珍しく雪が降った。
行き交う車の上にはうっすら雪が積もり、人々は白い息を吐きながら急ぎ足でどこかへ歩いて行く。
そんな賑やかな道を何故か通る気にはならず、その一つ奥の、静まり返った路地を歩く事にした。
―そして、彼女はいた。
いた、というより横たわっていた。
こんな寒い中、着ているのは薄手の長袖1枚にジーンズ、挙げ句の果てには裸足という、明らかに寒さを凌げない格好で。
肌は雪のように白く、このまま雪と同化してしまうのではないかと思ってしまう程。
そして何より目を引いたのは、普通の日本人とは明らかに違う、透き通った金色の髪。
「…なぁ、」
「……」
返事は無い。
死んでしまっているのだろうか。
このまま見過ごす事も出来たが、何かがそれをするのを拒み、まるで捨てられた犬や猫を拾うかの様に彼女を抱き上げて家に連れて帰った。
「…ん、」
「なんだ、生きてたんだ」
「ここは…?」
「オレの家。日本語が話せるとは驚いたな。」
「…悪かったわね。生まれも育ちも日本よ。それより、」
何故助けたの、
そう続けた彼女にアカギはきょとんとした顔を向けた。
「…へぇ。死にたかったのなら悪い事をしたな。」
「もう、いいわ。きっと神様がまだ死ぬ時じゃない、って言ってくれたんでしょうね。」
「フフ…あんた、名前は?」
「名前。名字名前。」
「名前も日本人みたいだな」
「悪い?」
「いや…」
「…お母さんが外国の人なの。でも、日本に来た時にお父さんと出会って、恋をして、私が生まれて…。」
後は嫌な思い出だけ、と名前は自嘲気味に笑った。
「周りからは珍しい物を見るような目で見られるし、髪の色が気持ち悪いって、頭から泥をかけられたりもしたわ。それに…」
そこまで言って名前は黙り込んだ。
「無理に話さなくていい。聞く義理も無いしな。」
「冷たいのね。あなたと私、なんか似てるなって思ったのに。髪の毛とか匂いとか…」
綺麗な色ね、と何の躊躇いも無く白く細い指でアカギの髪を絡め取る名前。
「…そんな風に言われたのは初めてだ。」
「そうなの?やっぱり、私と似てる。」
「…あんた、これからどうするの?」
「自分で拾った癖にそんな事聞くの?お望みならすぐにでも出て行くけど」
「いや…家は?」
「あったけど…逃げ出して来たから、もう無い。」
きっと、あの場所で出会うまでに彼女は色んな目に遭ってきたのだろう。
どこか自分と似ている彼女。
無意識の内に惹かれていたのかも知れない。
「なら気が済むまでここに居ればいい。」
「…条件は?」
「…は?」
アカギは、本日2度目のきょとんとした顔を名前に向けた。
「だからっ!…夜に…とか色々…ある程度の事は出来るけど…」
…そうか。
「…そうやって、アンタは生きて来たんだ。」
「そうよ。男にとって女なんてそんな価値しか無いんでしょう?あなただって、」
「オレはあんたを抱かない」
「…え、」
「違う生き方もあるんだって、教えてやるよ。」
「……変な人」
「それはお互い様。で、どうする?」
「…そうね、面白そうだから、お世話になろうかしら。あ、そういえば、」
「?」
「あなたの名前…聞いてなかった。」
「…赤木。赤木しげる。」
「しげる、ね。これからよろしく」
昨日までの自分にサヨウナラ
(まだ死ぬ時じゃないって言ってくれた神様は)
(あなただったんじゃないかって思ったのは秘密)