「ごめん、先帰るね?」
「えっ、もう帰るんですか?誰かに送って貰った方が…」
「大丈夫大丈夫!こんな酔っ払い達に送られた方が危ないから。じゃ、これからも頑張ってね」
「はい、お疲れ様でした!」
隣に座っていた西尾さんにだけこそっと最後の挨拶をし、私はトイレに行く振りをしてカラオケ店を後にした。
今日はバイトの送別会。
主役は私。
主役が一番最初に抜けるのは気が引けたが、今は二次会のカラオケ。もはや送別会と言うよりも酔っ払いののど自慢大会になりつつあったので結局先に出て来てしまった。
就職先が決まったという理由で今のバイトを辞めさせて貰ったが、実際はそうではない。
片想いに疲れてしまった、ただそれだけだった。
どうせ叶わぬ恋だとしても仕事場で会って一緒に仕事をして他愛のない会話をして…それで十分だと思っていた。
しかしながら、叶わないと知っているはずなのにそれ以上の関係を求めてしまっている自分に気付き、かといって告白する勇気も無く、最終的にはバイトを辞めるという逃げに走ってしまった。
そんな自分がほとほと嫌になるが、自分の中だけで始まって自分の中だけで終わらせた恋だから、後腐れも無ければ後悔もあまり無い。
そして次の職場では絶対良い男を見付けてやるんだと、お酒が入り火照った体に当たる冷たい風を心地好く思いながら大通りを駅に向かって歩いていた矢先。
「―…!…名字!」
「っ…カイジ…さん!?」
突然名前を呼ばれて振り返った先には、今一番会いたくて、それでいて一番会いたくない人がそこにいた。
どうして追って来てくれたのだろうか。
こんな時は何かしら期待してしまうのが乙女心というもの。冷めかけた体温が急速に上がった気がした。
「カイジさん、どうして…」
「西尾から聞いた…」
「そう、ですか…」
何にでも良く気が付く彼女の事だ。私が口にせずとも私の気持ちは彼女には分かっていたのかも知れない。
きっと私が店を出た後カイジさんにだけ何かを耳打ちしたのだろう。
「何か言われたんですか?…西尾さんから」
「名字が一人で帰ったから送ってやれって…後…」
「?」
「何か話があるって聞いたけど…オレに…」
「…あー…」
予想通りの返答が返って来て私は思わず頭を抱えた。
「今がチャンスですよ、頑張って下さい!」と拳を握り締める西尾さんが簡単に想像出来てしまうのが恨めしい。
「で、何だよ、話って」
「え、えぇっと……と、とりあえず歩きませんか?ただ立ってるだけっていうのもアレですし」
「?あぁ」
何とか話を反らし駅に向かう事を提案して再び歩き出す。
駅までの距離なんてたかが知れているしすぐにさっきの状況に逆戻りする事になるのは分かり切っていたけれど、それでもこの少しの間が有り難かった。
お互い駅までは無言のまま歩いていたが、この空間が何だか心地好くて私は改めてカイジさんが好きなんだと実感した。
好きになったキッカケなんてもう覚えていない位些細な事で、気が付いた時には好きになっていたし、カイジさんのどこがどう好きなのかも上手く言葉で言い表せられない。でも、彼のこの独特の雰囲気に自然と惹かれたんだろうなぁ、とカイジさんの横顔を見ながらぼんやりと思った。
そして段々と駅の改札が見えて来て、いよいよ決断の時。
「ここで大丈夫です、わざわざありがとうございました」
「あぁ…」
「……」
「……」
「……えっと、ですね」
どうしよう。
もういっその事お酒のせいにして言ってしまおうか。
こうしてる間にも零れる白い息の様に儚く消えてしまったとしても、今なら笑ってさよならが言える気がするから――
「…言わないならオレから先に言っても良いか…?」
「…え、」
「名字が帰ったの、気付いてたんだ。だから、オレも後を追おうと思ったら西尾に呼ばれて…で、その…あれだ、つまり…」
「…ふふっ」
「な、何だよっ!」
「それって…自惚れても良いんですか?」
「…それはこっちの台詞だ…話があるなんて言われたら期待するだろうが、普通…」
喉まで言葉が出かかっていた時、先にカイジさんが口を開いたので思わず出かかっていたものが引っ込んでしまった。
が、次に紡がれた言葉は私が言いたかった言葉そのもので思わず出そうになった涙を堪えてただ笑った。
その間も白い息は絶えず出ては消えていたが、私の想いはいつまでも消えない事を願って。
白い息に乗せて
「結局バイト辞めた意味無くなっちゃいました」
「え…オレのせいだったの…?」
「まぁ、半分は。でも、そっちの方がこれから先休み合わせられるから、これで良かったです」
「そっか…そうだよな、へへ…(くそ、可愛い)」
「……(照れてるカイジさん可愛い…)」