子供が遊園地ではしゃぐとか、運動会で自分のチームが優勝するとか、嬉しいことがあると周りも見えずに浮かれてしまう。そんな感覚に近かったのかもしれない。珍しいこともあるものだ、昼間なのに眠くない。動かす足が軽く感じる。つまり、俺は今人生で初めて浮かれているのだ。そう、なまえと俺は“特別”になったのだから。


「ねぇ〜…そんなに怒らなくても良いんじゃない?いつまでも眉間に皺寄せてると、歳取ったときに消えなくなるよ〜」

『もぅ、誰のせいだと思ってるの!てゆーか電話なんだから眉間の皺とか見えないでしょ!うぅ、明日学校行くのが辛い…』

「だから、ごめんってば…。なまえの友達に挨拶したかっただけだからさ〜もういい加減機嫌直してよ…」

浮かれた気持ちは夜には見事に沈んでしまった。普通科の友達に「挨拶」をしてアイドル科へ戻った後、どうやらなまえは教室に戻れずに保健室へ行ったらしい。昼に睡眠をとらなかったせいか、大好きな夜なのに非常に眠い。

『…私、もう学校に行けなくなるかも』

「大袈裟でしょ〜みんな明日には忘れてるんじゃない?ふあぁ…ふ…」

『あ、今あくびしたでしょ!?他人事だと思って!不登校になったら凛月のせいなんだから、責任とってよね!』

「え〜何それ?プロポーズしてほしいってこと?なまえってば意外と大胆なとこあるんだねぇ」

『ひ、人が真剣に悩んでるのに…冗談言わないでよね!もう寝るバカ!おやすみ!』

「あ、切られちゃった…」

ボフンと枕に顔を埋めると、眠気は益々強くなってきた。なまえの言いたいことは解る。俺もなまえが普通科に居づらくなってしまうのではという心配は確かにあった。だけど、それよりも彼女と俺は恋人になったのだという嬉しさが勝ってしまったのだ。初めてのこの感覚をどうにか形に表したかった。なまえの友達に、俺がなまえの彼氏なんだぞって。ま〜くんにも後々怒られるだろうなとは思ったけど、普通科の教室にまで連れ戻しに来るとは予想外だった。ま〜くんに外に出された後、アイドル科の教室までついて行ってたら、振り返ったま〜くんに「何でいるんだよ」と驚かれてしまった。俺があのままなまえとイチャイチャするとでも思ったのだろうか、ま〜くんはわりと恋愛に関して乙女チックというか少女漫画思考なところがあると時々思う。そんなことをぼんやりと思い出していると、いつの間にか意識を手放していた。夜に、まるで普通の人間のように、こうして布団で眠りにつくのは何年ぶりだろうか。うん、これもなかなか悪くない。


********


「おーい凛月!朝だぞー!時間ギリギリだからもう起き……え?」

「ま〜くん、おはよう…♪ふふ、遅いから先に着替えちゃったよ」

「えぇ!お、お前一人で起きたのか!?まさか…嘘だろ…?そっか、俺ここ最近色んなことが有りすぎて相当疲れが溜まってるんだな…。今俺は夢を見てるんだ。いや夢でも凛月の世話をしてるってどんだけ俺って世話好きなんだよ…悲しくなるな…」

「ちょっとちょっと、何独り言で失礼なこと言ってるわけ〜…?ほら、早起きした俺を褒めてよ、ま〜くん」

「…うん、うん、そうだな!今日は手放しで褒めるぞ!お前はやれば出来る子だと思ってたんだ!偉いぞ凛月!自分で起きたお前は偉い!100点満点だ!!」

「う〜ん…そんなに褒められると日頃の俺を完全否定されてるようにも感じるんだけど…。まぁいいや、学校までおんぶして〜」

「そこはいつもと変わんねーのな…」

溜め息を吐きながらもどこか嬉しそうなま〜くんに背中を押され、雲一つない青空の下を歩き出した。学校に着いて授業が始まると、夜に寝たせいかさほど眠くはないのだけれど、退屈な授業にくわっと欠伸が出る。勉強が嫌いなわけではなくて、全て頭に入っている内容をだらだらと聞くのがつまらないだけ。…なまえはちゃんと教室に行けただろうか。昨日の電話の様子を思い出して、何だか不安になってきた。だからといって気の利いた言葉をかけられるほど器用でもない。自分が原因なのは百も承知だが、恋人として何か彼女にしてあげられることはないだろうか。しばらく考えてから、教師に気付かれないよう携帯を取り出した。

『今日一緒に帰ろ〜』

すぐに返事は来ないだろうとポケットにそれをしまうと、瞬間にブーブーとポケットに振動が走った。まさかと思い慌てて取り出し画面を見ると、紛れもなくそれは彼女からの着信。

『いいよ。学院裏の公園のとこでね。』

嬉しさに顔が緩む。こんな顔、knightsの皆に見られたらきっとバカにされるだろう。自分らしくないけれど、これが恋患いというものなのかもしれない。「二人だからね」と返すと、『わかってる!』とまたすぐに返信が来た。ふふ、と笑いが漏れる。早く放課後にならないかな。窓の外から聞こえる体育の授業の声が、いつもは安眠妨害だと煩わしく感じるのに、今日は自分の鼻歌に混じってまるでメロディーのように聞こえた。

*****

待ち合わせ時間に公園に着いたけれど、まだなまえの姿は無い。ベンチに腰掛けてぼんやりと空を見上げる。そういえば、高校に入ってからなまえとこうして待ち合わせをして帰るのは初めてかもしれない。ま〜くんは買物とかで一緒に帰っていたみたいだけれど。前はそれに対して不満もあったが、もうそんなことは気にならない。だって今日はただの待ち合わせじゃない、恋人同士の待ち合わせなんだから。それに、なまえがここの公園を待ち合わせ場所にしたことが実は嬉しかったりする。なぜなら…

「凛月!待たせちゃってごめんね、先生の話が長引いて…」

「別にいいよ。わざわざ走ってきたの?」

「うん、だって、凛月待たせちゃ悪いと思って…」

「そこは、俺に早く会いたかったからって言うんでしょ〜?」

「え!?そ、それはもちろんそうだけど…。てゆーか、凛月なんだか機嫌良いね?なんか良いことあったの?」

なんか良いことあった?本気で言ってるのか。彼女の鈍感ぶりにはとことん呆れる。恋人になってから始めての放課後デートだというのに、まさか幼馴染みの時と同じ感覚でいるんじゃないかと心配になる。

「あ〜…そうだねぇ。なまえが学院から近いところを待ち合わせ場所にしてきたから、ちょっと嬉しかったかな」

「へ、なんで?一緒に帰るんだからあたりまえじゃないの?」

「だって前は、学院の近くで一緒にいるの見られないようにしてたでしょ。俺が話しかけたら、周りをキョロキョロして気にしてたし…逃げるようにして学院から離れてたからねぇ。だから、それをしてないのが嬉しいってこと…」

「凛月…、ごめんね、私の勝手な行動で凛月に嫌な思いさせてたよね…」

なまえが俯いて悲しそうな顔をする。そんな顔をさせるつもりで言った訳じゃないのに。ただ嬉しさを伝えるつもりだったのが、どうやら上手く伝えられなかったらしい。俺はやはりこういう所はま〜くんのようには出来ないのだとつくづく感じる。

「ちょっと…そういうつもりじゃないんだからさ。なまえと堂々と会えて嬉しいってこと。…あ〜、喉渇いたなぁ。ねぇ、何か飲もうよ」

「え?あ、そうだね。こないだ友達に教えてもらったカフェがあるんだけど行ってみない?ケーキも美味しかったって言ってたし!」

「友達…?」

驚いた。なまえが友達に教えてもらったお店に俺を誘うなんて。先程の会話じゃないけど、知り合いに会う可能性の高い場所に俺と行くことなんて、今まで無かったから。ま〜くんとの買物でさえ遠くまで行っていたようだし。それなのに、今日だってもしかしたらなまえの知り合いが来ているかもしれない場所に、二人で行ってみようと言ってくれた。本人は無意識なのかもしれないけど、俺にとっては「特別」だと認められている感じに胸が熱くなる。騒ぎになったとはいえ、結果的になまえの友達に挨拶しに行って良かったと思う。そんな俺の想いとは反対に、なまえはハッと焦った表情になった。

「あ、えっと、あの…友達っていうか…く、クラスメートで……えぇと、」

どうやらなまえは俺の前で“友達”という単語を使うのはタブーだと思っているらしい。まぁそうさせてしまったのは自分なのだけど。

「……ふぅん、なまえの友達が教えてくれたなら良い店なんじゃない?ま、俺のケーキより美味しいとは思えないけどね〜。じゃあそこ行ってみようか」

「え!?い、いいの!?」

「なまえが誘ったくせに驚きすぎ。むしろ俺は………、ううん、じゃあ早く行こうよ〜喉渇きすぎて限界…」

「うん!行こう!」

手をぎゅっと握り、店まで歩き出す。幼い頃に同じ様に手を繋いで歩いたことは何度もあるけれど、まるで初めて手を繋いだかのようにドキドキする。自分にこんな感情があるなんて、今まで知らなかった。歩きながら、今日は大丈夫だったのかと聞くとなまえは少し間を置いてから「…まぁ、なんとか」とだけ答えた。様子からして、なまえが電話で心配していた事態にはならなかったらしい。あまりしつこく聞くのも悪いかと思い、別の話題としてknightsでの出来事…す〜ちゃんのドジな話をすると、なまえも楽しそうに聞いてくれた。

「あ、着いたよ!今日は空いてそうだね。入ろうか」

「ふ〜ん、結構レトロでお洒落だね。俺は炭酸〜」

「あはは、とりあえず座ってからね」

「は〜い。…………あ、」

案内されたテーブルに着くと、少し離れた席に3〜4人くらいの男たちが座ってワイワイと話し込んでいるのが見えた。机には沢山のパフェやケーキが並んでいる。そして見たところ夢ノ咲の制服だ。さらにこの聞き覚えのある声と「マーベラス!」という単語……。

「凛月?どうかした?」

「あ〜…ううん、何でもない。俺は炭酸と、このチョコレートケーキにしようかな」

「じゃあ私はモンブランとミルクティーにする!すみませーん、注文お願いします!」

さっきのは見なかったことにしよう、そうしよう。せっかくのなまえとのデートなんだから、邪魔が入ると台無しだ。なまえが慣れた様子で注文し、店員が水を置いて戻って行った。

「…ねぇ凛月、今週の土曜日って暇?」

「土曜日…?うん、knightsの練習も無かったから特に予定ないけど」

「良かった!じゃあさ、えっと…一緒に出掛けない?凛月は人混み嫌いだからさ、そんなに人の多くないところ!」

「別にいいけど…どっか行きたいとこあるの?まぁ人混みは好きじゃないけど、なまえが行きたいとこあるなら多少混んでても行っても良いよ」

「わぁ、本当!?ありがとう!えっと、場所はまだ考え中…。決まった連絡するね」

なまえの頬を染めた可愛い笑顔に、こちらもつられて口元が緩む。日中起きているために前日の夜はしっかり寝ておかないと、なんてま〜くんが聞いたら「また夢だ」なんて言って自分の頬を抓るんだろうな。クスッと笑うと「どうしたの?」と面白そうに訊ねるなまえに「内緒〜♪」と返すと少しすねたような表情をしたけれど、運ばれてきたモンブランを見てまた嬉しそうに笑顔を咲かせた。土曜日、楽しみだな。

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