、真緒に付き合ってもらう予定だったのに。凛月に電話してみろと言われても、彼が人混みに付き合ってくれるとは思わない。真緒には悪いが、今から一人で買いに行こうか。または買い物を諦めて凛月と帰ろうか。アイドル科の校門前で待つのは、普通科の私には未だに慣れない。
プルルルル……
「さすがに出ないかな…」
「誰が?ま〜くん?」
「わっ!!…とと、」
手から滑り落ちそうになった携帯を慌ててキャッチする。機種変をして間もないので、落として傷つけたりでもしたら泣くに泣けない。無事に手の中に納まったことに安堵し、声のした方へ顔を向けた。
「凛月、びっくりさせないでよね!危うく落とすところだったよ」
「え〜…なまえが勝手に驚いたくせに俺を責めるの?ひどいなぁ、冤罪で訴えようかな〜」
「今、凛月に電話してたとこだったんだよ」
凛月は気だるげにくわっと欠伸をしながら鞄をゴソゴソと探り、携帯の画面を見て「気付かなかった」と呟くとすぐにまた鞄に放り込んだ。アイドル科の校門は出待ちの女の子達が多いため、少ない時間帯を狙ってやっては来たが、やはりこの場所にいるのは落ち着かない。
「凛月は帰るとこだったの?」
「うん。どっかで寝てても良いんだけど、す〜ちゃんに見つかったら練習連れて行かれちゃうしねぇ。なまえの部屋でダラダラしようかなって思ってたとこ」
「人の部屋を何だと思って……それより、帰るならもう行こう!」
二人組の女の子が離れたところからこちらを見ている視線を感じたので、急いで凛月の腕を引いて帰り道を歩き出した。昔はこんなことする必要なかったのに。当たり前に一緒に帰って、寄り道して公園で遊んだりして。それが変わってしまったのは、二人が「アイドル科」という特殊な学科に入学してしまったことが原因である他ない。凛月が夢ノ咲を受けたのは零くんを追ってのことだと泣く泣く受け入れたが、まさか真緒まで夢ノ咲…アイドル科を受験するだなんて。追いかけるようにして私も夢ノ咲を受験した。もちろん普通科だけれど。少しでも二人と距離を開けたくなかったのだ。
自分で歩く気が無いのか、凛月は私に引きずられるがままになっている。角を曲がり学院が見えなくなったところで、すとんと重たい気持ちが体から抜け落ちていった。
「…何に逃げてるの?」
「え?」
「俺やま〜くんと会うとき、最近のなまえはいつも何かにビクビクしてる」
「それ…は…」
気付かれていた。いや、むしろ毎回と言って良いほどあからさまに学院から離れようとしているのだから、気付かないはずがない。でも凛月と真緒はアイドルなのだから、当たり前なのではないだろうか。凛月に見抜かれた気持ちを、必死で肯定しようとしている自分がいる。
「…二人は、みんなのアイドルだから。私が人前で二人の側にいてばっかりだと良くないでしょう?」
「何で?俺はみんなのじゃなくて、なまえのだよ」
「だ、だから、幼馴染みだからっていつまでもくっついてたら駄目なんだよ。ファンだって沢山いるんだし…。いくら幼馴染みでも、凛月がアイドル科にいる時点で普通科の私とは住む世界が違うの!」
「ふぅん……よく分かんないけど」
自分で言ってて悲しさに涙が出そうになった。二人の側にいたいから夢ノ咲を受けたのに、二人の側にいられないと突き放すのは矛盾していると分かっている。でも、だからといってどうしろと言うのだ。もう沢山のファンがいる二人と、昔のように側にいることなんて出来ない。真緒と約束していた買い物だって、あまり知り合いのいなさそうな少し遠いお店まで行こうと思っていたのだ。
「…何かお腹すいた。なまえは?」
「え?あ、そうだね、ちょっと小腹空いたかも…」
「じゃあ行こ」
一歩前に出た凛月は「ん」と言って左手を差し出した。昔からそうだ。私が落ち込んだり泣いたりしていた時、真緒はどうしたんだ?って背中を擦って話を聞いてくれていたけれど、凛月は何も言わずに手を繋いで私の一番好きなコンビニの餡まんを一緒に買いにいってくれていたのだ。周囲に視線をやり、誰もいないことを確認してから凛月の手を握る。凛月の、滅多に見れない優しい笑顔が溢れた。
「今日は家に兄者がいるから、なまえママのご飯食べに行こうかな〜」
「お母さん、今日仕事で遅いから夕飯無いよ」
「そうなの?じゃあなまえが夕飯作ってよ」
「別に良いけど…。あ、どうせなら真緒も呼ぼうか」
「え〜、せっかく二人きりなのに。なまえってばほんと空気読めない子だねぇ」
「それいつも凛月が言われてることでしょ!」
凛月は、いつも自然に私の気持ちを明るくさせてくれる。凛月と真緒から離れたくない、でも必要以上に近づいてはいけない。開いてしまったこの距離が切ない。頭から離れないその不安を打ち消すように、凛月の握る手に力が入った。今は考えないで、そう言っているように感じた。
「ま〜くんにメールしとこっと。今日はなまえがスーパー美味しい手料理作ってくれるよ…と、」
「ちょっと、プレッシャーかけないでよ!」
気が付くといつの間にかコンビニの手前まで歩いていたようだ。餡まんあるかなぁ、凛月は楽しそうに言いながら手を繋いだままコンビニへ足を進めた。気持ちを軽くしてくれた凛月に心のなかでお礼を言いながら、今日の夕飯どうしようと頭を働かせることになってしまった。
back