「アカギさん、麻雀で勝負しましょう」
「は…?」
突然名前が真剣な顔をしてアカギの前にちょこんと正座し一体何を言い出すのかと思えば、自分の予想を遥かに越えた言葉が返ってきてアカギは思わず目を丸くした。
「麻雀って…麻雀?」
「それ以外に何があるんですか」
そもそも名前は麻雀のルールなど一切知らないはずだ。以前アカギは名前に麻雀を教えて欲しいと頼まれた事があったが、そんなもの知る必要無いと一蹴りした為知り得る事など無いと思っていた。
しかしこうして勝負を挑むという事は勿論ルールを少なからず把握しているという訳で一体誰から教わったんだと問えば、「……南郷さん…」と口をもごもごさせながら答えた。
「…あのお人良し…」
「ご、ごめんなさい、怒らないで!私が無理言って頼んだ事だから…!」
「麻雀なんて覚える必要無いって言ったろ」
「…どうしても、アカギさんと麻雀が打ちたかったんです」
名前は普段は大人しいが一方で譲れないものは決して譲らない頑固な所もある。このままでは埒があかないと悟ったアカギは渋々名前の挑戦を受ける事にした。
そうして始まった奇妙な麻雀対決。
当然名前の和了りは無く、点数だけが開いていく。
アカギがわざと負ける、という手もあったが元々アカギは如何なる状況であっても自ら勝負を捨てる事は決してしないし、名前もまたアカギに手加減されるのを嫌がり開始前には「絶対手を抜いたら駄目ですからね!絶対ですよ!」と念を押していた。
それにしても何故名前はこの勝負を持ち掛けたのか。アカギはそれだけがどうしても分からなかった。
2時間程経つ今になっても名前は無言で淡々と牌を切っている。その目の奥に潜む真意は未だ見えない。
―どれくらい時間が経っただろうか。
始めた時は恐らく昼過ぎ頃だったが今はもう外がすっかり暗くなっている。
このまま続けるにしてもそろそろ休憩ぐらいは取った方が良いだろうとアカギが持ち掛けようとした時、名前が漸く口を開いた。
「…うーん。当たり前ですけど全然勝てないですね」
「…名前」
「やっぱりアカギさんは凄い打ち手さんです。素人目でもそれだけは解ります」
「名前」
「ごめんなさい無理言ってこんな事に付き合ってくれて。…ありがとうございました」
「名前…!」
アカギの語気を荒げた声にびくっと名前は肩を震わせた。
しかしアカギは決して怒っていた訳ではなかった。振り絞るような、今にも消え入りそうな声で話す名前を、繋ぎとめておくかのように発した声だった。
「名前、」
「わ、私……っ、」
「…話してみなよ」
名前は下に向けていた視線をアカギに向け、ポロポロと大粒の涙を零しながら話し始めた。
「アカギさんに…近付きたかったんです。アカギさんがいつもどんな事をしているか、どれだけ危ない事をしているのか全然知らないから…何だかどんどんアカギさんが遠くに行ってしまいそうな気がして…だから私も麻雀の事を知ったら少しはアカギさんに近付けるかなって思って…それで…」
ごめんなさい、と続ける名前とは反対にアカギはフッと柔らかい笑みを浮かべ。
「オレはいつでも名前とは対等の立場だと思ってたけど」
「…はい」
「それに、こんな事してもオレに近付けるとかそういう問題じゃないだろ?」
「う……はい」
「それでも納得いかないなら…もっと手っ取り早い方法がある」
「…はい?」
そろそろ一緒になろうか、と大胆発言をするも「もう一緒に住んでますけど…」と全く意味を理解してくれない名前に多少の歯痒さを感じながらアカギはまた柔らかい笑みを浮かべた。