*『愛しい彼女の作り方』と同設定



ここ最近、彼女の様子がおかしい。何だかいつもと様子が違うのだ。いや、おかしいのはそう思ってしまう俺の方なのだろうか。この違和感は自分の単なる勘違いなのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。その証拠に、授業中に彼女を見つめると、視線に気付いて微笑んでくれるじゃないか。それに、今日はユニットの練習が休みだから久しぶりになまえと帰れる。終了のチャイムと同時にすぐなまえの元へ走ろう!


「え、今日ユニット練習休みだったの?…あの、ごめん、約束があって…。今日は一緒に帰れないんだ」

「そ、そうか…」

ユニット練習が休みになる日は、事前に欠かさず彼女に伝えているのだが。どうやら忘れてしまっていたらしい。滅多に無い休みだ、久しぶりに放課後一緒にいる時間が出来る日なのに、何故忘れてしまったんだ?自分らしくない、そんな言葉が喉に引っ掛かってすぐに呑み込んだ。申し訳なさそうに眉を下げるなまえを責めることは、俺には出来ない。

「なら、仕方ないな!俺は体育館でバスケの自主練でもしてから帰ることにしよう。また夜にでも連絡するからな!」

「うん、ごめんね千秋…。次の休みは一緒に帰ろうね!」

「あぁ。それじゃあ、また明日な!」

彼女の頭にぽんと手を置いて、別れの挨拶をする。また明日ね、と笑顔を返してくれたことに喜びを感じながら、鞄を持って体育館裏の部室へ向かう。だが一緒に帰ることを楽しみにしていた分、なまえに背を向けた途端に心がずんと重くなった。

彼女は最近、放課後になると「千秋、また明日ね!練習頑張って!」と一言告げると、足早に教室を出ていってしまう。初めの頃は、何か用事でもあるのだろうとさほど気にはしていなかったのだが、それが続いてもう一ヶ月近くになる。一度なまえに、急いで帰る理由を尋ねてみたことがある。すると彼女は、鈍感な俺でも気付くくらい動揺した。

「えっと…、えーとね…。家の手伝いとか、してるの。あとは友達と遊んだりとか…そんなもんだよ?」

「そうなのか…。いや、最近なかなか放課後に話せないなと思ってな」

「うん…でも、千秋もレッスンとかで忙しいでしょ?流星隊も近いうちライブがあるんだし、集中して頑張ってね!」

そうして足早に去っていく彼女の後ろ姿に、何か焦りのような物を感じた。そして今日は、ユニット練習を忘れられる始末だ。一体どうしたと言うのだろう。…避けられている?浮かんだ予感を打ち消すように首をブンブンと振ると、「うわっ!」という声と同時に誰かにぶつかった。

「ぬぉっ!?す、すみませ……って、高峯じゃないか!」

「げぇ…守沢先輩…!?何でここに…最悪なんだけど…。てゆーか、今日ってバスケ部休みですよね?なのに部室前で会っちゃうなんて…鬱だ…」

「どうしたどうした!?まさか高峯も自主練に来たのか?俺は嬉しいぞ…☆一緒に着替えて今から1on1でもしようじゃないか!」

「嫌っス。てゆーか俺、部室にゆるキャラマスコット落としちゃったの取りに来ただけなんで、すぐ帰ります。今日なら誰もいないと思って来たのに、よりによって守沢先輩と会うなんて…はぁ…何か死にたくなってきた…」

「なんだ、帰ってしまうのか。ユニット練習も部活も休みだと、俺はやることが無くてだな。自主練も二人ならやり甲斐があるのだが…」

「やること無いって、俺からしたら最高な日ですけどね。それに、あんたいつも練習ない日はみょうじ先輩と一緒に帰ってるじゃないですか」

「あ、あぁ…そうなんだが……」

言葉の続きが出てこずに口ごもってしまう俺に、高峯は少し不思議そうな顔をしたが、そのまま部室のドアを開けて中に入ってしまった。はっとして、俺も続けて中へ入る。高峯はゆるキャラマスコットを手にすると頬を緩め、先程よりは幾分かご機嫌になったようだ。

「じゃあ、俺は帰りますね。あと、明日の朝練は休むんで。さよなら〜」

「何言ってるんだ、ちゃんと起きるように家まで迎えにいくからな!…あ、いや、明日は駄目だ。すまんが自分で起きてくれ。明日の朝はなまえと一緒に登校したいと思ってな、俺は朝練は休むことにしよう」

「はぁ…そっすか。いつも一緒で羨ましい限りっスね。これ嫌味ですけど」

「…いや、ここ最近は一緒に帰ってもいないし、休み時間に少し話す程度なんだ。今日もユニット練習が休みなことを忘れられてしまっていた」

ははっと乾いた笑いが口から出てしまった。高峯に愚痴を溢してしまうなんて、俺はリーダーとしてまだまだ未熟者だ。高峯は、「ふーん」とダルそうに頭を掻いたが、一瞬何かを考えるようにその手を止めるとバツの悪そうな顔で俺を見た。

「?なんだ?」

「いや…、そういえば俺……あ〜、やっぱなんでもないっス」

「む、何だ!?そんな風に言われたら気になるじゃないか!よく分からんが、俺には何でも話してくれて構わんぞ。ヒーローは来るもの拒まず、去るもの追うだからな!」

「何で追うんだよ…嫌なヒーローだなぁ…。別に大したことじゃないんですけど、みょうじ先輩って最近帰るの早いですよね?俺、練習さぼ……練習休んで早く学校出たときに、みょうじ先輩が守沢先輩じゃない他校の男の人といたの見ちゃって。しかも一回じゃなくて、やたらと見かけて」

なんだと?その一言も発せられないくらい、驚きと動揺で全身が固まってしまった。前からほんの少し感じていた焦りと不安は、まさにそれだった。もしかしたら彼女は俺じゃない誰かといるのではないか。だが、彼女に限ってそんなことは無い、そう信じるようにしていたのだ。安易に人を疑うのはヒーローとして良くない行為だ。心臓がドクドクと早い音を立てているが、不安に刈られた情けない姿を後輩に見せるわけにはいかない。

「…そ、そうだったのか!まぁ、なまえにも他校の友達くらいはいるだろう。中学の同級生だとかな。そんな顔をするから、何事かと思ったぞ!」

「はぁ…、気にならないなら別に良いんですけど。まぁ、守沢先輩の性格じゃあこのくらい気にしないですよね。それじゃ、俺帰ります」

「あぁ、また明日な!朝練出るんだぞ!」

あからさまに嫌な顔をしながら帰る高峯を見送り、閉められた部室のドアを立ち尽くしたまま見つめる。数秒後、一気に体から力が抜けたようで、部室の中央にあるベンチにふらふらと腰を下ろした。掌や額にはじんわりと汗が滲んでいる。落ち着け、何を動揺しているんだ。自分で言った通り、なまえにだって他校の男友達くらいいるだろう。帰り道にばったり会ったのかもしれない。「一回じゃなくて、やたらと見かけて」……高峯の言葉が頭に蘇る。ポケットからケータイを取りだし、しぼらく画面を見つめてからそっと通話ボタンを押す。

プルルルルル……

出ないだろうか。約束があると言ってたもんな。諦めて電話を切ろうとした時、ガヤガヤした音と一緒に求めていた彼女の声が聞こえた。

『………もしもし?』

「なまえか?す、すまんな、約束があると言っていたのに電話をしてしまって」

『ううん、大丈夫だよ!千秋どうかしたの?』

「えーとだな、あ、そうそう、明日の朝一緒に学校へ行かないか?最近二人の時間が少なかっただろう、たまには朝に一緒に登校するのも良いかと思ってな!」

『明日?うん、良いよ。千秋が朝練出ないなんて珍しいね。時間は7時くらいで良いかな?』

「あぁ、家まで迎えにいくからな!」

それじゃあ、また明日。そう挨拶をして電話を切った後、俺の動揺は悪化してしまっていた。手の汗は止まらない。いつも通りのなまえだった、明日の朝のこともオッケーしてくれた、不安はやはり俺の勘違いだったんだ。そのまま会話が終わるかと思ったが、別れの挨拶に混じって電話の向こうから聞こえた声。「なまえちゃん、早く行こうよ」、それは紛れもなく男の声だった。友達なのだろうか、あるいは……。携帯をポケットへ戻し、電機を消して部室を後にした。


*****

明日の朝まで待つことは出来ない。こんな気持ちのままではとても眠りにつくことなど出来そうにないからだ。高峯が言っていたことの真相を、きちんとなまえの口から聞きたい。「友達だよ」と笑うだろうか、あるいはおれの問い掛けに動揺するだろうか。本当のことを口にしてくれるのかは分からない。だが真実がどうであれ、なまえが出した答えを、それが全てなのだと俺は受け入れよう。

なまえの家の最寄り駅で電車を降りると、見覚えのある風景が目に入る。一緒に帰るときは家まで送っていたのだが…久しぶりに降り立った駅に少し寂しさを感じる。駅まで来てはみたものの、ここで待っていたところで彼女が何時に帰ってくるのか分からないし、もしかするとすでに降りているかもしれない。さて、どうしたものか。携帯を取り出してみたが、通話ボタンを押す指が止まった。一先ず彼女の家まで行ってみることにしよう。なまえと並んで歩いた道を、今日は一人で足を進める。自分がこんな小さなことで不安を感じるだなんて、自分でも驚きだ。だがそれは、きっとなまえだからであって…俺は……。


「今日はありがとな。なまえちゃん、続けてになるけど、明日大丈夫そう?」

「うん、大丈夫だよ!また放課後にね」

「あぁ、俺も明日は早めに学校出られるようにするから」

「私もダッシュで学校出るね!」

偶然か、あるいは必然なのか。それとも神様の悪戯なのだろうか。角を曲がるところで、彼氏彼女と思われる会話が聞こえてきた。だかそれは姿を見ずとも分かる、知らない男の声で発せられるなまえの名前と、俺の大好きな彼女の声。夕日によって写し出された二人分の影が、角で立ち止まった俺に近付いてくる。

「なまえちゃん、今月はどんな感じ?もう予定とか入ってる?」

「ううん、今のところ何にも無いから大丈夫。山口くんの予定に合わせるよ」

「マジで?ありがとな!なまえちゃん最高!」

「ふふ、も〜大袈裟だってば。私はむしろ……あれ…千秋?」

彼女に会いに来たはずなのに、"会ってしまった"、そんな逆の感情が湧いて出てしまった。聞きたいことが沢山あったはずなのに、いざ彼女を前にすると言葉を出せない俺に、なまえは不思議そうに「こんなところでどうしたの?」と問いかけてきた。

「えっ、と……いや、その、実はだな…」

「なまえちゃんの友達?すげーイケメンだね!初めまして、俺はなまえちゃんの…」

「…と、友達じゃないぞ!俺はなまえの、か、彼氏だ!!」

「ちょっ、ち、千秋…!?」

動揺と嫉妬と不安、自分が抑えていた醜い感情が、目の前の男がなまえの名前を口にする度に大きくなっていった。そしてその抑えが外れ、自分でも驚くほどに大きな声を出してしまった。なまえは顔を真っ赤にして、他校の制服の彼は目を丸くしてキョトンとしている。

「き、君がなまえとどのような関係なのか、俺は何も知らない。だが、たとえ君がなまえのことを想っていようとも、俺は彼女を手放すつもりは微塵も無い!…なまえが君を選ぶというのなら話は別だが、お、俺は……」

「…あっはははは!そうなんだ、なまえちゃんの彼氏ってこの人なんだ。イケメンていう噂は聞いてたけど、そっかそっか、話に聞いてた通りの人だね〜!」

「や、山口くん…!」

「…話に聞いてた?」

「初めまして、彼氏さん。俺、なまえちゃんと同じバイト先の山口って言います。彼氏さんの話は、なまえちゃんからよく聞いてますよ!まぁ、大半がノロケですけどね〜」

「バイト……?なまえ、アルバイトをしていたのか?」

なまえはバツの悪そうな顔をして、「うん」とため息混じりに答えた。何故アルバイトのことを話してくれなかったんだ?そう返すと、黙り混んでしまった彼女の代わりに、隣にいる彼が口を開いた。

「はは、なまえちゃんアルバイトのことも話してなかったんだ。何だか誤解されてるみたいだから説明しときますけど、俺となまえちゃんはただのバイト仲間ですよ!よくシフトを変わってもらってて、今日もヘルプで入ってくれってお願いしてたんです。今月は店が忙しいから、一日でも多く入って欲しいんですけど、なまえちゃん自分から進んで入ってくれて助かってます」

「そ、そうだったのか…」

先程の会話は、そういうことだったのか。俺はてっきり…。三毛縞さんを連想させる明るさで話す彼は、そう話したあとに少し考える素振りを見せ、「なまえちゃんから話さなくて良いの?」と何かを確認した。

「…まぁ、もうバレちゃったから仕方ないけどね。千秋、バイトのこと黙っててごめん。バイトのこと話すと、千秋すぐに心配するでしょ?それに…ちょっとお金が必要だったから、多めにバイト入れてたの。だから今日練習が無かったのに、一緒に帰れなくてごめんね」

「お金が必要って…、何か欲しいものがあったのか?それとも訳ありな何かがあるのか!?まさか病気とかか!?」

「ち、違うよ!もう、千秋ってすぐに話が大きくなるんだから!」

「あはは、やっぱり彼氏さん面白いな〜!なまえちゃん、恥ずかしくて話せないんだろ?彼氏さん、なまえちゃんは彼氏さんのために一生懸命バイトしてたんですよ。誤解させちゃってすみません。俺から言えるのはこのくらいなんで、そろそろ退散しますね。なまえちゃん、明日も忙しくなるから早めに宜しくな!それじゃあ、また」

俺にも軽く頭を下げ、彼は軽い足取りで去っていった。残された俺たちは、しばし無言で彼の背中を見送る。俺のため?どういうことだ?彼の説明だけでは分からないことが残ったままだが、どうやら俺は一人で先走ってしまっていたということだけは理解した。恐る恐るなまえに視線をやると、赤い顔の彼女もこちらにチラッと視線をやった。なまえを疑うだなんて、俺は…。

「なまえ、すまん!俺はてっきり…なまえに他に好きな人が出来たのではないかと焦ってしまったんだ。最近はすぐに帰ってしまうし、高峯からなまえが他校の男とよくいるのを見掛けると聞いたから、心配になってしまってな。……何だか俺は、いつもなまえに嫌な思いをさせてばかりだな。恥ずかしい彼氏ですまない。それに、疑ってしまって本当にすまなか……」

彼女を真っ直ぐに見ることが出来ずに俯くと、顔を掴まれて上げられた瞬間に、ぐいっと温かいものが押し付けられた。少し乱暴なその行為は、彼女からしてくれた初めてのキスだった。いつも「恥ずかしい」と言うから、俺からしてばかりだったのだが。あまりの驚きに呆然としてしまう反面、どうしようもない嬉しさが込み上げてくる。

「謝るのは私の方だよ…。心配かけちゃって、本当にごめんね。お金が必要だったのは、千秋にプレゼントを買いたかったからなの。もうすぐ誕生日でしょ?でも、男性へのプレゼントなんて買ったこと無いし、何が良いか全然分からなくて…、だから山口くんに相談にのってもらったりしてたの」

「あぁ、それで彼は話に聞いてたと言っていたのか…」

「私はノロケてるつもりなんて無かったんだけど、千秋のこと沢山話してたから、そう聞こえてたのかもね。……千秋、私は千秋といて嫌な思いなんてしたことないよ?そりゃ、好きとか皆に聞かれて恥ずかしいことはあるけど、千秋が恥ずかしい彼氏だなんてこと、絶対に無い。だから、そんなこと言わないで?私は千秋無しじゃムリなんだから」

どうすれば良いのだろう。照れくさそうにはにかむなまえが、可愛くて愛しくて堪らない。俺はなまえ無しでは生きられない、そう思っていた気持ちを彼女は俺にも返してくれたのだ。普段は恥ずかしがって、あまり気持ちを伝えてくれないなまえからの正直な言葉に、目頭が熱くなる。

「え、ちょっ、千秋、泣いてるの!?」

「なまえ、うっ……ありがとう…!俺は小さい男だ…なまえのことになると、どんな些細なことにも不安になってしまっていた…。ヒーローらしく、いつも広い心を持ってなまえを大事にしなければいけないのに。それに、ずびっ、ま、まさか俺の誕生日を知っていてくれてたなんて……!!」

「誕生日くらい当たり前でしょ、付き合ってるんだから…。そんなことくらいで泣かないでよね!」

「ずびっ、すまん…なまえのそんな逞しい所も好きだぞ!」

逞しいって嬉しくないから、とため息を吐くと、鞄から可愛らしいハンドタオルを取り出して俺の涙を拭いてくれた。俺はなまえの前だとヒーローの変身がとけてしまうみたいだ。それは悪いことではなく、なまえが自分の弱い部分を魅せられる唯一の人なのかもしれない。

「バイトは続けるのか?俺はプレゼントなど無くても、なまえが傍にいてくれたらそれが何よりのプレゼントなんだぞ!」

「千秋のことだから、そう言うと思ってたの。山口くんにも、彼氏に何が欲しいか聞いてみたらって言われて…でもきっと千秋はこう言うだろうって話したら、ノロケるなって笑われたんだから」

ぷくっと頬を膨らませて俺を睨む。本人は怒っているつもりなのだろうが、この顔は何度やられても可愛いと思ってしまう。手をぎゅっと握り返すと、俺を見てふふっと笑いを溢した。

「……いつも千秋に幸せをもらってばかりだから、私も千秋に何かをしてあげたいの。そのくらいさせてよ、これでもヒーローの彼女なんだから」

「なまえ……」

彼女に出会って、自分の知らなかった部分が沢山見えるようになった。それは良い面だけでは無く、隠していた部分もあるかもしれない。だけど彼女は、そんな俺を受け入れて大切にしてくれていた。彼女の優しさに負けないくらい、俺も全力で彼女を幸せにしよう。「ありがとう」、そう呟いた自分の声は頭上を飛ぶ飛行機の音に紛れてしまったけれど、なまえは俺の大好きなあの笑顔で「うん」と頷いてくれた。



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