「わぶっ!!!!!」
清楚で大人しい、という言葉がよく似合う普段の名前からは想像もつかない声が聞こえた。
「…え、何、どうしたの」
「うう、アカギさんー…」
情けない声を出し手を顔の前でバタバタさせながらアカギに近寄って来る。
「春は好きだけど…でも嫌いです……」
「…あぁ」
ふと名前の後ろに視線をやると、小さな蚊の様な虫が忙しなく群がっていた。
そういえば大の虫嫌いだったな、と早く安全な家に帰ろうと歩き出そうとしたが、名前は頑なに目を閉ざして動こうとしない。
「名前…?帰るよ?」
「目が痛くて…何か入ったかもです…」
「見せて」
恐る恐る開けた名前の目は真っ赤になっていて、アカギは思わずドキリとした。
眉を寄せて悩ましげな表情をしているようにも見える名前はどこか煽情的で。
「ふぅん…そんな顔もするんだ」
「へ…え、アカギさん?」
「家に帰ってからの楽しみが出来たな」
「え?あ、あの、…ひゃっ、」
「はい取れた。目尻の方に睫毛が入ってただけ」
「…ありがとう、ございます…」
「ほら。早く帰るよ」
「っ、はい!」
先程の言葉の意味やこんな明るい外でいきなり顔を近付けられた事を思い出し、目の次は頬を赤らめる名前を見てアカギは密かに笑いを零すのだった。
(本当は睫毛じゃなくて虫だったんだけど言わないでおこう)