「なまえ!!彼氏が出来たというのは本当か!?」

「ぎゃーーー!!勝手に入ってくるなこの変態がー!!」

制服のスカートを膝まで下ろした所で勢いよく開けられたドアの先には、幼い頃から隣に住んでいる熱血ヒーローバカ、その名も守沢千秋。あまりに急な出来事で彼の言葉を聞き取るよりも先に、ベッドに置いていた星形のクッションを顔面に向かって投げつけた。「ふごっ!」と潰れた声がクッションから漏れる。その隙に脱ぎかけのスカートを急いで腰まで戻しファスナーを上げた。

「あのねぇ!いくら昔から部屋を行き来してるとはいえ、無断で部屋を開けるのいい加減やめてよね!き、き、着替えとかっ、してることもあるんだから…もう高校生なんだしそれくらい考えなさいよ!」

「す、すまん…。だが前は着替えも就寝も一緒にしていたじゃないか?そうだ、あと風呂も!」

「いつの話してんのよ!あの頃と今を一緒にしないで!恥を知りなさい恥を!はぁ、ほんっとにもー…」

「む、そ、そうか。それは悪かった」

千秋は少し考えたように俯くと、下に落ちたクッションを拾い上げてそれをじっと見つめた。私のほうは、まだ治まらない心臓のドキドキを落ち着かせるように小さく深呼吸をすると、制服のままベットに腰をかける。立ち尽くしたままの千秋を一睨みし、「座れば」と投げやりな言葉をかけると彼は「うむ」と答えて隣に腰を下ろした。抱えたままの星形のクッションがよく似合う。

「…千秋がこんな時間に学校から帰ってくるなんて珍しいじゃん。お母さんから聞いてるけど、毎日アイドルの特訓?やら部活やらで帰り遅いんでしょ」

「ん?あぁ、そうだな。実は俺のユニットに一年生が三人も入ってな、まだまだチームワークが足りていないものだからなるべく毎日練習するようにしているんだ。一人、あまりにもやる気がない者がいてな…才能はあるのに勿体ないヤツなんだ」

「ふーん、千秋も悩んだりするんだね。元気だけが取り柄なのに」

「はっはっは!なまえは瀬名みたいだな、その冷めた目もそっくりだ…☆」

「瀬名って誰よ……てゆーか、忘れてたけど何か用事があって来たんじゃないの?どうしたの?」

その言葉に千秋はハッと目を見開き、抱えていたクッションを放り投げた。空いた手で私の両肩を掴むと、「そうだった!」と距離を詰め寄ってきた。思わず身を引くと、まるで逃がすまいと言うかのように千秋の手に力が加わる。

「そう、そうだぞ!なまえ、彼氏が出来たというのは本当なのか!?」

「はぁ!?か、彼氏?」

「俺の母親が、買い物帰りに見たと言うんだ!なまえが男と学校から帰ってきているのを…。二人の様子から、恋人にしか見えなかったと言っていたんだ…」

「え?学校帰り…?」

何だそれは。“彼氏”という全く心当たりのない単語に、頭に沢山の疑問符が浮かぶ。学校帰り……、記憶を呼び戻すこと数十秒。一つだけ思い当たる事があった。先日、来月行われる文化祭の準備で、同じ係のクラスメイトである男子と学校帰りに買い出しに行ったのだった。放課後に男子と一緒にいたといえば、それしか思い当たらない。近所のおばさんからしたら、高校生の男女が並んで歩いていればそれだけで恋人として見えてしまうのだろう。

「あ、あぁ……あれね、」

「や、やはりそうだったのか…なまえに彼氏が…」

「え?や、あれはさ、」

「そうか……そうだよな、なまえの言う通り、俺たちはもう高校生だし恋人くらいいてもおかしくないな…」

「ちょ、千秋?」

「なまえは、そいつのどこが好きなんだ?いつから好きだったんだ?なまえから付き合いたいと言ったのか?」

珍しい。少し焦ったように問いかけてくる千秋がなんだか面白おかしくなって、悪戯心に火が付いた。幼い頃は私よりも泣き虫だった千秋を、よくからかって遊んでいたものだ。久しぶりに会えた嬉しさもあり、ちょっと悪戯してみようかなんて心の悪魔が囁く。

「うーん……そうだなぁ。好きなところは、どんな事にも一生懸命なところかな。本当に小さな事も全力で頑張ってるの。その姿がキラキラしてて、格好いいなって。いつから好きっていうのは、よく分かんないな…気付いたら好きだったから。付き合いたいとは、えーと、実はまだ言えてない…」

嘘ではない、私の千秋への想い。さすがに本人の名前は出せないけど、なかなか良い回答が出来たと満足して千秋を見ると、その表情に体が一瞬固まった。千秋が今にも泣き出すんじゃないかと思ったから。幼い頃によく泣いていたあの表情とは何だか違う。驚きで声が出ない。だって、傷付いたような、まるでそんな顔をするものだから。喉の奥から、必死で声を絞り出す。

「……ち、千秋、どうし…」

「好きだ」

「………へ?」

「好きだ、なまえ」

「ち、ちあっ……、え、あの、えっ…」

カァっと顔に熱が集まる。まさか、千秋が?私を好き?驚きと嬉しさと困惑で、上手く言葉が出てこない。本当に、嬉しい、私もだよ、色んな言葉が浮かんではどれを出せば良いか分からずに引っ込んでしまう。

「えと、あ、あの……あたし、」

「……て言ったら、困るよな」

「え?なに、聞こえな…」

「はっはっは!すまない、ちょっと冗談を言ってみただけだ、忘れてくれ。どんな人か知らないが、なまえが好きになる男ならきっと良い人なんだろう!…うまくいくと良いな」

先程の表情からガラリと変わって笑顔になる。…冗談?いや、千秋はこんなことを冗談で言う人ではない。それは私が一番良く分かっている。いつだって正直で嘘を嫌う彼が、こんな冗談を言うはずがないのだ。…だけどそれは昔の話だ、高校に入ってからすっかり男らしくなった千秋のことは、正直よく分からない。千秋は視線を逸らすと落としたクッションを再度拾い上げ、私達の間に、まるで仕切りをするかのようにそっと置いた。数十センチの距離が、ひどく遠く感じる。

「…さて、俺はそろそろ帰るとするか!急に来てしまってすまなかったな。今度用があるときは携帯に連絡するようにしよう」

「べ、別に携帯じゃなくて、部屋に来てくれて良いんだよ?」

「…いや、止めておこう。今日みたいに急に上がり込んで、もし恋人が部屋にいたら申し訳ないからな。なまえの言うとおり、高校生にもなって俺は考えが足りていなかったようだ」

「ちょっと待って、千秋、さっきの話だけど実は…!」

「じゃあ、またな」

話を遮るようにして立ち上がりドアノブに手を掛ける千秋に対して、胸の奥がムカムカとしてきた。去ろうとするその背中に、星形クッションを思いっきり投げつけてやった。「うぉっ!?」という叫び声の後、驚いたようにこちらを振り返る。

「…バカ!バカバカ千秋!!アホ!チビ!くそガキー!!」

「なっ…、ど、どうした!?俺は確かに背は高い方ではないが、なまえと同い年だからガキではないぞ!」

「んなこた聞いてねぇよ!何よ、何なのよ!好きって言ったと思ったら冗談とか、相手と上手くいくと良いなとか、そんなこと言いに来たわけ!?」

「ち、違う!そんなつもりでは……俺はただ、」

「私の気持ちも知らないで、無神経なこと言わないで!帰って!もう千秋なんか好きじゃない!!」

目に溜まった涙が零れ落ちた瞬間、大きな腕が身体を包み込んだ。昔からよく知っているこの匂い。でも、こんなに大きく逞しくなっていたなんて知らなかった。

「…もう好きじゃないとは、どういう意味だ?それは、さっきまで好きだったということなのか?」

「な、なによ…いつも鈍感なくせに、何でそういう所だけ突っ込んでくるわけ…」

「どうなんだ?」

千秋から距離を取ろうと胸を押し返すが、びくともしない。これがあの病弱な千秋だったなんて、微塵も感じさせないくらいだ。私の知らない千秋が、いつの間にかどんどん増えている気がする。

「…好き、好きだよ。千秋のこと、ずっと前から。でも高校入ってからなかなか会えなくなったし、アイドルとして人気もあるって聞いたから、今更好きなんて言えないでしょ。迷惑になると思ったから、このまま言わないつもりだったのに…。なのに冗談で好きとか言ってくるし、もう千秋なんて、」

「冗談なんかじゃないぞ!…あぁ、そうか、俺がつい冗談だと言ってしまったんだよな。なまえの困った表情を見て、好きだと伝えるべきではなかったと思ってしまったんだ。だから咄嗟に…すまん」

「え…、それじゃあ…」

「好きだ、なまえ。昔からお前を守るヒーローになるのが俺の夢だった。ここ最近、やっと胸を張って自分はアイドルだと言えるようにもなってきたからな、そろそろ気持ちを伝えようとは思っていたのだが…」

抱きしめていた腕が緩み、千秋の顔は燃えるように真っ赤になっていて、「その矢先に男の目撃情報があったから焦ってしまった…」と、片方の掌で恥ずかしそうに顔を覆ってしまった。

「その、例の男というのは…」

「おばさんが見たのは、文化祭の買い出し係が一緒だったクラスメイトだよ」

「そ、そうか!じゃあ、さっき話してた好きな人というのは…」

「“一生懸命で頑張り屋”、千秋のことに決まってるでしょ。てゆーか、そこ気付かないとか…鈍いんだか鋭いんだか…」

ため息交じりに再度千秋を見ると、太陽のような眩しい笑顔で私を見つめている。その真っ直ぐな瞳が綺麗で見つめ返すと、唇に暖かいものが触れた。千秋の顔が少し離れると、ニカッと歯を見せて悪戯に笑う。自分の顔にみるみると熱が上がってくるのを感じ、顔をそっぽに向けてしまった。

「これでやっと、なまえは俺だけのヒロインになったんだな!この守沢千秋、たとえこの身が滅びようともなまえを守り抜くと誓おう!」

「いやいや、滅んだら困るから…」

いつもの調子に、恥ずかしながらもつい笑ってしまった。向かいで千秋も嬉しそうに笑う。千秋の手をそっと握ると、彼も優しく握り返してくれた。

「これからは、恋人として宜しくね。アイドル活動も応援してるけど、ファンとか沢山いるんだろうから浮気とかしたらやだよ?」

「するもんか、俺は昔も今もなまえだけだ!」

「ほんとかなー?どーせ千秋のことだから、可愛い子にフラ〜っと行っちゃうんじゃない?」

「む、信用してないな?どれだけ俺がなまえのことを好きで大切にしてたと思ってるんだ」

「そんなの分かんないもん。大切だっていう証拠とでもあるの?」

「証拠はないが、証明ならできるぞ」

「へ?」

ベッドの上、頭にはクッション、視界には彼と天井。握られた両手は顔の横。そして私の上に覆い被さり男の眼をしているこの人は本当にヒーロー?

「俺の想いを証明するとなると、一晩では足りないかもな。つまりは、そのくらい強い想いだということだ」

「ちょ、ちょっと待って千秋!ごめん、じょ、冗談だから…」

「さっき来たとき玄関でなまえのおばさんと入れ違いになってな、今日は俺の母親と温泉旅行で帰らないそうだ」

「はっ!そ、そういえば今朝そんなこと言ってたような…」

「これでたっぷり証明できるな!よし行くぞ!なまえ、好きだ!!」

「きゃーっ!ち、千秋、あっ…!」

彼の言うとおりその“証明”は一晩中続き、耳元で何度も囁かれる愛の言葉と溶けるほどの熱さは、確かに私の心を溢れるほど満たしてくれた。「もう充分だよ」というその言葉に彼が「まだまだ」と言って見せたその笑顔は、ヒーローとは程遠いものであった。

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