*クラスメイト設定。≠転校生


「ねぇ、彼氏ってどうやったらできるの?」

「…はぁ?」

昼休み、次の授業は数学のテストがある。真剣な眼差しで数学の教科書を見詰めたまま疑問を投げ掛けた。隣の席に座る瀬名泉は、こちらにゆっくりと顔を向け、それはもうものすっごく嫌そうな声を返してきた。顔は見ていないけど、きっとその声に比例するくらい嫌そうな顔をしているのだろう。

「俺に聞いてるわけ?それとも一人言?意味わかんないんだけどぉ」

「泉が返事したんだから、この質問は泉が回答する義務があるのではないかと思う」

「ちょっと何それ、偉そうでムカツク!っていうか俺と話してるならこっち見たら!?」

じとり…と横目を向けると、あんたが聞いてきたくせにその顔何なの!?とさらに気を悪くしてしまった。別に怒らせるつもりは無くて、ただこれが私の悩んでいるときの表情なだけなのだ。そんなことよりも私が、いや世界中の女性がこの疑問に納得できるような回答が欲しい。

「泉って今まで何人彼女がいたの?」

「はぁ?そんなプライベートなこと教えるわけないでしょ、バカなんじゃないの」

「いないなら強がらなくても良いよ」

「ちょっとぉ!ほんっとムカツクんだけど!」

「何々、恋のトークなら俺も混ぜて〜」

「…薫くん、そっか、君がいたよね」

「前向きなよねぇ!てか俺の机に肘乗せないでよ、超うざいんだけど!」

泉の前の席に座る学院の女たらしこと、羽風薫が嬉しそうに会話に混ざってきた。そうだ、彼ならきっと良い答えを教えてくれるはず。彼が彼女を同時に何人も作っているのは、私の疑問を解決する今日この日のためにあったのだ!

「んーと、なまえちゃんは彼氏が欲しいの?」

「欲しい!」

「何でまた急に?今までそんなこと言ってなかったのに」

最近、他校の仲良しな友達に彼氏が出来たのだ。毎週末のように私と遊んでいたのに、彼氏が出来たことによって私と会う時間が極端に減った。会えば彼氏の話ばかり。こないだはどこどこへ行った、一緒にあれを食べた、手を繋いだ、そしてキスをした…だの、高校生ならではの青春そのものを楽しんでいる、なんて羨ましいの!私も彼氏と漫画に出てくるような恋愛がしたい!手を繋いでデートがしたい!彼氏がほしい!!!欲しいのだ!!

「なるほどね〜…うんうん、俺はその気持ちよく分かるよ。俺も女の子が側にいてくれない毎日なんて想像出来ないからね。放課後のデートがあるから学校に通えているようなものだもの」

「てゆーか何なの…。彼氏欲しいってことは、好きなヤツでもいるわけ?」

「好きな人……?」

はて、好きな人?改めて問われると…、特別にこの人と付き合いたいって人は……。首をコテっと傾けた私に、泉が益々険しい顔になる。

「はぁ!?好きなヤツもいないのに、ただ彼氏が欲しいってこと?頭おかしいんじゃないの」

「なっ…、い、いいじゃん別に!彼女ほしいな〜なんて呟いてる男子だってたまに見るよ!」

「あはは、そういうことか〜。なまえちゃんは恋人ごっこがしたいんだね」

「恋人…ごっこ?」

ごっこ?ごっこと言われればそうなってしまうのかもしれない。だって付き合うまでに至る、恋をするという経緯を飛ばしてしまっているのだから。

「それなら、俺と付き合ってみない?なまえちゃんが満足するデートしてあげられる自信があるよ♪」

「う〜ん…そうだねぇ…」

「何満更でもない顔してんの。こいつと付き合ったら取り巻きの女たちにボコボコにされるの目に見えてるでしょ。死ぬよ」

「それもそうだね、止めとこう」

「はやっ!ちょっと泉くん、人聞きの悪いこと言わないでよね」

「お、何だ何だ?随分楽しそうだな!」

「うわぁ、まためんどくさいのが来たんだけど…」

悩みなど知らんと言わんばかりの元気ハツラツな声と笑顔の主は、自称正義のヒーロー守沢千秋。泉のイライラした顔が益々悪化したけど千秋は全く気づく様子もなく「テストの話だな!俺はテストがあるとさっき知ったぞ☆これぞ絶体絶命というやつだな!はっはっは」と泉の背中をバシバシ叩き、カウンターをくらっていた。


「千秋くんテストはもう諦めなよ。それより、今なまえちゃんの彼氏について話してたんだよ。」

「む、なまえは彼氏がいたのか?初耳だな…」

「いないよ。どうやったら彼氏ができるのかな〜って悩んでるの」

「そうか、彼氏が欲しいのだな!奇遇だな、俺の夢は可愛い彼女にお弁当を作ってもらうことだ!」

「何が奇遇なの。こっちにもバカがいるし…ちょ〜うざい…」

「うむ…ではなまえ、俺の彼女になってくれ!」

「え、ちょ、千秋くん!?」

「はぁぁぁ!?あんた何言ってんの!?」

「あたしが千秋の彼女……?」


千秋からの突然の告白に、一旦落ち着こう!と羽風が千秋の肩をガシッと掴み「千秋くん、君が今言ったことはね…」と説教じみたことを言い出したが、千秋は変わらずいつもの笑顔を向けている。泉に関しては、珍しく目を見開いて驚きを隠せない様子だ。

そんななか、自分は「守沢千秋の彼女」ということについて考えてみる。

千秋の彼女になるということは、放課後は千秋と一緒に帰ったり、部活の試合を観に行ったり、休日にはデートをしたり…。まて、彼女になるということはその先もあるということである。手を繋ぎ、キスをして、抱き合い、最終的にはセックスだ。千秋はそこまで考えているのだろうか。お弁当を作るだけの彼女なら、お弁当屋さんでパートしているおばさんの方が絶対に良い。

うんぬんかんぬん千秋に説教を続けている羽風の横に立つと、二人がこちらに視線を向けた。


「千秋は、私と付き合ったらお弁当だけじゃなくてデートとかすることになるんだよ?」

「あぁ、もちろんだ!」

「彼氏ってことは、キスもするんだよ?」

「うむ、一日三回はするようにしよう!」

「キスの先にはセックスもあるんだよ?」

「初めてだから上手く出来るかわからんが、優しくするぞ…☆」

「ちょっとちょっと二人とも、ここ教室だから!あと会話の内容が濃すぎるから!」

「バカが移るからもうどっか行ってよねぇ」

横から羽風と泉が何かギャンギャン言ってる声がぼんやり聞こえる気がするけど、不思議と目の前の彼から目を離すことが出来ない。あれ、何だろうこの気持ち…。………うん、悪くない。

「千秋」

「む、なんだ?」

「不束者ですが、宜しくお願いします」

「うむ、生涯食べるものには困らせないぞ…☆」

「えっ、ちょ、籍入れるの!?泉くんこの暴走止めて!」

「息の根を止めた方が早いんじゃない」


では早速、本日一回目のキスだな!と皆の前で奪われた唇は、彼のヒーロー衣装の色のように熱かった。そしてこの日のテストは四人揃って仲良く赤点を獲得したのであった。




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