※『優しい彼氏の作り方』その後



彼女が出来た。クラスメイトの、みょうじなまえという女の子だ。話の成り行きで彼女になってほしいとお願いしたら、意外とあっさりオーケーをもらった。以前から話の合う良い子だと思っていたが、『彼女』という肩書きは何とも不思議なものだ。この子は俺が大事にしてあげなければ、守ってあげなければという強い気持ちが湧いてくる。これが人を愛するという気持ちなのだな…☆そしてついに、「可愛い彼女にお弁当を作ってもらう」という長年の夢を実現することが出来た。週に1度で良いからと伝えたものの、有り難いことになまえは月水金の週3日もお弁当を作ってきてくれている。彼女からの手作り弁当とはこんなにも心暖まるものなのだな…☆


「で、その顔なぁに?」

「おぉ、瀬名おはよう!はっはっは、開口一番に顔のことを言われて驚いたぞ?今朝もしっかり冷水で顔を洗ったから汚れてはいないはずだが…」

「はぁ?バカなの?そうじゃなくて、顔色悪すぎって言ってんの。仮にもアイドルなんだから、自分の体調管理くらいしっかりしたらぁ?」

「…む、そ、そうか?自分では顔色など全く気付かなかったのだが…」

いつもと体調変わらないわけ?と冷めた口調ながらも、心配の言葉を投げ掛けてくれる瀬名を見つめながら考える。いつもと違うことといえば…

「そういえばここ最近、腹の調子が良くないんだ」

「ふぅん。ちあくんて賞味期限とか気にしなそうだもんねぇ。俺は絶対ムリだけど」

「いや、そんな古いもの食べてないぞ!自分でも腹痛が気になってはいたのだが、心当たりが全くなくてだな…」

そう、体の不調はうっすら感じていたが、誰しもよくある腹痛というやつだろうと、さほど気にはしていなかった。自分も当初は瀬名の言う通り、何かおかしな物でも口にしてしまったのではと考えてみたが、全く思い当たらなかった。過去に腹痛を起こしたことといえば、流星隊の皆で中華料理を食べに行った際、頼んだ料理に細かく刻んだ茄子が入っていた時くらいではないだろうか。


「うーむ……やはり心当たりがない。あの後に茄子を食べた覚えもない」

「はぁ、茄子?よく分かんないけど、薬くらい飲んどきなよ」

「千秋、泉、おっはよー!」

ポンっと叩かれた肩に目をやると、冒頭に話した彼女であるなまえが笑顔で登校してきたところだった。外の寒さのせいか、鼻がほんのりと赤くなっている。手袋をしていない手が冷たそうで、なまえの両手を強く握る。

「おはよう、なまえ!今朝も寒いな。手がこんなに冷たいぞ、俺の燃える体温で暖めてやろう…☆」

「あはは、ありがとう千秋!昨日手袋を片方落としちゃったみたいで、今日着けてこれなかったんだよね」

「む、そうだったのか……それでは俺の手袋をやろう!今日着けて帰るといい。俺は寒さには強いから大丈夫だ」

「え、いいの?ありがとう千秋、大好き!」

「うわぁ……ちょ〜うざい、朝から迷惑この上ないんだけど。暑苦しくてうっとおしいから、イチャつきたいなら外行ってくれる?」

「も〜泉ったら、ゆうくんに相手にされないからってヤキモチ妬かないの」

「はぁ!?あんた馴れ馴れしくゆうくんとか呼ばないでくれる!?それにゆうくんは俺のこと超愛してるから!愛しすぎて恥ずかしくて逃げちゃうだけだから!それがゆうくんの愛情表現だから!!」

「泉のほうが朝から暑苦しいよ〜…。あ、千秋、はいこれお弁当♪」

喚く瀬名に背を向け、赤色の布に包まれたお弁当箱を笑顔で渡してくれた。嬉しさに頬が緩む。


「おぉ、いつもありがとう!なまえのお弁当は毎回食べるのが楽しみでな、昼休みが待ち遠しいぞ!」

「手作り弁当とか、毎回よくやるよね〜。俺は栄養偏った弁当とかちょ〜無理」

「ちょっと、私のお弁当が偏ってるって勝手に決めつけないでよね?これでも千秋のこと考えて作ってるんだから!」

くるっと瀬名に向き直り、腰に手を当てて少し怒り口調になったなまえ。顔は見えないが、頬をぷくっと膨らましているのが目に浮かぶ。俺の為に作ってくれたお弁当を机上に置き、肩にかけたままだった鞄を机の横に掛ける。

「千秋の好きなもの沢山詰めてるんだから。ハンバーグでしょ、エビフライにグラタンにナポリタンも添えて、フライドポテトは絶対に欠かさないんだから!」

「うわ、何なのそれ超高カロリー…。アメリカの肥満児童の食事メニューじゃん。ちあくん、明日から毎日学食にしなぁ」

「もう、泉ってほんと失礼!中身を見てから言いなさいよね〜」

瀬名の言葉に我慢ならなくなったのか、なまえは先程手渡してくれた弁当箱を俺の机上から取り上げ、瀬名の目の前で包みを広げた。む、俺のお弁当は今ここで開放されるのか!?朝から!?「ちょ、なまえ…」と制止の言葉も虚しく、頭に血が昇っているなまえはもう止められなかった。

「見よ!私の愛のお弁当を!」

パカッと開けた二段のお弁当箱の中身は、いつも通り俺の好きなものを沢山詰めてくれていた。ふと瀬名に目をやると、彼の表情は「顔色が悪い」、まさにその言葉がぴったりだった。自分が今朝、瀬名に顔色のことを言われたのを思い出す。

「何これ……何なのこれ………。ていうか、まずこれは食べ物なわけ?理解不能…頭が追い付かないんだけど………」

「ちょっとそれどういう意味よ」

「まず色合いが最悪……、なんで弁当の中身が黒と茶色しかないの?ナポリタンとか入ってるんでしょ?さっき言ってたおかずが全く見当たらない……。ていうかこの黒い物体たちは何なの?」

「?何言ってるの?ナポリタンならここに入ってるじゃない」

「はぁ?どれ?」

「だからこれ!で、隣のこれがハンバーグで、こっちは卵焼き。で、これが……」

「待って、ちょっと待って。ナポリタンて赤でしょ?これどう見てもどす黒色だけど?」

「ちょっと焦げちゃったんだよねぇ、へへっ」

「ちょっと?これで?」

「今日のハンバーグは上手く出来たの!見て、千秋」

「む?本当だな!今日のは前回より形が残っているな!」

「待って待って待って。ハンバーグ?どれが?石炭の間違いでしょ?触ったらボロボロに崩れそうなんだけど……。ていうか前回はもっと酷かったってこと?あと卵焼きって言ってたやつ、冗談でしょ?消ゴムのカスを集めてくっつけたようにしか見えないんだけど……」

「千秋、せっかくだから、一つだけあ〜ん♪」

「いいのか?朝から昼飯を食べるのも何だが……せっかくなのでいただこう!」

なまえが箸で摘まんで口に運んでくれたのは、先程彼女がハンバーグだと告げた黒い塊だった。あーんと口を開けてそれを咀嚼する。うむ、いつもの味だ!いつもの!

「うわぁ……食べた…、それ食べたのちあくん……」

「あぁ、いつも通りのハンバーグだったぞ。…げぇほっ!」

「あ、千秋、大丈夫!?朝からハンバーグ食べてむせちゃったかな?はいこれお水ね」

「酷い……くまくんのお菓子の何百倍も酷い……」

口の中で爆発したハンバーグに喉をやられ咳き込んでしまった。いや、個性的なハンバーグだったので自分の喉が少し驚いてしまったのだろう。そうだ、なまえの言う通り朝からハンバーグを口に入れてむせてしまっただけなのだ。

「千秋、エビフライもあるよ」

「エビフライ…!?そのグロテスクな昆虫みたいなやつがエビフライ……!?」

「泉の言うことなんか気にしないで、はい、あーんっ」

先程のハンバーグ(?)がまだ喉に張り付いていたが、なまえに「あーん」とされたら食べない訳にはいかない。軽く咳き込みながらも差し出されたエビフライ(?)を口に入れる。

「…うむ、……うん……がはっ!ぐっ、げほっ……、うん、うん、…美味い……げぇっほ!!」

「ストップ、ストップ!!ちあくん、保健室!」

「え?千秋、今日具合悪かったの?」

「あんたバカなの…本物のバカなの……?ここまでだと恐怖すら感じる…」

「…ごほっ、なまえ気にするな!ここ最近レッスンや部活で疲れていてな、ちょっと体調を崩しているだけだ…☆」

「ちあくん……、庇いたくなる気持ちは分からなくもないけど、もうその弁当?みたいなやつ食べるのやめなよ。自己管理出来ないアイドルは今後生き残れないよ。とりあえず弁当は棄てて保健室で正露丸もらってきなぁ」

「……え、千秋もしかして…………」

瀬名がなまえから弁当箱を取り上げ、保健室へ行くよう自分の背中を教室のドアへ向かって軽く押した。少しよろけた自分を心配そうになまえが見つめている。自分の体調不良のせいで彼女に心配をかけてしまうなんて……ヒーローの風上にも置けない。ましてや頑張って作ってくれている弁当が原因だったなんて、なまえは相当傷付いていることだろう。

「なまえ、大丈夫だ!瀬名の言う通り、体調が悪かったのは事実だが…何も問題はないぞ!」

「……本当に?」

「あぁ、だから体調が良くなったらまた弁当を作ってくれ」

「千秋……、うんっ!」

目尻に涙を浮かべながら笑顔で返事をくれたことに安堵した。先程から悲鳴をあげている腹がそろそろ限界に達してきたため、保健室へと足を進めたとき、くいっとブレザーの裾が引っ張られた。

「……はやく、良くなってね」

「あぁ、正義のヒーローに休みはないからな。すぐに完治して戻ってくるぞ!」

「ふふっ、そうだね。…じゃあ、早く元気になるように明日から毎日お弁当作ってくるね!」

「……………ん?」

なまえの言葉に違和感を感じて思わず聞き返す。席に戻ろうとしていた瀬名がピタッと足を止め、自分と同じように違和感を感じたのであろう表情をしてこちらを振り返った。

「…む、えーとだな、なまえ、」

「そうだよね、千秋は流星隊のリーダーである上にバスケ部の部長までやっているんだもん。レッスンに企画に後輩指導、部活ではハードな練習もあって毎日疲れてるよね。私、週3日しかお弁当作ってあげれてなかったけど……これからは毎日お弁当作ってあげるね!千秋の大好物、沢山詰めるから!そしたら栄養も取れるし元気も出るでしょ?ね、千秋が頑張ってるんだから私も頑張る!」

「はぁぁぁ…?あんた、今まで何聞いてたの!?ちょ〜意味わかんないんだけど…」

「う、うむ、だがな、しばらくは腹を休ませたいからあまり食べないようにしたいんだ。なまえの気持ちはとても有り難いのだが……っ、」

再度遠慮の言葉を口にしようとしたとき、なまえのキラキラと輝く瞳と目が合った。「千秋、早く良くなってね」「千秋に元気をあげたいの」「千秋のためにしてあげたいの」そんな気持ちを訴えるかのように強い眼差しで彼女に見つめられたら俺は………俺は……!


「……あ、ありがとう、なまえ。明日からも、よ、よろしく…頼む……!」

「うん、まっかせて!とびっきり栄養のあるお弁当作ってくるから!」

「……はぁ、俺もう知らないからねぇ」

「千秋くん、泉くん、なまえちゃん、おっはー!朝から他校の女の子達に捕まっちゃってさぁ……あれ、千秋くん顔色悪くない?汗すごいけど大丈夫?」

「あぁ、おはよう羽風、だいじょうぶ…だ……」

「え、千秋!?」

「ちょっとぉ、だから保健室行けって言ったのにも〜〜!ほら、肩掴まって!」

「えぇぇ、朝から何があったの!?うわ、俺の机の上に虫みたいなもの入った箱があるんだけど何これ!?」

「ちょっと、羽風!それどう見てもお弁当でしょ!」

「え、お弁当?何の?カブトムシのエサとか?」

「もーーー!ほんっと失礼なんだから!これがナポリタンでこっちが卵焼きでこれが…」

「かおくん、ちあくんが気絶したから1限休むって先生に言っといて」

「えぇ、朝から一体何なの〜?うわ、これ幼虫?ゲロゲロ〜」

「それはエビフライ!!」


薄れ行く意識の中、瀬名のため息と、羽風のゲロゲロと、愛しいなまえの怒声が聞こえた気がした。明日はどんな愛情弁当がやって来るのか、期待に少しの恐怖が混じっているのは気付かないふりをしておこう。




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