「あ」
思わず人前で盛大な独り言を言ってしまったが、気にもせず名前は足元に転がる物体を見つめた。
真っ二つに割れた、飴。
それも名前がとびっきりお気に入りの、いちごみるく。
誰もが一度は口にした事があるであろうその飴は、名前が子供の頃から飽きる事無く口にしていて大人になった今でもスーパーに立ち寄った時にはつい買い物カゴに入れてしまう程の、所謂大好物であった。
そして、帰宅途中の信号待ち時、ふと口寂しくなりスーパーの袋から取り出して今まさに1粒目を口に運ぼうとした瞬間。
「あ」
見事に飴は手から滑り落ちて地面へ一直線、しかも綺麗に真っ二つになって割れてしまったのである。
「(せっかく楽しみにしてたのに…。)」
名前は玩具を取られた子供のような気分になりながらも、割れた飴を拾い包装袋に一旦戻して無造作にコートのポケットに突っ込んだ。
そしてもう一粒を袋から取り出して口に頬張った。
名前は口一杯に広がる慣れ親しんだ大好きな味に先程の出来事がどうでも良くなるも、急に妙な感情に見舞われた。
「(…なんか、不吉)」
写真立てがいきなり倒れたり鏡が割れたりした時に感じる嫌な予感、と言うべきか。
そしてそれと同時にある男が頭の中に浮かんで来た。
「(…アカギさん、)」
一応恋人関係であるアカギとは、ここ最近しばらく会っていない。
2、3日家にいる事もあれば1週間以上家を空ける事もざらにある。
そんなアカギと自分自身を、何故か今落とした飴に重ねてしまった。
「(もし、このままアカギさんと会う事無くこの飴みたいに離れ離れになってしまったら……なんて、そんな迷信みたいな事無いよね)」
大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせながら名前は家路に着いた。
家に着くと名前は部屋に明かりが灯っているのを見て、大層心を弾ませてドアを開けた。
「ただいまー…アカギさん?」
しかし返事は無く部屋に入ってみると、アカギはクッションを枕代わりに横になっていてそこから小さな寝息が聞こえた。
「寝てる…?風邪引いちゃうよ」
名前はアカギを起こそうと手を伸ばすも、そういえばこうやって寝顔を見るのは初めてだな、と思い何だか起こすのが勿体ない気がしてその手を引っ込めた。
改めてアカギを見ていると、本当に整った顔だなぁ、と惚れ惚れする一方少し恥ずかしくなって来る。
そして寝ている間であってもアカギに翻弄され手の上で転がされている様な気にもなって来て。
「もう、人の気も知らないで…」
「…誰の気も知らないで?」
「ぅわっ」
いつもと違って眠気を帯びた眼差しのアカギと目が合った。
「起きてたんだ…」
「今起きた」
「お、おはよう…」
「…で」
「?」
「何かあったのか?」
「…え?」
「気難しそうな顔してるけど」
「…アカギさん、」
なんで分かるんだろう。
アカギさんには隠し事出来ないなぁ、なんてはにかみながら名前は帰り道であった出来事を話し始めた。
そして最後に付け加えた。
「でも、帰って来たらアカギさんがちゃんといたから、良いんです」
「へぇ…。その飴、オレにもちょうだい」
「え!ど、どうぞ…」
お口に合うか…と怖ず怖ずといちごみるくをアカギに差し出す。
アカギはポイとそれを口に頬張り、その瞬間、ガリっと1回大きな音を立てた。
「え、えぇっ!もう噛んだんですか!?…んむっ…」
驚く名前の腕を引き、アカギは突然名前に口付けた。
「ふぁ、んっ…、え、なにこれ…ぁ、」
それと共に送られて来たのは、半球状になったいちごみるくで。
「甘いな」
「そ、そりゃあそうですよっ」
「さっきの話だけど、オレはこう解釈する」
「え?」
「つまり、」
その言葉の続きは無く、代わりに再び口付けられて今度は咥内から器用にいちごみるくを取り出し、舌の上に球体に戻したそれを見せた。
「こういう事」
「っ……………はい…」
意味が解ったような解らなかったような。
そんな事よりもアカギの行為に頭をクラクラさせながら結局は取り越し苦労だったんだと安堵する名前なのであった。
大好きを君に
「あぁぁっ、ポケットの中ベタベタになっちゃった…!」
「…(雰囲気ぶち壊し)」