人気のない屋上、遠くに聞こえる授業開始のチャイム。
いつもなら教室でみんなと同じように聞いているはずのそれも、
今の私にはすべてが他人事のように聞こえていた。





「チャイナ」

「…なにヨ」

「・・・。」




じっと見つめてくる先にはタルトの入った箱。
どうしてこんな目に、とどこか場違いなことを考えた。
そのあいだにも沖田はじっと私の方を見ていて、私はどうしてこうなったのか、ともう一度考え直した。







ミルクブラウンの誘惑

















今日の1.2時限目は、調理実習だった。
始まってすぐ、先生は
「甘いもの、好きなもの作ってー」
とだけ伝えて、どこかえ消えて行って、
私は呆れながらも材料を見て回った。
目に入ったチーズからタルト食べたい。と思ってチーズタルトを作ることにした。







「私天才じゃね?」


「神楽ちゃん、ごめん。意外だわ」


「うっさいアル」




出来上がったチーズタルトは思いのほか、とても上手にできて、お菓子だけは作れて良かったと思った。

1ホールのタルトを切り分け、友達と交換とかして、余ったものを教室に持って帰っていく、その途中、沖田を見かけて自慢しようとしたら、



(・・・あ。)



クラスの料理上手な女の子達に囲まれていて、私はどうしてか見たくなくて、その場から逃げ出した。








はずだった。






「チャイナ!」


「・・・え?」




後ろから追いかけてくる沖田に、タルトが崩れないように気を付けて走る。
いつの間にか屋上へとしか逃げられなくなって、しまった。と気づいた時には、私は屋上にいて、後ろ手で沖田が扉を閉めるのが視界にはいった。
観念してその場で立ち止まり、ゆっくりと近づいてきたのをどこか他人事のように見ていた。



そして文頭に戻る。






「俺のは?」


「なにが。」


「…ソレ。」



沖田が指したのは私のタルト。
さっきも貰ってたくせに、まだ食べたいアルか。とつぶやけば、もらってねェよ。と声が降ってきて、私はぽかん。とくちをあけて沖田を見上げた。





「な、んで?」


「お前のが、ほしーんでさ。」






もう一回、なんで。と言って沖田を見上げればじっと見つめられて、ため息一つ。
箱を差し出すと、くちを開かれて、…え?





「な、に、」


「…あ。」




自分で食えよばかぁぁああぁあ!!
心の底から叫んでやりたかったけど、私もこの時は頭がおかしかったのか、疲れてたのか。ゆっくりと取り出したタルトを恐る恐る持ち上げると、



「・・・っ、」


「意外と、うめェな」


「い、意外は、余計、アル、」




手を掴まれて、ぱくり。と食べられて体温上昇。
掴まれた手から、熱いのが伝わりませんように、と願った。












「・・、ん、ぐ…!!」


「うめェだろぃ?」


「っ、んー…、けほっ」





深呼吸をして、目を閉じた瞬間、
タルトをくちに突っ込まれる。
苦しくて、なんとか飲みこめば、涙が浮かぶのもほっといて、キッと睨んだ。











「・・・、」


「え、ちょ・・・お、き、」


急に真顔になった沖田がゆっくり近づく。
あと10センチ、あと3センチ。




(あ、やば、い。)










ぎゅう。と目をつむった時に、ふ、と離れていって、悪い。とだけ伝えて立ち上がった。








「タルト、うまかったぜぃ

・・・また、放課後、な」











屋上から去っていく沖田を私はただ見るしかできなくて、目を閉じれば思い出す。
太陽の光に反射して、キラキラ光るミルクブラウンと、くちに広がるタルトの甘さ。




だんだんに熱くなる体温を振り払うように頭をぶんぶん振って、
タルトの箱を持って屋上をあとにした。










(やばい、やばいやばい)
(違うのヨ、おかしかっただけ)
(私も、あいつも。)







End
(部活なんて)
(行けるわけ無い)
(…ばーか。)





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