補習なんてくそ食らえだ!

って思いながらも律儀に夏休み登校して、冷房の効いた自習室に閉じこもって課題やってるあたし。偉い、偉すぎる。

あーあ、やっぱサボっちゃえばよかった、参ったな。ペン回ししながらほぼ空欄のプリントをみつめる。終わんないよこんなの、やる気でねー。
と、思ったら、携帯がバイブした。
見張りの先生はさっきコーヒーを買いに出た。自習室にはあたし以外いないし、電話だとしても出ちゃおうと思って、携帯を開く。メールだ。晋助。
「昇降口で待ってる」と、絵文字なし一行。
さっすが!



机に散らばった荷物をかきあつめて、鞄に入れる。一応課題のプリントも。あ、そうだ、靴下。暑いから脱いじゃったんだ。
履こうとしたところで、足音が聞こえきた。やばい先生だ。あーもう、しょうがない、裸足でいいや。急げ急げ!

靴下を鞄につっこんで、自習室を飛び出した。
すぐそこまで来ていた先生が驚いてる隙に、突っ走って、昇降口まで。背後で先生が叫んでる。「具合悪いんで帰りまーす!」って叫んだけど、聞こえてたかどうか。

あ、やべ、追ってきてる!

全速力で走る、走る。階段を二段飛ばしで駆け下り、昇降口につく。晋助は、昇降口を出たところにいた。自転車にまたがってる。


「お待たせ!」

「…なんで裸足なんだよ」

「暑かったの! てかやばい先生追って来てるから!」

「乗れ」


彼の後ろにまたがると、すごいスピードで自転車は走り出した。背後で先生の怒鳴り声がするけど、無視。グラウンドを駆け抜け、校門を突破。夕暮れの道路に、飛び出した。


「へへ、サボっちゃった」

「感謝しろよ」

「えー、呼び出したの晋助じゃん」

「おめぇが退屈してるだろうと思ったんだよ。つか今日、祭りだろ」

「あ、そっか! お祭りだね!」


たしかに、通行人の数がいつもより多い。浴衣着た人とかも結構いる。茜色の空には一番星が光ってて、もうちょっとで完全に日が暮れるだろう。

お祭りは神社で行われている。晋助はまっすぐそっちに向かってるようだ。まだ遠いけれど、前のほうから、かすかなお祭り囃子が聞こえてくる。
笛の音、太鼓の音。屋台の呼び込み、人々のざわめき。それらが混ざり合って、楽しそうな喧騒になって、届いてくる。

気分が高揚する。自転車をこぎ続ける晋助も、どこか楽しそうで。
たぶんきっと、あたしとおんなじ気持ちでいるんだろうな。なんて思うと、余計うれしくて。晋助の背中にぎゅうとしがみつく。


「ベタベタすんな、暑ィ」

「うっさいなー! ほら漕げ漕げっ」

「えらそうにしてんじゃねェ、代われ」

「うっそ女の子に漕がせる気! あたし裸足だし」

「だからなんで裸足なんだよ。バカか」

「晋助よりはマシですぅー」

「俺は補習よばれてねェぞ」

「りんご飴食べるぞー!」

「オイコラ、聞け」


不機嫌そうになった晋助の背中をバシッとはたくと、晋助は「いてぇ!」と声をあげた。自転車がふらふらよろめく。あっぶね!


「なにすんだよ! 降ろされてェか!」

「えーそんなこと言っちゃっていいのかなー。わざわざあたしのこと迎えに来てくれたくせに」

「うぜえ黙れ」

「わーざわざ制服に着替えてさー、夏休みなのに補習のあたしんとこまで来てくれたわけでしょ?」

「……忘れ物したんだよ。てめぇはついでだ」

「嘘くさー」

「黙ってろ。落とすぞ」


お祭りの喧騒が、どんどん近くなる。
人の数も増える。みんな吸い込まれるようにして、神社に向かって歩いていく。誰も彼もが、楽しげに笑っている。暑い真夏の、いつもの夕暮れが、どこか違う世界みたいに変わる。夜になるのがこんなに待ち遠しいことが、あっただろうか。

無駄にワクワクしてしまってどうしようもない。ただの近所のお祭りだけど、けっこう大規模で、花火とかもあがるのだ。晋助の大好きな、花火。


「しんすけー!」

「あァ!?」

「なんかさあ、青春だね! 宿題とかどうでもよくなる!」

「おめぇは人生楽しそうだな」


たのしーよ! と返せば、晋助は咽喉を鳴らして笑った。

大好きなお祭りと花火の同行者に、晋助はあたしを選んだ。それだけのことが、こんなにも嬉しい。胸が高鳴る。嬉しすぎて、楽しすぎて、心臓が破裂しそう。晋助はあたしを選んだのだ、この特別な日をともに過ごす人間に。


「晋助、プレゼントなにがいい?」

「……何でもいい」

「そういうのが一番困るわー。あっ、そうだ! あれ! 蛍は!?」

「ハァ!?」

「いいじゃん蛍、きれいだし! 晋助好きそう」

「蛍なんざこの辺にゃあいねェだろ。どうやって手に入れる気だよ」

「買う! 屋台で!」

「売ってるわけねぇだろ」

「売ってるね、絶対! 夏の風物詩だしっ」

「理由になってねェぞ」



――いよいよ、神社が見えてきた。

夕日はいつのまにか夜空に変わりつつある。薄暗い宵闇の中に、ぽつぽつと提灯の灯りがともっていた。
並ぶ屋台、屋台、屋台。人ごみに近づくにつれて、自転車の速度もだんだんと遅くなる。
焼きそばのソースのにおいに、クレープの甘いにおい……あーおなか減った!


「晋助!」
「んだよ」

 
さぁさぁ、今のうちに言ってしまおう。お祭りが始まる前に。



「お誕生日おめでとう!」



返事は、なかった。晋助は黙って自転車を漕ぎ続けて、数秒経ってから、振り返った。
なぜだか泣き出しそうな目をした晋助と、視線がぶつかる。驚いて息を呑んだ瞬間に、ふっと顔が近づいた。
そのまま、唇が触れあった。びっくりするぐらい軽くて、やわらかいキスだった。

呆然とする間もなく、そばを歩いていた小さな女の子に、「チューだ!」って指差されて、
唇が離れた、瞬間に、自転車が大きく蛇行した。


「わあああ! 前見て前!」

「ちょ、暴れんなバカ!」

「ぎゃああ! 突っ込む突っ込む! 屋台に!」

「うわっ、」


急ブレーキの音が、甲高く響いた。
自転車は、大きく傾いて、往来のど真ん中で急停止。ししし心臓止まるかと思った…!

一瞬ものすごく注目を浴びた。けど、すぐに、なにごともなかったかのように人は流れていく。恐るべしお祭り。


「ちょ、あぶなっ! 何すんのバカ!」

「バカはおめーだろバカ!」

「バカって言うほうがバカ!」

「定番の発言すんじゃねえよキリがなくなるだろうが!」


ぎゃーぎゃーやっていると、急に後ろから頭をたたかれた。


「なーにやってんの、おまえらー」

「! 銀ちゃん、」

「どうしたが? すごい音じゃったき」

「ばか者、道の真ん中で迷惑だろうが。早く移動しろ」

「辰馬、小太郎」


いつものメンバー、勢ぞろい。
みると、銀ちゃんも辰馬も小太郎も、男物の浴衣を着てる。銀ちゃんに至ってはチョコバナナとりんご飴とクレープを両手に抱えて、口の端にわたあめつけてるし。
白い生き物の妙なお面をつけた小太郎が、渋い顔をして問いかけてくる。


「おまえら、何をしててこんなことになったんだ」





――まず、晋助が吹き出した。
続いてあたしも、笑った。ああ、なんてことだ。漫画みたいだ。マジで青春じゃん。危なかったけど。周りからしたら超迷惑だけど。





なんて、いえるわけない!
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