「千秋ー!朝ご飯出来たよ、早く起きて!遅刻するよ!」

返事も聞かないままドアを開くと、よだれを垂らした千秋がバンザイをしてベッドから足をはみ出しながら気持ちよさそうに眠っている。はぁ…と一つ溜め息を吐いてから、寝相の悪い千秋に絡まった布団を剥ぎ取った。

「ん……、ん?うぉっ!?」

「お・き・ろ!!」

布団と一緒に床に転げ落ちた千秋は、目をぱちくりさせて腰をさする。どうやら落ちたときに腰を打ったらしい。そんなことはお構いなしに、千秋の腕をふんっ、と力を入れて引っ張りあげる。

「ほら、もう7時過ぎたから早く朝ご飯食べちゃってよ。おじさんとおばさん、もう仕事出かけちゃったよ」

「う〜ん………おはよう、なまえ。いつも起こしてくれてありがとうな…なまえのおかげで毎朝………ぐぅ」

「だから寝るなー!!」

隣りの家に住む幼なじみ。千秋の両親は幼い頃から共働きで、一人で留守番をさせるのを心配した私の母が、仕事が終わるまでよく我が家で千秋を預かっていた。まるで兄妹のように育った私達も、今では高校生。留守番なんて当たり前のように一人で出来る。それにアイドル活動や部活に勤しむ千秋は、何だか昔よりも遠くなってしまった気がする。寝坊助の千秋のために仕方なく…なんてただの言い訳だ。彼の近くにいたいが為に、毎朝こうして起こしに来ているわけだ。

「ほら、ワイシャツとズボン。着替えたらすぐリビングに降りてきてね」

「……なまえ、すまないが脱がせてくれ…」

「…は?」

「昨日、子供たちの前で流星隊の戦隊ヒーローショーをやったんだが、どうやらその時に腕を痛めてしまったようなんだ…ほら、いてててて!」

「ボランティアで怪我してどうすんのよ!もうすぐ流星隊だけのイベントもあるんでしょ?あんまり無茶ばっかりしないでよね…」

呆れるのと同時に、はっと息を飲んだ。さっき千秋は何て言った?脱がせてくれ…?脱が…脱…ぬ…Nugase…?

「い、いやぁぁぁぁぁ!!」

「ど、どうしたなまえ!?まさか変質者にでもあったのか!?」

「お前だボケェ!!!!」

*****

左頬をほんのりと赤くした千秋は、きちんと制服を着てリビングの席に着いた。ホカホカの朝ご飯を前に、ぐぅっと彼のお腹の音が鳴る。パンッと元気に手を合わせ、「いただきます!」と笑顔で白米を頬張った。

「はい、これお味噌汁ね」

「おぉ、ありがとう!やっぱり味噌汁が無いと一日が始まらないな!」

「あはは、昔からよく『朝ご飯食べなくても味噌汁だけでも飲みなさい!』てお母さんに言われるくらいだもんね。味噌汁って何だかエネルギーつく感じするよね」

言いながら自分のお椀に味噌汁を入れ、千秋の向かいに座り「いただきます」をする。先に食べ始めている千秋に続き、ほかほかの白米を頬張った。

「確かに味噌汁はエネルギーを貰えるが、なまえの味噌汁は特別だな。母親が作るものや学食の味噌汁とは何かが違う気がするぞ」

「え、そうかな?特に変わったものとか入れてないんだけどねぇ」

味噌に加えて少しの昆布だしを加えているだけの高校生が作った味噌汁を、そんなまじまじと見つめられると気恥ずかしくなってくる。千秋は「うーん…何が違うんだ」と首を傾げながらまた一口汁を飲んだ。

「ねぇ…そんな大した味噌汁じゃないんだから、さっさと飲んじゃってよ。そんなに考え込まれると、何か恥ずかしい…」

「む、そうか?気にさせてすまないな、だがなまえの味噌汁は本当に美味いぞ!俺の中では一番だ!」

「ふふ、ありがとね。そんな事言ってくれるの千秋だけだよ〜」

「嘘じゃないぞ、本当に美味い!そうだなまえ、俺のためにこれから先も一生味噌汁を作ってくれ!」

「………は?」

「この命燃え尽きるまで、俺のために味噌汁を作り続けてくれないか!?」

「え、はっ、ちょ、ちょっと待ってそれって…」

「この味噌汁の美味さを全世界に広めたいくらいだが、他の誰かになまえの味噌汁を取られてしまうのもこれまた寂しいものがあるしな…」

「ちょ、ちょっと、あんまり思わせぶりなこと言わないでよ!」

「?何だ?思わせぶりとは?」

「はぁ……やっぱり分かってないし。これだから天然熱血バカ男は…」

「いや、これはバカになってしまう程に美味いぞ!なまえは良いお嫁さんになるな!」

「ま、またそういう事を!」

「なまえに子供が産まれたら、この味噌汁の味を受け継いでいくことになるんだな。ずずっ…うん、美味い!」

「げほっ!!こ、子供って…」

「なまえ、味噌汁のおかわりをくれ!」

「はいはい…動揺した私がバカでしたよ…」

「あ、出来れば豆腐を多めに入れてくれ!」

「も〜分かったよ。はい、どうぞ」

「ありがとう!ずずっ…あ〜この味、ほんとに美味いな!」

「食べるのはいいんだけど、急がないと遅刻するよ!もうこんな時間!」

「む、いかん!だがこの味噌汁だけは残すわけには!」

「ちょ、ちょっと、そんなにかき込むと喉に詰まるでしょ!」

「うげほっ!!がはっ、ごほごほっ!!た、タオルを…」

「もー、ほんっと極端なんだから!ほらタオル」

「げほっ…ありがとう!ちゃんと最後の一滴までいただくからな!」

「はいはい、お粗末さま…」

「うん、美味い!結婚してくれ!!」

「ぎゃああああああ!!!」

「おかわり!!」

「だから遅刻すんだろぉぉぉ!!」

慌てて食器を流し台に置き、鞄を持って二人で玄関を出る。足の速い千秋に必死で追いつき、駅に着くと汗だくになってしまった。千秋とは反対のホームになるため、階段で左右に別れることになる。千秋の乗るホームに間もなく電車が到着するアナウンスが流れ、じゃあねと手を振ると「なまえ!」と叫んだ彼は両手を大きく振り返した。

「返事は夜でいいからな!!」

「は……?」

階段を駆け上がる彼は無事に電車に乗れたようだ。私はというと、自分のホームに電車が来ていることにも気付かずに、行き交う人の波にぶつかられながらただただ立ち尽くすのであった。この顔が赤く熱いのは、走ったせい。きっとそう。

 
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ハロウィンイベントの甘い台詞、千秋の味噌汁ネタが書きたかっただけでした。

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