厚手のコート。
マフラー。
耳あて。
手袋。
熱々のコーヒー。
これで準備万端。
天体観測の始まり始まり。
「流星群、今夜がピークなんだって!」
「へぇ」
「十数年振りのだからもうしばらくは見れないらしいよ!」
「ふーん」
何だろうこのアカギと私の温度差は。
「アカギも見ようよ、折角なんだから」
「いや、オレは…いい。寒いし」
「…じゃあ、一人で見る…」
これが今朝の会話。
今はもう夜。
湯冷めしたらいけないからお風呂は後回し。寒さ対策を万全にして一人寂しくベランダに出る事にした。
「…っ、さっむ…!」
寒い。当たり前だけど、めちゃくちゃ寒い。
幸い風は無く、空も雲一つ無く晴れている。かなりの好条件だ。
せめて2つ3つは見ておきたいな…。
―15分後。
いつの間にか熱々のコーヒーが入っていたカップは空っぽになり、陶器のせいかむしろ冷え切って来た。
そして未だ収穫は0。
「オリオン座の方を見てれば良いはずなんだけどなぁ…」
あちこちに視線を向けているせいか、流れ星なのか錯覚なのかよく分からないあやふやな物しか見れていない。
そういうのじゃなくて、もっとこう、ハッキリ流れ星だと分かるのが見たいのに…!
とはいえコーヒーが尽きた今、厚着をしていても体温はどんどん奪われていく。
…一回部屋に戻って仕切り直しかな…。
仕方なく部屋に戻る為ドアノブに手をかけようとした時、それよりも早くドアノブが回った。
「…アカギ、」
「クク…なんだその顔。鼻水出てるぞ」
「そっ…そりゃあ全然流れ星見れないんだもん、鼻水も出したくなりますよ!」
「はいはい」
「ぶふっ」
いきなりティッシュを鼻に押し付けられた。
「…いふぁい…」
そして私を押し退けベランダに出るアカギ。
「え、どうしたの」
「何」
「流星群、朝見ないって言ってなかったっけ?」
「さぁ?」
…この男、どこまでもあまのじゃくである。
そうして何だかんだ部屋に入るタイミングを失い、2人並んで空を見上げる形になってしまった。
少し高い所にある家のベランダからは、電線のような障害物が無くて何だか満天の星空を一人占めしているみたいで。
それを好きな人と一緒に見られる、それだけでこうして寒い中外に出た甲斐があったかなぁって思ったり。
「たまには、こういうのも悪くないよね」
視線はオリオン座に向けたまま話し掛ける。
「今、私達が見てる星の光って、私達が生まれるずーっと昔に光ってたのが今やっとここまで辿り着いて見えてるんだよね。なんかそう考えると凄くない?」
「何が?」
「何がって言われると…分かんないけど、なんか、宇宙の壮大さが?」
「フフ…名前らしいな」
「ちょっと、今馬鹿にした………、」
アカギに抗議しようとしたその時。
「うわ、」
「……」
今、私達に見えたものはきっと同じ。
ゆっくりと、でもあっという間に消えていった流れ星。
「すっごぉい…!見た?オリオン座の左側のやつ!」
「……」
アカギはただぼんやりと空を眺めている。
何を考えてるんだろう。
「ね、アカギ」
「…ん?」
「何か願い事した?」
「さぁね…名前は?」
「一瞬だったから全然…でも、」
「?」
「流れちゃった後にならお願いしたよ。言わないけど」
「何だそれ」
「言ったら叶わなさそうじゃない?」
「じゃあ何故名前はオレに聞いたの」
「さぁ?」
さっきアカギが言った様に返してみる。
「…そろそろ中入ろっか。ほら、行こ?…」
だいぶ体も冷えてきたからいい加減部屋に入ろうと、アカギに差し出した手は何故か掴まれ身体ごとアカギに包まれた。
「……え、あの、アカギ?」
「…寒い」
「そりゃあそんな薄着じゃ寒いでしょ!ていうか、その…」
「何」
「は…恥ずかしいのですがもう離していただいてよろしいでしょうか…!」
付き合ってから今までにこういう体勢になるのは初めてでは無いはずなのに、相変わらずな反応をする私に「何を今更…」とアカギは微笑み、
「…名前、」
「へ?」
「 」
「っ…!?」
耳元で囁かれた言葉はただでさえドキドキしている私の心臓を爆発させるのに十分過ぎて。
「名前…?」
「うぅ…もうっ!部屋戻る!」
「ククク…面白い奴」
耳から何から真っ赤にさせて部屋に戻っていく名前を見ながら、次はどんな言葉を囁いてやろうかと考えるアカギなのであった。
「(…からかいはしたが冗談で言ったつもりは無いんだけど)」
流星群
「オレから離れる事は許さない…これからもずっと」
(私の願いはあなたの傍にこれからもずっといれますようにと)