硝子を割りました。教室の窓硝子です。ばらばらです。とても無残です。


「晋助、どうしよう」


ひとまず、入り口に立ってこちらを見ている幼なじみに助けを求めます。彼は笑っていました。心底愉快そうです。彼のこんなに輝かしい笑顔はかなり久しぶりに見た気がします。


「おめェ、……ハッ、ククッ、マジで、バカだなァ、クク」


そりゃあ笑うでしょうね。副学級委員をつとめ、成績優秀・品行方正で通っている猫かぶりの幼なじみが、とんでもない失態を犯したのですから。彼には愉快かもしれませんが、あたしは不愉快です。

まあそれは置いておいて、今あたしが問題にすべきなのは目の前の硝子片たちでしょう。

やってしまいました。割ったのは故意です。わざとです。衝動的にやってしまいました。学級日誌を投げて割りました。ちょうど角のところが窓に突き刺さって、蜘蛛の巣みたいにヒビが広がったのです。

パリーン、バラバラバラ。結構派手な音でした。
あーあ、銀八センセーきちゃうかもなあ。


「晋助、ちょっと罪被ってくんない」

「死ね」

「ええ……晋助がやったって言ったほうが信憑性あるじゃん」

「ざけんな。シンピョウセイの問題じゃねェんだよ」

「じゃあ、何。何の問題」


晋助はこっちまで歩いてきて、あたしのすぐ隣で止まりました。
眼下に散らばる硝子片。窓の穴から直に差し込んでくる夕日が、そのひとつひとつに映っています。
綺羅り綺羅り、鋭い光が拡散して、目に突き刺さるようだ。


「お前の猫かぶりの問題」


彼はあたしの顔も見ずにそういいました。真顔です、さっきまでの笑顔はどこへやら。ああ不愉快。気がついたら、あたしは叫んでいました。


「だってあたし、壊せないよ! 壊せないよ晋助、いい子でいたいもん! あたし猫かぶるのだってすごく頑張ってるんだよ! 銀八先生も、桂くんも、あたしがいい子だからやさしいのに! こんなのダメだよ晋助!」

「うるせェよ。俺はな、お前が猫かぶろうが窓割ろうがどーでもいいンだよ。お前の本性知ってたって、俺はやさしいだろ?」


言葉につまりました。そのとおりだったからです。この幼なじみはやさしいのです。


「安心しろ、俺が壊してやる。お前の気に喰わねェモン、全部全部、俺がぶっ壊してやるよ」




彼はあたしに手を差し出しました。あたしはその手を取りました。夕日に照らされるその様は、騎士と姫君のようだったかもしれません。実際には、不良と猫かぶり女なのですが。

ぺたぺたぺた。安物のサンダルがせわしなく廊下を進む音が聞こえてきました。珍しく急いでいるようです。


「逃げんぞ」


幼なじみはぐいっと強引に、しかし力強く、あたしの手を引いて走り出しました。


「うぉーい、なんかあったの、うわっ!?」


ようやく姿を見せた銀髪の担任教師の脇をすり抜け、ものすごい勢いで晋助は走ります。彼に引きずられるようになりながら、あたしも必死で、走りました。

ふと横顔を見ると、晋助はかすかに微笑みを浮かべていました。その表情に、あたしは不覚にも見惚れてしまったのです。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -