「見て見て、やっぱりknightsかっこいい〜!顔面偏差値高すぎ!」

「あたし最近はUNDEADのアドニス君推しなんだよね。前より雰囲気良くなったと思わない?」

「あ、わかる。クールな雰囲気からの可愛い笑顔、あのギャップは反則だよね!」

「私はtrickstarかな〜。最近人気じゃない?ほら、雑誌にもよく出てるし」

「リーダーの氷鷹くんはクールだけど笑った顔が超可愛いよね、あたし一番好きかも。彼女とかいるのかな〜」

「アイドルだから、彼女はどうだろうね。でも好きな子はいるんじゃない?」


学校からの帰り道。立ち寄ったコンビニの雑誌コーナーから聞こえた複数人の黄色い声に、カフェオレを取ろうとした手がピタリと止まる。止まらない彼女たちの会話に意識を引っ張られながらも、私はカフェオレを買いに来たのだと、脳内の自分が意識を引き戻した。お気に入りを手に取り、レジでお金を払いコンビニを後にする。…今日は蒸し暑くて嫌になる。


*******

「…なまえ………なまえ」

ドアをノックする音と、自分の名前を呼ぶ声で目が覚めた。ぼーっと天井を見つめたまま返事をせずにいると、ガチャっと扉が開く。

「なんだ、いるなら返事くらいしろ。あと制服でベッドに寝っ転がるな。外を出歩いてた服には埃や菌が付いているから、部屋に入ったらすぐ部屋着に着替えるようにと前から言ってるだろ」

「うぅ…寝起きの姑ツラい…」

「誰が姑だ…。というか寝てたのか?」

「うん、帰ってきてから色々考えてて気付いたら寝てた…」

ふぅ、と小さくため息を吐いた北斗は、手に持っていたテキストをテーブルに置いてから私の腕をぐいっと引いた。体がのそ〜っと起き上がる。

「とりあえず部屋着に着替えろ。夕飯までに終わらせるからな」

「終わらせるって、何を?」

「明日、小テストがあるから勉強を教えて欲しいと言ったのはなまえだろう。その為に今日はレッスンを早帰りして来たというのに…まさかと思うが、忘れてたのか?」

「はっ!!いや、忘れてない!忘れてないよ!」

バッチリ目が覚めた。北斗の疑うような瞳がはっきりと見える。テスト、そうテストだ。こんな大事なこと頭から抜けてたなんて…、何でだっけ?帰りまではちゃんと北斗との約束覚えてて、それでコンビニ寄って…コンビニ……

「そうだ!あのね、今日コンビニで…」

「世間話はやることが終わってからだ。手洗いに行ってくるから戻ってくるまでに着替えていろ」

「は〜い…」

眉間に皺を寄せながら北斗は部屋を出て、私はのそのそとタンスから部屋着を引っ張り出す。ふぁ…と欠伸をしながら半袖短パンに着替え終えると、またドアがノックされた。今度はちゃんと「いいよ」と返事を返す。部屋に入った北斗はまた眉間に皺を寄せた。何なのよ、まったく。

「…おい、何だこれは。制服が床に投げ捨てられたままだぞ」

「投げ捨ててないよ、置いてあるだけ」

「屁理屈を言うな。ちゃんと掛けておかないと皺になるだろう、こないだ来たときに注意したばかりだぞ」

「も〜、眉間に皺ばっかり寄せちゃって、アイドルは顔が命なんだから怒ってばっかじゃ良くないよ?」

「俺にそんな顔をさせてるのは誰だと思ってるんだ…。はぁ、もういいからテキストを開いてくれ。早く始めないとあと一時間で夕飯になる」

「ねぇ、今日うちで食べてくでしょ?たまには一緒に食べようよ!北斗いたらお母さんも喜ぶし、私も嬉しいし!」

「………あぁ、そうだな」

北斗が何か言いたそうな目をした気がしたけど、彼はすぐに視線をテキストに戻した。北斗の隣に座って自分のテキストも広げる。机が小さいせいで肩と肩が触れる距離、でもこんなの日常茶飯事だ。「どこが分からない?」と聞かれて問題文を指差すと、テキストを覗き込んだ北斗の頭が視界に入る。何かいい匂い……


「…っ!?」

「わっ!あ、ご、ごめ…」

幼い頃からずっと一緒だった。北斗のことは何でも知ってるつもりだった。いつも冷静で何事にも動じなくて。でも、バッと頭を押さえてこちらを向いた北斗の真っ赤な顔、こんな顔は知らない。知らなかった。

「あ…ごめん…、何かいい匂いして、つい…その…嗅いじゃって…」

「〜〜〜……っ、」

「ごめん!ごめんね、匂い嗅ぐとか変態みたいだったよね、」

赤い顔を掌で被う北斗より、私の顔の方が赤くなっている気がする。…でも我慢出来なかった、体が勝手に動いてしまった。昔から、これからもずっとお隣さんで仲良しでいられるはずなのに、何だか焦りのようなものを感じてしまっていたから。

「…いや、いい。俺も悪かった」

「え、何で…北斗は何も悪くないよ。何で北斗が謝るの?」

「…なまえは悪くない、俺が反応しすぎただけだ。もう少し離れるか」

隣から向かい合わせに座ろうと立ち上がる北斗の腕を、反射的に掴んでしまった。自分でも驚いたけれど、まだ頬が赤いままの北斗も目を丸くしてこちらを見ている。

「ど…どうした?」

「えっと…、あのさ、北斗って好きな子とか…いるの?」

「は……?」

「今日コンビニでね、北斗のファンの子達がいたよ。彼女とか好きな子いるのかなって…話してたから。い、いるの?」

ポカンとした顔から、少し悩んだような顔になり、そしてハァ、と溜め息を吐いて北斗がゆっくり腰を下ろす。私はまだ腕を掴んだままだ。

「……いる」

「え!い、いるの!?」

「なまえが聞いてきたんだろう…そんなに驚くことか?」

「そりゃ、驚くよ…。私、北斗のこと結構何でも知ってるつもりだったのに…」

「俺からすれば、なまえは俺のことを何にも分かっていないと思うがな」

「何それ…そんなことないもん。だって小さい頃からずっと一緒にいたじゃん。北斗のクセとか、私しか知らないことだってあるよ…」

「じゃあ、俺が今何を考えているか分かるか?」

真っ直ぐにこちらを向く瞳を、じっと見つめ返す。目を見たからといって相手の心が読めるわけではないけれど、視線を逸らしてはいけないと感じた。

「……勉強時間が、なくなる?」

「それは事実だが、質問の答えとしてはハズレだ」

「…人の匂いを嗅ぐな?」

「まぁ…他のヤツにはやるな。そしてハズレだ」

「わ、わからない……」

「なまえ…?」

喉が焼けるように熱い。水の中にいるように視界が悪い。震える手にポタリと何かが落ちた。いつも北斗は側にいてくれたから、当たり前にこれからも一緒だと思っていた。でもそれが永遠に続くことはないって、心の底では理解していた。知らない女の子たちが北斗を知って、ファンになって好きになって、北斗の未来には沢山の出会いがある。私じゃない誰かが北斗の隣を独占してしまう。今日のコンビニでの出来事が、奥底にしまっていた不安と焦りの蓋を開けてしまったようだ。

「ど、どうした?何で泣いている、とりあえずこれで顔を拭いて…」

「…行っちゃやだ……」

「え?」

「……へへ、何でもない、ごめん。北斗に好きな子がいるって聞いて、ちょっとびっくりしただけ。北斗に彼女ができたら、もう遊んでもらえなくなっちゃうね。私も頑張って彼氏作らないとな〜」

なんちゃって、そう付け足す前に今度は北斗に腕を引かれ、彼の身体に倒れこむように抱き締められた。一瞬見えた北斗の表情は、また眉間に皺を寄せていたけれど、怒っているのとは違う。まるで…

「それは真面目に言ってるのか?だとすれば、やはりなまえは俺のことを何にも分かっていなかったことになるな。こんなに一緒にいるのに、どうしたらお前は気付くんだ…」

「…?どういう、意味…?」

「彼氏を作るなら、俺にしろという意味だ。さすがに分かるだろう?この鈍感娘」

「ど、どんか…。え、彼氏って、北斗、わ、私の事好きなの…?」

「それを聞くか…。まぁ、ここまで言わないとなまえには伝わらないか。俺が好きなのはなまえだ、ずっと昔から変わらない。こんなに尽くしているのに何故気が付かないのかと悩んだ時期もあったな。もしかして俺の気持ちに応えられないから気付かないふりをしているのだろうか…とも考えた。だがお前にそんな器用なことが出来る訳もない。鈍感で単純で面倒くさがりだからな、気付いて貰いたいと思うのがそもそも間違っていた」


これは告白なのだとさすがの私も理解出来たが、随分言いたい放題言われている気がする。確かに面倒くさがりで色々迷惑かけてるけど…。困惑する私の表情を見て察したのか、北斗がふっと微笑んだ。たまに見せる、優しい笑顔。アイドルとしてステージで見せる笑顔とは違う、昔から私だけが見れていたこの笑顔。

「だが、そんなところも俺にとっては可愛いと思う要素でしかないがな。だらしないところも引っくるめて、好きだということだ」

「だらしないって…、わ、私だって、北斗なんて口うるさいし、ご飯は薄味好きでおじいちゃんみたいだし、頑固で頭でっかちで、それに、それで…でも……好きだよ…。小さい頃から、ずっと北斗だけ…」

「………………」

「……北斗?」

先程までの優しい笑顔から一転、本日二度目の真っ赤な顔。また掌で隠しているけど、耳まで赤いからバレバレだ。普段から感情を表に表さない北斗が、今日はこんなにもコロコロと表情を変えるものだから驚いた。「顔赤いよ?」と囁くと、観念したのか手を下ろしてそのまま私の頬をそっと包んだ。

「ずっと好きだった子と想いが通じあったんだ、平常心でいられるわけがないだろう。それに、なまえの方こそ首まで茹でタコみたいだぞ」

「だって北斗が、す、好きとか可愛いとか、普段言わないこと言うから…!」

「確かに口にはしなかったが、普段から思ってはいた」

「もう!そ、そういう発言が…」

言葉を遮るように塞がれた唇。温かくて柔らかい。目を閉じる時間すら与えて貰えなかったせいで、視界いっぱいに北斗の顔がはっきりと見えた。蓋が開いて飛び出した不安達は、このキスで全て空に消えていったような気がする。だってほら、さっきまで苦しかった胸の奥底が今はこんなに温かい。

「…テスト勉強と夕飯が終わったら続きをするから、覚悟しておけ」

「へ?続きって…」

「こんなに長く待ったんだ。やっとなまえを俺だけのものに出来たのだから、もう我慢しなくていいだろう?というか、今夜は我慢できる気がしないな」

「今夜!?そ、それって、あの、」

「よし、時間が無くなるからそろそろ勉強するぞ。その前に、最後にもう一回…」

「え、ちょ、んむっ……はぁ…ん、」

「……っ!すまない、やはり夜まで待てない…」

「北斗…、あ、ふぁっ…やん…」


今日は何度彼の初めての表情を見れたのだろう。汗を滲ませながら息を荒くして、好きだと何度も耳元で囁く。北斗の体温がこんなに熱いなんて、肌を重ねるまで知らなかった。やはり私は彼の言う通り、知らないことのほうが多かったのかもしれない。でもそれは彼も同じ。私がどんなにあなたを好きかなんて、ずっと知らなかったでしょう?私のこの体温で、彼も早くそれに気付けばいいのだ。恥ずかしいから、絶対言わないけどね。



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