頬が、いつもより真っ赤だ。うっすら開かれた両目は潤んでいる。熱を帯びた唇は、時折くるしそうに熱い息をはく。
「また水遊びでもしたんでしょ」
とがめるようにそう言えば、彼女は掛け布団で顔の半分を覆った。
「…だって暑いんだもん」
「夏は暑いんだよ」
「それにね、沖田隊長が水鉄砲打つのちょう早いんだよ。ちっともやり返せなかった」
原因はあの人か。
まったく困ったものだ。戯れ、それも水鉄砲だったとしても、ただの女中が沖田さんと撃ち合いしたところでかなうはずないのだ。
とことん水をかけられてビショ濡れになった志乃ちゃんと、それを見てケタケタ笑う沖田さんの姿が目に浮かぶ。
「はあ、とにかく、安静にしてなね。副長も気にかけてたみたいだし」
「うっそ、土方副長が?」
「あのひと、ああみえて心配性なんだよ」
それから、局長からはお見舞いの品を預かってきた。そう言えば何だ何だと目を輝かせる志乃ちゃんに、それを見せる。とたんに彼女は咳き込んだ。
「ごほぐぎゃっ」
「ちょ、どんな咳き込み方してんの。大丈夫、ポカリ飲む?」
「ごほっ、いい、いやよくない、なんでバナナ」
「ああ、風邪のときはフルーツ食べたくなるでしょ」
「だからってなんでバナナ!普通リンゴとかさあ!」
「知らないよ、局長にきいてよ」
「うー…」
うなだれて布団に顔を埋めようとする志乃ちゃんを制し、額の上の濡れタオルを取る。傍らの桶の中ですすぎ、かたく絞って再び額の上にのせてやると、志乃ちゃんは「さがる」と声を出した。
「なに」
「なんかさ、立場逆転したね。さがるお手伝いさんみたい」
「誰のせいだと思ってんの」
熱のせいか赤らんだ顔で、志乃ちゃんはウフフと笑う。その笑い方はやめてほしい。
「さがる」
「ああもう、なに。ちょっと静かにして、寝てなよ」
「うん。…あのさ、あたしの熱下がったら、」
「下がったら?」
「いっしょにミントンしよ」
「志乃ちゃん仕事しようね」
「えっちょっとなにそれ」
「仕事溜まってるよ、ミントンしてる場合じゃないでしょ」
「えー…」
それっきり志乃ちゃんは黙った。妙に静かになったので顔を覗き込んでみると、彼女はすやすやと眠っている。
「……もう、いいですか」
小声でふすまの向こうに問いかけると、低い声でボソッと、「あぁ、ご苦労だったな」と返ってきた。ようやく役目が終わった。心配性なのはいいとして、ちょっと過保護だと思うんだよなあ、副長。
あれ、ふすまの影が増えてる。タバコを吸ってる副長のシルエットの隣に、小柄なのがひとつ。沖田さんだ。
「やっと寝やしたかィ」
「はい、たったいま」
「水鉄砲くれぇで風邪引きやがって……これだからヤワな女は嫌なんでィ」
沖田さんはハァ、とため息をついた。安堵のため息のように聞こえた。
ああ、志乃ちゃん、君は本当に大切にされてるよ。
大体俺の仕事は監察であってなにゆえ女中の看病なんかしなくちゃならないのかまったくもって不明だが(いくら副長命令だからって!)、まあ、よしとする。おかげでこんなに近しい場所にいられるのだから。この真選組内で、誰よりも。
「…さがる」
「あれ、起きちゃった?」
「さがる、さがる」
あーもう、寝ぼけてんのかな。
そっと彼女の前髪を掻き分け、額に小さくキスをする。
「…う」
「養生しなね」
「うん」
夏風邪は馬鹿がひく