途絶えてしまった、彼が生きているという証が。
どこに、どこに。いまあなたはどこにいる?
こぼれた問いは雨音に熔けて消えた。
目の前に転がる白い首筋に舌先をおとす。大きく反らした己の舌で、彼の首筋をなぞった。
夏の雨は激しく、地面を叩き、もうもうと水煙をあげて降り続く。ぼんやりした白霧の中、濡れて黒く染まった地面が浮かび上がって見える。
横たわる死体は、息をしていない。
ばかみたいだ。死体には味がない。でもこうして舌を這わしていると、百合のような肌の匂いを間近で感じることが出来た。
汚してしまってごめんなさい。雨粒と混ざって落ちた涙が、彼の頬を叩く、叩く。
死体の脇腹からは絶えず赤い水が流れている。立ち上る鉄の匂いが雨のそれと混ざる。
耳裏に舌を這わすと、絹糸のような彼の黒髪が、額にかかった。
やあらかい。
血より雨より、百合の匂いが一番強い。鼻が麻痺しそうだ。そのとき幻聴を聞いた。
「くすぐったいぞ」
とっさに舌を引っ込めて体を起こす。死体の目蓋はうっすらと開いていた。気がつけば、抱き締められていた。
「ごめんなさ」
あたしが云えたのはそれだけだった。あとのことばは全部彼に吸い込まれた。やあらかい。冷えきった唇の感触。徐々に熱がともっていく。熱くなる。舌先が絡まり、じりじりと距離がなくなっていく。貪るような、互いの舌。彼の口内を巡る、巡る。死体だったものに息をあたえていく。百合の匂いに目眩がした。
熱い舌が、巡る。
お帰りなさいを云いたいのに、ことばは彼の舌に押し込められ、己の喉の奥に転がり落ちた。