「何やってんの、それ」

両手を広げて爪にフーッと息を吹きかけていたら、突然かけられた声に一瞬息を止める。後ろを振り返ると、怪訝そうな顔をした安定がじっとこちらを見下ろしていた。

「びっくりしたー、安定か。馬当番お疲れ様。あ、見て見てこれ、ネイルしたの。可愛いでしょ?」

「はぁ?ネイル…?」

先程まで自分に向けていた爪を、安定の方へとくるっと返す。水色と青と白に、小さなストーンを散りばめた可愛らしいデザイン。 自分でやった割にはかなり良い出来になったと思う。トップコートも塗り終えて、後は乾くのを待つだけだ。ルンルン気分で安定を見ると、彼は相変わらず眉間に皺を寄せたままだ。


「…………」

「え、何、可愛くない?」

「まぁ…可愛い、のかな」

「まぁって何よ…、かなって何よ…」

「…ていうか、加州清光みたいで、何かヤダ」

「え?清光?」

あぁ、そうかと思って再度爪を自分へと向ける。清光と比べたら私のネイルなんてデコボコのガッタガタなんだろうけど、安定からみれば爪に色を塗ってる時点で清光と同類に見えるのだろう。
でも私がこうして珍しく爪に色を塗っているのには、それなりの理由(ワケ)があって。


「…お揃いにしたいの?」

「え?」

「それ。清光と。」

その理由(ワケ)を口にする前に、安定から発せられた言葉にはどこか棘のある言い方。
…なんか、怒ってる?


「清光以外にも、爪塗ってる刀剣は沢山いるじゃない」

「そうだっけ。あいつ、毎日のように塗ってるから嫌でも目につく」

「あはは、女子力高いもんね」

「だから、それ落としてよ」

「ん?」

「僕が落とそうか」

「え!首!?」

「………首がいいの?」

「嘘、嘘です!怒らないでっ!」


安定に言われると冗談に聞こえないから…。ボソボソと口にすると、安定が少し笑ったのが見えた。空気がほんのり穏やかになる。

「なまえ、普段爪なんか塗ってないのに」

「うん、そうなんだけど…」

「やっぱり清光の影響?」

「違うよ、それにほら、私の色は青でしょ」

バッと両手を安定の顔へ近付けると、近いよ…と手を優しく握られて、膝の上に戻された。今の私の発言で気付かないのかな。

「ね、青だったでしょ?あと、水色と白だよ」

「………だから?」

「清光は赤」

「はぁ…?それが何?」

「も〜、何で分かんないかなぁ!だから、これは安定なの!安定カラー!安定の青い眼!」

「え…、僕?」

なぞなぞでも出されたような顔して、目をパチクリさせる。ちょっと可愛いんですけどそれ…


「安定、明日から遠征でしょ?数日だけど会えなくなっちゃうから」

「…………」

「こうして安定の色を付けておけば、離れてても傍にいる感じするでしょう?」

「…………」

「安定を感じていられるかなーって」

「……はぁ、もう…。本当に狡いよ、なまえって」

見れば耳まで真っ赤にし、片手で顔を隠す安定。こんな表情、初めて見たかもしれない。私はそれほどこっぱずかしいことを言ったのだと認識し、自分の頬にもじわじわと熱が溜まる。


「…ご、ごめん」

「別に謝ることないけど…でも、」

え、という私の声と同時に視界がぐるんと回った。目の前には安定と、背景には天井。私の背中には畳の冷たさがひんやりと伝わってくる。安定の表情は、怪訝そうな顔から一転して小悪魔のような可愛らしい笑顔と化していた。


「僕を感じていたいなら、爪なんかよりもっと良い方法があるよ」

「え、ちょっ、安定…?」

「僕も遠征先でなまえ不足にならないようにしたいし」

「や、安定…さん…?」

「着替える度に僕を思い出すようにしてあげる」

「ちょ、ちょ……!」

「抱いて良い?」

「え、い、今!?」

「ていうか抱く」

「や、安定、落ち着いて…!まだ昼間……あっ…!」

「なまえ……好き」

「……!わ、わたしも……」


空と青とキミと。


私が一時間かけて完成させたネイルは完全に乾ききっていなかったようで。無惨にも剥げ取れたネイルは、清光に綺麗に落としてもらうことになりましたとさ。



End

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