「……かっこいい」
「…は?」
蜻蛉切との手合わせが終わり、額から流れ落ちる汗をタオルで拭く。と、そこにボソッと囁いた声が耳に入ったもので、思わず自分らしくない声を出してしまった。
声の方に目をやると、呆けた顔をしたなまえが縁側に突っ立っていた。その頬はうっすらピンクに染まっていて、風に舞う桜の花弁のそれとよく似ている。
「そんな所に突っ立って、どしたよ?大将」
「…ん、手合わせ、お疲れさま」
「あぁ。今日は相手が蜻蛉切だったからなぁ、俺っちも久々に本気出しちまった」
また額にじわりと滲む汗を拭きながら、なまえのほうへ足を向ける。なまえはそれに合わせて縁側にそっと腰掛けた。何も気にしていないかのように自然と会話を進めたが、気にならない筈がない、先程の言葉。
かっこいい。
おそらく自分に向けてくれたであろう言葉に、胸の奥が熱くなる。だが、ここで浮かれるような様子を見せるのは自分らしくない。嬉しさを顔に出さないように、そのままなまえの隣へ腰掛けた。
「薬研が手合わせしてるところ、初めて見たよ」
「そうか?まぁ…大将も忙しいからな。いつもこの時間はお偉いさんと会議じゃないのか?」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「……まさか、サボっ」
「あぁぁ見て薬研!あの雲、お団子みたいじゃない!?ほら、串に刺さってるみたい、ね!」
「………大将…」
はぁ、と漏れた自分の溜め息に、なまえがどこか申し訳なさそうな表情になる。だって…と、口をもごもごさせて俯いてしまった。別に怒ってる訳じゃないんだがな。
「大将、別に俺は怒ってる訳じゃないんだぜ?ただ、抜け出して後々面倒なことになるのは大将なんだ。大将が大変な目にあってる姿なんて見たくないからな」
「…うん、ごめんなさい」
「謝って欲しいわけでもないぜ。大将の力になれることがあれば、一番に俺っちに言ってくれよ。ま、雅なことは分からねぇがな」
「ふふっ…。うん、分かった」
なまえの頭にポンと手を乗せると、上げた顔にふんわりとした笑顔が咲いた。彼女の笑顔をみる度に思う。あぁ…自分はこんなにも彼女に惚れているのだと。
「じゃあ、私もう行くね」
「あぁ」
「………薬研」
「ん?どした、たいしょ…」
「か、格好よかったよ!!とても!」
頬に触れた暖かいものが唇だと気付いたのは、なまえの赤い顔が走り去って行った後だった。そっとその場所に手をやると、まだ僅かに残る感触に熱が溜まる。
「……たいしょ、それ、反則だろ…」
自分らしくない。真っ赤になっているであろうこの顔に、汗で湿ったタオルを押し付けた。
「次は、俺からさせてくれよ…大将…」
空を見上げ、彼女が団子だと言った雲に向かって小さく呟いた。
素直になれたら
「あ、薬研兄〜!」
「おぉ、どうした、乱」
「なまえちゃんこっち来た?」
「………何でだ?」
「あのね、なまえちゃんが薬研兄が闘ってる姿をどーしても見たいって言うから、手合わせのこと教えてあげたの!」
「………」
「迷って来れなかったのかな〜?あれ、薬研兄なんか顔赤くない?」
「………俺のせいだったのか…」
「え?何か言った?」
「…次はサボっても何も言えねぇなぁ」
「何言ってるの?それより聞いてよ、厚兄ったらさ〜」
END
prev next
back