バレンタインデー。
毎年決まった日に来るそれは、私にとっては事務的な行事でしかなかった。
普通なら好きな男子とか彼氏にあげたりするんだろうけど、別にあげる相手なんていないしいるとすれば職場の上司や仲良くしている同僚位。
けれども今年はそうもいかなくなった。
数ヶ月に私が勝手に引き取って住まわせている、アカギくん。
彼氏彼女の関係では無いが(そもそも彼は中学生で私は社会人だ。一緒に住んでるだけでも世間的にはあまり良くないだろうに)、やっぱりこういう時位はしおらしく手作りの物でもあげようかな、と思いスーパーで買い物を済ませて来た。
アカギくんは、夜には帰る、と昼前に家を出たばかりだ。帰って来るまでまだ時間がある。
「…よし、」
私は立ち上がってレシピ片手にお菓子を作り始めた。
料理が出来ない訳では無いがこういう女の子らしい物はここ数年作っていない。多少の不安はあったが特にこれといった失敗も無く無事に完成した。
可愛らしくラッピングしたそれをアカギくんにバレないように戸棚に隠し、晩御飯を作る。
肉じゃがの美味しそうな匂いが立ち込めて来た頃、アカギくんが帰って来た。
「ただいま」
「おかえりー。もうご飯出来るからちょっと待っててね」
そう言われてちょこんとテレビの前に座るアカギくんを見て、私は小さく笑みを零した。
アカギくんはどんな顔をするだろうか。口に合うかな。そんな事を考えている自分に、まるで彼女みたいだな、と少しこそばゆさを感じながら夕食を済ませた。
「お風呂お先にどーぞ。」
「ん、」
大人しく着替えを持って風呂場に行くアカギくんを見送り、私は食器を洗いながらどうやってアカギくんにお菓子を渡そうか考える。
普通に渡すのはつまらないけど、一緒に住んでいる以上出来る範囲が限られてしまう。
そうこうしている内にタオルで頭をがしがしと拭きながらアカギくんがお風呂から上がって来た。
「空いたよ、風呂」
「あ、うん」
湯舟に浸かりながらまたゆっくり考えようと、私も着替えを持ってお風呂場へ向かった。
「んー…」
鼻下まで身体を沈め、うんうん唸りながら考えるも良い案は浮かばず。
結局普通に渡せば良いかという結論に至り、お風呂を出て居間に戻るとそこには先程までいたはずのアカギくんの姿が無くて。
トイレにでも行ったのかな。それなら、と今のうちにテーブルにお菓子を置いておこうと行動を起こすよりも早く、腕を後ろに強く引かれた。
「わっ、…!?」
「……」
「なに、どうし…っ、んんっ…!」
バランスを崩して尻餅をついた私を、見下ろすように立つアカギくん。逆光で彼の表情は窺い知れないが、怒っているように、そして少しだけ赤く見えた。
更にどうしたのかと聞く間もなく、突然の口づけ。全てが一瞬の事で軽くパニックに陥る。
「っ、ちょ、ちょっとアカギくん…!」
「…少し黙っててよ」
これが黙っていられるか。
必死に抵抗するも、やはりそこは男と女。今の私はアカギくんにされるがままの状態だ。
あぁ、こんな子に育てた覚えは無いのになぁ…とアルコールの香りを感じながら考え……アルコール?
もしや、とテーブルの上を見遣るとそこにはくしゃくしゃに丸められた包装紙と空っぽになった小さな箱…そう、私が上司用にと買った洋酒入りチョコレートの残骸があった。
「ねぇ、あれ…食べたの?」
「名前さんが悪い」
「…え?」
「名前さんが他の男にあげようとするから」
「…えぇっと、」
それは義理チョコでありただの社交辞令なんだよ、と説明しようとしたが再びアカギくんの顔が迫って来たので身体を捩って抵抗する。
「待っ、ア、アカギくんのもあるから…!」
「…オレのも?」
ピタリとアカギくんの動きが止まる。
今がチャンスだと言わんばかりに私はアカギくんの下から抜け出し戸棚に入れてあったお菓子を差し出した。
「…しかも手作り…」
「うん、こっちがアカギくんの。あっちはただの義理チョコ」
「じゃあオレが本命って事?」
「えっ」
何を言い出すんだと思ったが、アカギくんの顔は真剣そのもので何だかノーとは言えず。
「…うん。そう、かな」
「そっか。…」
「え?ちょ、うわぁ…!」
私が肯定するとホッと安堵したような表情を見せて、またもや私に倒れ込んだアカギくん。…が、そこから何の行動も無く見れば規則正しい寝息を立てて眠ってしまっていた。
すやすやと眠るアカギくんはどう見ても幼い中学生の男の子で。
しかし、口づけられた事と私に向けられた好意は紛れも無い事実。
明日からどんな顔をして接すれば良いのだろうか。
「…もうちょっと、大きくなったら、ね」
でもまぁ、前向きに考えるのも悪くない、と私はアカギくんの頭を撫でながら来年の本命チョコをどうしようか考えるのであった。
いつしか君に夢中