※翠と幼馴染み/他校


いつからこんなに大人びてしまったのだろう。ついこの前までは、後ろ向きでマイナス思考で面倒くさがり屋で、いつも私が背中を押してあげていたのに。

「来週、見に来て欲しいんだ。流星隊のライブ」

照れ臭そうに頭を掻きながら、目線を合わせないようにして手渡されたチケット。初めて翠から見に来て欲しいと言われた。これまで何度も流星隊のライブに行かせて欲しいとお願いしたのに、「はぁ…?見に来るとか有り得ねぇでしょ…絶対ムリ」と断られ、それでもめげずにお願いしていると終いには「うるせぇ…」と不機嫌になって数時間口をきいてくれなくなるから最近はめっきりお願いしなくなっていたのだけど。思考の止まった私はそのチケットをただ見つめ続けていると、受け取る様子のない私に翠が顔を向ける。

「あのさ……聞いてんの?」

「え、あ、うん。聞いてる…」

「……あんなに見たいって言ってたくせに」

ボソッと呟いたその言葉に、はっとして顔を上げる。伏し目がちで拗ねた顔をした翠が、何故か泣きそうな気がして慌ててチケットを受け取る。

「あ、ありがとう」

「…まぁ、予定空いてたらでいいんだけど」

「来週だよね?えっと、日付は…」

チケットに目をやると、赤と緑が多く使われたカラフルな色合いに、大きな文字で「12月25日」と日付が書いてあった。再度沈黙になった私に、翠はバツの悪そうな顔をしてまた頭を掻いた。

「クリスマスのライブだから、まぁ、その…なまえも色々あるでしょ。…もう予定入ってた?」

「う、ううん!何にも!」

私の力強い回答に翠は一瞬目を丸くして、「ふはっ」と吹き出すように笑った。

「どうせ今年もクリスマスなのに予定ないですよーだ」

「いや、別にそういう意味で笑った訳じゃないし」

「翠のせいで予定入れられないんじゃん!」

「…え、なんで、」

「昨年はゆるキャラのクリスマスイベントに付き合わされて、一昨年は風邪引いた翠の看病して、その前は……忘れたけど、今年もきっと翠のお世話があると思ったの」

「………………」

「こう見えて結構お誘いあるんだからね、君の幼馴染みちゃんは!クラスの皆でやるクリスマスパーティーとか、商店街のイベントのマスコットガールやってくれとか、隣のクラスの前田くんから…ってこれは良いとして。全部翠のために断っ」

「待って最後の何」


話の途中で遮られた言葉は、普段の翠から発せられる声色とは全く違い、驚きに一瞬身震いしてしまった。…怒ってる?

「翠、どうしたの、」

「…前田くんて誰」

「え?あ、隣のクラスの…サッカー部の人なんだけど」

「それで?」

「そ、それでって…?」

「付き合ってるの?そいつと」

「は?そ、そんなわけないじゃん!」

「じゃあ何。前田くんが何なの?」

「え、えっと、前田くんにクリスマスどこか出掛けないかって言われただけ」

「……………」

「断った!断ったよ!」

「告白されたの?」

「違うよ、前に部活で怪我してたの見て絆創膏あげたら、お礼にどこか行かないって言われただけ!」

さすがの私も、クリスマスに誘われるということは自分に好意を持ってくれているというのに気付かないほど鈍くはない。だからこそ丁重にお断りしたのだ。だって私が一緒にいたいのは…

言いかけて口を結んだ。だって翠はアイドルだから。私がこうして翠と一緒にいられるのは、幼馴染みという立場を持っているからなのだから。昔は当たり前のように一緒に過ごしていたのに、高校に入ってからは少しずつ変わっていった。だから本当は待ってた、翠から今年もクリスマス一緒に過ごせるというその言葉を。だけど、今年は二人ではなくて大勢の女の子の中の一人…つまりお客さんとして一緒に過ごすということになってしまった。チケットを受け取る手が遅くなってしまったのは、一瞬だけどそのことが脳内に浮かんだからなのだ。


「翠がアイドルやってるところ見るの、初めてだから楽しみだよ」

「…何で話逸らしてるの」

「だ、だから断ったから!この話はおしまい!クリスマスは流星隊のライブ見に行くよ。翠のファンの女の子のたちと一緒に、翠く〜んって…」

「なまえ」

自分で言ってて悲しくなった。声は明るく出せているはずなのに、目頭が熱い。背の高い翠から見えないように顔を少し下に向けた。翠に名前を呼ばれたけど、それを無視して少し早口に言葉を続ける。

「私に気付いたらさ、えっと、あ、ピースして!ゲームみたいで面白くない?あ、でもさすがに気付かないかな。お客さん沢山来るだろうから私埋もれちゃ…」

「やっぱりだめ」

「へ?ちょっ、翠!?」

少し汗ばんだ手で握っていたチケットは、一瞬にして翠の大きな手に奪い取られていた。


「…そういうつもりで渡したんじゃない」

「そういうつもりって…?」

「お客さんとしてなんて思ってない」

「え……」

「なまえが好き」


翠はいつからこんなにはっきり自分の気持ちを口にするようになったんだろう。いつも小さな声でもごもごしてて、聞こえないよ!って怒ってたのに。思ってることも言えなくて、それじゃ誰にも伝わらないよなんてお説教じみたことも言ったりしてたのに…。これじゃ、まるで立場が逆になってしまったみたいじゃない。

「…今年もなまえと一緒にクリスマスを過ごしたいと思ってた。でも当日は流星隊のライブが入っちゃって…守沢先輩に休みたいって言ったけどダメって言われたし……。それにもしかしたら、なまえは俺と過ごすつもりなんて無くて、もう予定入れてるんじゃないかって本当はすげー不安だった。だからさっき、なまえが俺のために予定空けてたって言ってくれて、嬉しかった……」

翠の頬がほんのりと赤くなっているのを私はただ見つめることしか出来なくて、言葉の続きを待った。

「……いつもなまえに背中を押してもらってばっかりだから、俺が少しでも成長したっていうとこを見せたくて、このライブをなまえへのクリスマスプレゼントにしようと思ったわけ…」

「翠……わたし、」

「俺にとっては、ファンの皆へじゃなくて…、なまえのためにやるって思ってて…だから……、てゆーか、あー…もう、すっげー恥ずかしい…何なのもう、死にたい……」

「あ、いつもの翠だ…」

真っ直ぐに私を捕らえていた目線は次第に左右へ揺れ動き、声のトーンが下がっていったかと思うと、みるみると顔を真っ赤にさせた翠がへにゃりと座り込んだ。

「……こんな風に言うつもりじゃなかったのに…死のう……」

「こ、こらこら!死ぬな!」

「…ライブで格好いいとこ見せて、夜にクリスマスツリー見ながら言おうと思ってたんだ…好きって……」

「……翠!!」

勢いよく呼んだ名前に、反射的に顔を上げた彼の唇に自分のそれを重ねた。ちゅっ、なんて可愛らしい音は出せなくて、代わりに「んっ」と喉の奥から曇った音が発せられた。でもこれが私の精一杯の翠への気持ち。唇を離してそっと目を開けると、先程よりもさらに顔を真っ赤にした翠が目を見開いて呆然としている。

「……翠、サンタクロースみたい」

「………は?」

「白いマフラーに真っ赤な顔で、サンタの帽子とヒゲみたいだね」

「……なまえだって、赤い鼻に茶色のマフラーでトナカイみたい…。こういうゆるキャラいそう…」

翠はへにゃっと笑って立ち上がり、赤い顔のままそっと私を抱き締めた。翠の広い胸に身体を預けぎゅっと抱き締め返すと、私を抱く翠の腕にまた力が入った。

「……一足早くもらっちゃったな」

「え?」

「クリスマスプレゼント。…俺にくれるんでしょ?」

もう俺のものなんでしょ、なまえは。そう言って今度は翠から、ちゅっと可愛い音がするクリスマスプレゼントをくれた。今年のクリスマスは今までと違う、新しい二人の素敵な夜になりそうだ。






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