まだ陽も外の気温も高い夕暮れ時。
銀二は久々の休みを名前の家で過ごしていた。
名前が淹れたコーヒーを飲みながら経済新聞を読む。何て事のない過ごし方だが、銀二は月に数える程しかない丸一日名前と過ごせる日を満喫していた。
名前はというと台所でせかせかと夕飯の支度をしている。
「今日は何が食べたいですか」と聞くと「名前の作る物なら何でも良いさ」と有りがちな返事をされ、悪い気はしなくとも「それが一番困るんですよね…」と冷蔵庫を物色し無難に肉じゃがを作る事に決めて今に至っていた。
経済新聞を読み終え、たまにはテレビでも観るかとリモコンに手を伸ばした時、
「あっ!」
普段キッチンで聞こえるべきではない声が挙がった。
「どうした、指でも切ったか」
「あ、いえ、みりん切らしてたのすっかり忘れてたなぁって」
そう言って名前は水玉模様のエプロンを外しながら銀二のいる居間へと入って来た。
「ごめんなさい、ちょっと今から買って来るんで少しご飯遅くなりますが大丈夫ですか?」
「飯が遅くなるのは構わねぇが…一人で行くのか?」
「え?まぁ、すぐですし…」
「すぐったってもう直に暗くなる。そんな中、年頃の女を一人歩かせる訳にはいかねぇな」
「もう、大丈夫ですってば!何だか銀さんお父さんみたい」
「…も行こう」
「はい?」
「俺も一緒に行こう」
「え!」
「…買い物に行くだけなのに着替える必要あったのか?」
支度して来ますね、と言うから鞄を持って来るだけかと思いきや先程着ていた服とは随分違う格好をして出て来た名前を見て銀二は目を丸くした。
「あっ、あるんです!だって、一応、デートみたいなものだし…」
「ふふ…そうだな」
近くに出掛けるだけなのにこうも嬉しそうにされ、やはりいつもの様にどこかに出掛けた方が良かったかと一瞬思ったが名前の楽しそうな顔を見ると自然と銀二も顔が綻び杞憂だったか、と玄関のドアを開けた。
5分程歩いて着いたのは少し小さめなスーパーマーケット。
特売品はこういう所の方が安かったりするんですよ、なんて言いながらカゴを手に取る名前を銀二は優しく制止した。
「貸しな。俺が持つ」
「あ、ありがとう、ございます」
「何を買えば良いんだ?」
「えっと…みりんは絶対で、あと何か安い物があれば」
「こっちか」
初めて来る店で目的の物をすぐに見付けるのはいくら狭い店内とはいえ容易ではない。
にも関わらず真っ直ぐに調味料コーナーへ行きみりんをカゴに入れる銀二を見て名前は感嘆の声を漏らした。
「銀さんって、誰よりもスーパーが似合わないけど誰よりも主夫みたいですね…」
「…それは褒めてるのか?」
「褒めてますよー、さすが銀さんだなぁって」
そうして十数分程で買い物を終えて店を出ると、先程まで明るかった空がうっすらと紫がかっていた。
人気の無い住宅街を二人並んで歩いて行く。
「それにしても、まさか銀さんがスーパーに行きたいって言うなんて思いませんでした」
「さっきも言っただろう?お前が心配だからって」
「そこまでストレートには聞いてないですっ!でも…たまにはこうやってゆっくり過ごすのも良いですね」
「そうだな…っと、」
「え?っわ!」
「ったく、こんな道でスピード出して…大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…」
車を避けようと腕を引かれた名前はすっぽりと銀二の腕に収まり。
「名前」
「何ですか…っ、ちょっ、銀さん!こんな所でっ…!」
「たまにはこういうのも、だろ?」
「…何か意味が違う気がしますけど…とにかく帰りましょう!ね!」
「クク…何を赤くなってるんだか」
「誰のせいですかっ」
こうして家に帰りご飯を食べて一日を終える。
そんな在り来りで平凡な日常でも、二人でいればこんなにも色付いて。
休日
「あぁっ!卵割れちゃってる…」
「安心しな、さっきの車のナンバーはもう覚えてる」
「(やっぱりこの人凄い…)」